満ちるとも、また巡る。


次の日、私は彼に言われた通り、とびきりお洒落をしてマンションの屋上に向かった。時間の指定なんてされていないのに、扉を開けるともうそこには彼がいた。そして私に気が付くと、優しく微笑んだ。


「こんばんは。約束通り、お迎えにあがりました」


こんなに素敵でスマートな佇まいだが、朝には大きなゴミ袋を持ってマンションから飛び出しているくせに…なんて思うと、急に可笑しくなってきてつい笑いそうになってしまう。


「どうかした?」

『ううん。何でもない』

「その袋、何か持ってきたん?」

『あ、これはね、とびきり美味しいお酒なの。この前は一緒に飲めなかったから』


そう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。どうやら今日は拒否されないようだ。


『でも、地球の物を口にしたら月に帰れなくなるのよね…?』


彼が拒否しないことも分かっているし、拒否されないと私が分かっていることを彼が分かっていることも分かる。それでもやっぱりちゃんと示して欲しくて、こんな風に面倒な種を撒いてしまう。

彼はそっと私の手を握った。そして強く引き寄せられ、私の身体は彼の腕の中にある。


「…ホンマは全部、分かっとるくせに」


低く囁くような甘い声が耳元で響く。これを待っていたかのように身体はゾクゾクと反応してしまう。


『ちゃんと言って欲しいの』


掠れた声が出てしまった。でもそれが余計に切なさを盛り立てる。


「僕の全部を、あなたにあげます。だから側におって下さい」


今度は目を見ながら言ってくれた。優しくて甘い声に包まれる。もっと強引なのを想像していたから、正直意外だった。でもまた彼の一面を知ることが出来た。


今この瞬間も、少しずつ月が欠けていくように。


『私も同じ気持ちです』


そう言うと、彼の顔が近付いてきて静かに唇が重なった。彼の腕が腰に回り、ゆっくりと口が開いた。そして、入ってきたのは舌ではなく声だった。


「…続きは僕の部屋でしよか」


その全く余裕の無い様子が、私の雌の部分を刺激する。そして、返事をする前に軽々と抱えられていた。


『えっ…ちょっ…自分で歩くからぁっ!』

「お姫様は王子様に、お姫様抱っこで運ばれるもんやねんで」

『兎じゃなかったの?』

「今のキスで呪いが解けてん」


なんて御都合主義な設定なのだろう。そう思うと可笑しくて思わず笑ってしまった。おとぼけさんな彼もとても魅力的だ。


その後、満月の光に照らされ、二人の身体はぴったりと重なり合った。

心も身体も満たされる。

あなたをもっと好きになる。


月巡りて、満ちる。
満ちるとも、また巡る。


ほらまた、少しずつ変わっていく。



おわり


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