お砂糖なんて要らないくらい。
翌日
いつものようにバイトが始まる。そして考える間も無く店のドアが開いたかと思うと、彼が入ってきた。いつもと変わらずスタスタとこちらに向かってくる。
『い、いらっしゃいませ…!あの…きの…』
「ヘーゼルナッツラテ、ホット、ノンシュガー、Mサイズ、タンブラーにお願いします」
昨日はすみませんでした、と言おうとしたが彼はいつも通り呪文を唱えるかのように注文をした。しかしその表情には何だか冷たさを感じる。もしかしたら怒っているのかもしれない。差し出されたタンブラーを受け取り、私は意を決して声を出す。
『昨日はごめんなさいっ…!あの…私緊張しちゃって…気付いたら23時になっちゃっててっ…そのっ…えっと…』
本当は電話したかった、ということを伝えたいだけなのにどうして上手く話せないんだろう…。気の小さい自分が情けない…。
言葉に詰まり、俯くことしか出来なくなってしまった。すると彼の手が伸びてきて、私が持っているタンブラーを掴んだ。思わず顔を上げると、彼は柔らかく微笑んでいた。
「ごめんなさい。やっぱり注文変えてもええですか?」
『えっ…あ……は、はいっ…!』
「やっぱりノンシュガーやなくてシロップ多めで。あとシナモンシュガーも追加で」
そう言い終えると、彼は少し首を傾げながら猫のような目を細め、ニコッと笑った。こんな可愛らしい顔もするのか…とつい見惚れてしまう。タンブラーを伝って胸の鼓動の速さがバレてしまうのではないかと別の意味でもドキドキしてしていた。
『あの…かなり甘くなりますけど…良いですか…?』
「ええですよ。今夜こそは甘い夜を過ごさせてな」
『あっ…は、はいっ!』
「…君、ホンマに可愛えね。堪らんわ」
その言葉をそっくりそのまま返したいくらい、ツチヤさんはとっても魅力的だ。
しかし見つめ合う私たちだけの世界は、店長の咳払いによってすぐに解かれてしまった。
「ご注文受けたなら、早く作ってね…?行列出来ちゃってるから…!」
『えっ…?!は、はいぃぃぃ!』
見ると店の外まで列が出来ていた。ただでさえ通勤時間は効率良く回せと言われているのに…。私は急いでツチヤさんの注文した物を作り、タンブラーの蓋を閉めた。パチンッという毎日聞くこの音がもう愛の囁きにすら聞こえてしまう。
『お、お待たせしました』
「ありがとう」
ツチヤさんはチラリと店長の方に目線を向けた後、私の目をジッと見た。そういう気遣いまで出来ちゃう人なのね…。素敵過ぎる…。
『シュガー多めにしています。甘すぎ注意です!』
「…おおきに。堪能させて頂きます。ほな、またね」
ツチヤさんは片手に持った携帯をヒラヒラさせていた。電話してくれという合図なのだろう。
今夜は勇気を出して通話ボタンを押してみよう。
さっきのラテよりも、もっともっと甘い時間が待っている気がする。
お砂糖なんて要らないくらい。
おわり
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