凍える身体を温めて
凍える身体を温めて(土屋ver.)
(あ…今日も来た…)
朝7時半頃になると、バイト先のカフェにいつもやって来る男の人がいる。細くて柔らかそうな栗色の髪で、つり目が印象的な人だ。
彼はいつも同じ商品を注文する。メニュー表も見ずに財布を取り出しながら呪文のようにオーダーを言う。
〝ヘーゼルナッツラテ、ホット、ノンシュガー、Mサイズ、タンブラーにお願いします。〟
それでも私は毎日〝いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?〟と、これまた呪文のように彼に向かって言っている。
今日も入り口から、わき目も振らずにカウンターに向かってくる。
『いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?』
「ヘーゼルナッツラテ、ホット、シロップ多め、Mサイズ、タンブラーにお願いします」
『へっ…?』
いつもとオーダーが違い、私は思わず変な声を出してしまった。
『あ、あの…シュガー入りでシロップ多め…で宜しいですか…?』
「はい。それでお願いします」
『めっっっちゃ甘くなりますよ?!大丈夫ですか?!』
「はい。構わないです」
しまった…私…要らない事言ったかも…。
『す、すぐお作りしますね』
そう言ってタンブラーを取ろうと手を伸ばすと、彼が突然プッと吹き出して笑った。
「アハハハハ!あー、おもろ。想像以上の反応で笑ってもーた」
うわ、この人…笑うと可愛らしいんだなぁ…なんて見惚れつつ、からかわれたと分かり、どう反応して良いものか困ってしまった。
「毎日見てて可愛いなって思ってました。もし僕のオーダーの違いに反応したら、コレ渡そうって思っててん」
そう言って、彼は電話番号と名前が書いた小さな紙を渡してきた。
「君のこと考えとったら、甘いのが飲みたくなってん。良かったら、今夜電話してな」
何も言えず、固まっていると店長の声でふと我に返った。急いでドリンクを作り、パチンッとタンブラーに蓋をする。そして両手で持って彼に差し出した。
『お待たせしました』
「ありがとう。ほな、待っとるから」
彼はヒラヒラと手を振り、お店を出て行った。
私も帰りに、彼と同じ物をテイクアウトしよう。
今日はお互い、心も身体もポカポカな日になりそうだ。
おわり