短編
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朝の通勤ラッシュ、学生や会社へ向かう人達の熱気でむせ返りそうだ。
ドアが開く度たくさんの人がなだれ込んで来て、体勢を保つことが出来ず、反対側のドアの前まで追いやられた。これだから満員電車は嫌いだ。
新卒で入社してもうすぐ一年になるが、こればっかりは慣れそうもない。この生活をずっと続けるのかと思うと少し恐ろしくなった。
そんなことを考えながら人混みに潰されないよう耐えていると、ふと下半身に違和感を覚えた。最初は、誰かの鞄かなにかが当たっているだけかと思ったが、布越しに伝わる暖かく柔らかい感触に人の手であることを悟った。どうしよう。助けを呼ぼうにも身動きが取れないし、恐怖で声も出せない。
反撃出来ないのをいい事にどんどんエスカレートしていく男。ついにスカートの中にまで手を侵入させてきた。
嫌だ……辞めて……
首元にかかる生暖かい吐息に吐き気がした。
目的地の駅まではあと三駅ほどある。
早く着け……早く着け……
そう心の中で祈りながら、ただただ気色の悪い感触に耐えていた。
すると突然、一筋の光が差し込んだ。
「貴様。次で降りよ」
次の瞬間、下駄の音と共に現れた縹色の着流し姿の白髪の男性が、痴漢男の腕を掴みギロリと睨みつけた。
「はぁ?おっさん誰だよ」
「聞こえんかったか?次で降りよと言うておるんじゃ。この若造が」
「クッソ離せよ! 殺すぞ!」
「大人しくせい。見苦しいぞ」
あろうことか声を荒らげ殴りかかろうとする痴漢男を白髪の男性は、赤子の手をひねるように拘束してしまった。
次の駅に着くなり痴漢男は、駆けつけた警備員に連行されていった。
「お主、怪我はないか?」
「はい! 大丈夫です。助けて下さりありがとうございました」
深々と頭を下げると、白髪の男性は目を丸くした。
「儂はなにもしとらんよ。ただ、ああいう輩が好かんだけじゃ」
「あの! もしよかったらお名前を教えてください」
白髪の男性は少し悩んだあと答えた。
「……名はない」
名前がないとはどういうことだろうか。
「儂は人間ではないのじゃ」
人間ではない。そう聞けば大抵の人間なら怖がるだろう。だけど私は少しびっくりはしたものの、何故かあまり怖くはなかった。
それは私を助けた彼が、恐れる存在ではないと分かっていたから。
「お主。儂が怖くないのか?」
「全然。それに私を助けてくれた人を怖がるなんて失礼じゃないですか?」
そう言うと彼は呆気にとられたような顔をしていた。
「お主は変わっとるの」
「そうですか?」
「あぁ。」
彼はとても優しい目で私を見ていた。
「お主さえよければじゃが、また会った時に名を付けてくれんか?」
「私でよければぜひ!」
そう答えた時の彼の、喜びに交えたどこか淋しげな表情を私は見逃さなかった。
なんだかこれが最後の別れのような気がして胸が苦しくなる。
「また、会えますか?」
「お主が心から望むならきっとまた巡り会えるじゃろう。」
また逢う日まで
ドアが開く度たくさんの人がなだれ込んで来て、体勢を保つことが出来ず、反対側のドアの前まで追いやられた。これだから満員電車は嫌いだ。
新卒で入社してもうすぐ一年になるが、こればっかりは慣れそうもない。この生活をずっと続けるのかと思うと少し恐ろしくなった。
そんなことを考えながら人混みに潰されないよう耐えていると、ふと下半身に違和感を覚えた。最初は、誰かの鞄かなにかが当たっているだけかと思ったが、布越しに伝わる暖かく柔らかい感触に人の手であることを悟った。どうしよう。助けを呼ぼうにも身動きが取れないし、恐怖で声も出せない。
反撃出来ないのをいい事にどんどんエスカレートしていく男。ついにスカートの中にまで手を侵入させてきた。
嫌だ……辞めて……
首元にかかる生暖かい吐息に吐き気がした。
目的地の駅まではあと三駅ほどある。
早く着け……早く着け……
そう心の中で祈りながら、ただただ気色の悪い感触に耐えていた。
すると突然、一筋の光が差し込んだ。
「貴様。次で降りよ」
次の瞬間、下駄の音と共に現れた縹色の着流し姿の白髪の男性が、痴漢男の腕を掴みギロリと睨みつけた。
「はぁ?おっさん誰だよ」
「聞こえんかったか?次で降りよと言うておるんじゃ。この若造が」
「クッソ離せよ! 殺すぞ!」
「大人しくせい。見苦しいぞ」
あろうことか声を荒らげ殴りかかろうとする痴漢男を白髪の男性は、赤子の手をひねるように拘束してしまった。
次の駅に着くなり痴漢男は、駆けつけた警備員に連行されていった。
「お主、怪我はないか?」
「はい! 大丈夫です。助けて下さりありがとうございました」
深々と頭を下げると、白髪の男性は目を丸くした。
「儂はなにもしとらんよ。ただ、ああいう輩が好かんだけじゃ」
「あの! もしよかったらお名前を教えてください」
白髪の男性は少し悩んだあと答えた。
「……名はない」
名前がないとはどういうことだろうか。
「儂は人間ではないのじゃ」
人間ではない。そう聞けば大抵の人間なら怖がるだろう。だけど私は少しびっくりはしたものの、何故かあまり怖くはなかった。
それは私を助けた彼が、恐れる存在ではないと分かっていたから。
「お主。儂が怖くないのか?」
「全然。それに私を助けてくれた人を怖がるなんて失礼じゃないですか?」
そう言うと彼は呆気にとられたような顔をしていた。
「お主は変わっとるの」
「そうですか?」
「あぁ。」
彼はとても優しい目で私を見ていた。
「お主さえよければじゃが、また会った時に名を付けてくれんか?」
「私でよければぜひ!」
そう答えた時の彼の、喜びに交えたどこか淋しげな表情を私は見逃さなかった。
なんだかこれが最後の別れのような気がして胸が苦しくなる。
「また、会えますか?」
「お主が心から望むならきっとまた巡り会えるじゃろう。」
また逢う日まで
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