生きやすく、鮮やかに。
暫く歩いたが立ち止まる様子は無く、どんどん山の奥に入って行く。当然、こんな山道を歩く服装で来ていない俺は思うように身体が動かなくてイラ立ってしまう。
「おい、どこまで行くんだよ」
『あともう少し』
そういえばこの女はワンピースを着てフラットシューズを履いているというのに、全く疲れている様子が無い。歩くのも何だかふわふわと浮いているように軽やかに進んでいる。
この辺に住んでいて道に慣れているのだろうか。
そう思っていると、女の足がピタリと止まる。
『着いた』
「……すげぇ」
目の前には大きな湖があり、屋根のように一部が枝垂れた木に囲われていた。湖の水が瑠璃色に見え、陽がさしてキラキラと宝石のように輝いている。
「この水、青くないか?」
『木が光を屈折させて、ここは青く見える角度なの』
「えっ…じゃあ人工的な物なのか?」
『ううん。全部自然に出来た物』
自然が創る色だなんて想像したことも無かった。女の言う通り、少し離れたり近付いたりすると確かに水は透明だった。しかしその透明感はやっぱり普通とは違って見える。
「なぁ、何でここはこんなに綺麗なんだ?」
『汚す人間がいないから』
「この湖の向こうには何があるんだ?」
『……』
女は黙った。
そしてこれまで一度も表情を変えなかったのに、一瞬ピクリと眉が動いた。
『あなた、名前は?』
「藤真健司だ」
『フジマケンジ…あなたは何か悩みがあるの?』
「何でそう思うんだよ」
『ここに来る人は、皆そうだから』
どういう事だ?
俺はこの場所を知っていた訳では無い。何となく降りた駅がここだっただけのことだ。
『悩みって…何?』
「普通聞くか?そんなの」
『言いたくないなら良い』
「…自分の見た目が嫌なんだよ、俺」
俺は女に思っていることを全部話した。どこの誰とも知らない不思議な女なのに、何故か話しても良いと思えた。目の前の飲み込まれそうな程綺麗な景色がそうさせている気がする。
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