何でもない今日でさえも
NAME CHANGE
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
家に着き、淳が鍵を開ける。いつものようにドアを押さえてくれ、私に入るよう促す。そして玄関のドアが閉まった途端、淳は私に抱きついてきた。
『……淳…?』
呼びかけても淳は何も答えなかった。
私はそっと淳の背中に手を添え、スリスリと撫でてみた。暫くそのまま私たちは抱き合っていたのだが、少しすると鼻を啜る音がしてきて淳が泣いていることに気付いた。
あの日を思い出したからなのか、私の知らない二人の思い出が蘇ったのか、涙が意味する事は分からないけれど、今の私はただ抱き締めることしか出来ない。それに、さっきの淳の言葉の中に〝今の幸せ〟というのがあった。もちろん私も幸せだし、淳が幸せなら何も要らない。それくらい、あの日のことなんてもうちっぽけになりつつある。
それからどのくらい時間が経ったのかは分からないけれど、淳がようやく声を発した。
「…ごめんな、いきなり泣いてもーて」
『ううん、ええよ。淳が泣くところ見たの二回目やね。…なぁ、何で泣いたん?』
「…ホンマは、ずっと心の片隅にあの日のことがあってん。未練があるとかやなくて、なんちゅうかトラウマみたいなもんやね。僕に向けられてた笑顔は全部ニセモノやったんやな、って思うとな。だから彼女の顔を見た時、正直怖かってん。今度は何をされるんやろうって」
そう話す淳の腕の力が、少し強くなるのを感じた。
「でも名前が元彼の話をされてもきちんと言葉を返しているのを見て、あぁそうやな。立ち止まらんでもええやんなって思ってん。僕の彼女はなんて強くて素敵な人やろうって誇らしかったで。ホンマ、惚れ直したわ」
『…私もあの日のことは忘れてへんよ。マイナスのイメージが強いけど、それ以上に淳と出会った日なんやで?〝今の幸せ〟は全部あの日から始まったやんか。私がハッキリと言葉を返せたのは、淳がおるからやん』
言い終えると、自然に涙が零れてきた。幸せだ。
「なぁ、今からあの日行ったライブハウスに行かへん?」
『ええね。久しぶりに飲んだくれよか!』
「んー…まぁほどほどにやね。飲みすぎたら寝てまうやろ?後があんねんから」
淳は私の涙を親指で拭いながら、甘く囁くように言った。
『ふふっ…スケベやね』
「スケベなんはよう知っとるやろ?…あー、やっぱアレやな。運動した後の方がビール美味しいんちゃう?」
『…仰る通りです』
微笑み合った後、二人の影がまたゆっくりと重なった。
過去が思い出して欲しいと言わんばかりに顔を覗かせた。そんな今日が、何でもない日だったかのように変わっていく。唇を重ねて生まれる熱が溶かすかのように。
もう大丈夫。
何でもない今日でさえも、二人なら幸せを見つけられるんだから。
おわり
あとがき→