綺麗な世界



『特に問題無いようですね。このまま使って頂けますよ。でも前回からだいぶ時間が経っているので、視力検査されて行きませんか?』

「それじゃあお願いします」


そう言うと、店員はニッコリと微笑んだ。商売上手なんだな…。


『はい、じゃあコレは?』

「左」

『はい、視力は変わっていないようですね。でもこんなに見えなかったら色々とご不便でしょうね。私には全く分からない感覚です』

「え?じゃあその眼鏡は…?」


すると、店員がスッと眼鏡を外した。


『これは、度が入っていないんです。商売柄、かけていた方が良いのかなぁって』


その素顔に加え、照れたような笑顔に俺は一瞬で心を奪われてしまった。

何て綺麗なんだろう…。

日々共に生活をしている眼鏡にはこんなにも素顔を隠す力があったことに驚いた。


『前に他のお客様が仰ってたんです。眼鏡を初めてかけた時〝こんなにも世界は明るくて綺麗だったのか〟って。私は眼鏡屋なのにその感覚が分からないのが何だか悔しいんですけど、少しでもその感覚を味わって貰えるように良い眼鏡を選びたいなって思ってるんです』


彼女は心からそう思っているのだろう。真っ直ぐな目で俺を見ながらそう言った。


やっぱり、凄く綺麗だ。


『あ…すみません。こんなお話しちゃって。眼鏡は大丈夫そうなのでこのままお使い下さい。お代も結構ですよ』

「あ…いや、あの…」

『はい?』

「もう長く使ってるし、そろそろ買い換えようかな…と。でも今日は時間が無いので、また」

『分かりました。お待ちしていますね』



最後の笑顔で俺は確信した。



(この気持ちは……まいったな)




新しく作る眼鏡越しに見える彼女の笑顔は、俺だけのものにしたい。



さあ、どうしようかな…。




おわり


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