「南さん」になった日
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若かったし、舞い上がっていたし、結婚は良い事ばかりでは無いと今では言えるけれど、やっぱりあの日を思い出すと胸がポカポカと温かくなる。
ようやくひと段落した所で、烈がリビングに戻って来た。そして、高い位置にある戸棚から何かを取り出した。
「これ書かなアカンねや」
そう言って烈がテーブルの上に置いたのは婚姻届だった。〝夫となる人〟の欄には〝岸本実理〟と書かれている。
「証人の欄、書いて欲しいんやて」
烈はぶっきらぼうに言ったけれど、照れつつ喜んでいるとすぐに分かった。
『そっか。岸本くんらしいなぁ。偶然やけど、今ちょうど私らが届出しに行った日のこと思い出しとってん』
「…懐かしいな」
『岸本くんたちも、あの幸せな瞬間を味わうねんなぁ』
余韻に浸っていると、烈がチョイチョイと手招きをした。そして近くに行くと、ペンを渡された。
「お前もや」
『へ…?』
「証人は二人必要やろ。俺らに書いて欲しいねんて』
まさか人様の婚姻届の証人になる日がくるだなんて、思ってもみなかった。ペンを持ち、手を添えると久しぶりのツルツルの紙の感触が懐かしい。
ゆっくりと名前を書き始める。
〝南 名前〟
躊躇う事なくそう書いた途端、嗚呼、私もうすっかり〝南〟なんだなぁと何だかジーンとくるものがあった。
必要な事項を全て書き終え、ペンを置く。私と烈が同じ名字、同じ住所、同じ本籍で並んで書かれている。
まさかまた婚姻届に二人の名前を並べる日がくるだなんて、思いもしなかった。
『あー…何か今、あの時とおんなじくらい幸せな気持ちやなぁ』
ため息と共にうっとりしていると、背中が私の一番安心できる空間に包み込まれる。
「そら良かった。俺もおんなじや」
あの時と同じ言葉で、私を愛してくれている。そっと手を重ねると、やっぱりあの時みたいにぽかぽかと温かかった。
振り向くと、あの日と同じように目を細め、愛おしそうに私を見つめる烈がいる。
『烈、愛してるで』
「ん…俺もやで、名前」
あの日から、ずっと変わらないこの気持ちを確かめ合うように、私たちはゆっくりと目を閉じ、そっと唇を重ねた。
私を「南さん」にしてくれて、ありがとうね。
おわり
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