short

貴方と話したい

2026/08/11 20:34
※勇は職場では最も後輩です。これは勇が加入したばかりの頃です。
※「メンヘラ」という言葉は蔑称とされることがありますが、瑞希のアイデンティティーや生育歴を考慮した上で、ここでは瑞希の自称として使用しています。

○本部 瑞希の執務室 昼

 部屋の奥に大きなデスク、部屋の手前に小さなデスクがある。瑞希は奥のデスクに着席し、パソコンで事務仕事をしている。
 ドアが開く音。
 瑞希、パソコンから顔を上げる。
 成美、開いたドアから顔を出して、
成美「今、オッケー?」
瑞希「どうぞ」
成美「飯、一緒にどうかなって」
瑞希「もうそんな時間け?」
成美「そうだよ。イッサも一緒だけど来る?」
瑞希「イッサ?」
成美「相良勇、新入りのあいつだよ」
瑞希「ああ… 相良さんのことけ」
 成美、室内に入り、ドアを閉め、瑞希の方へ向かって、
成美「瑞希、イッサとまだそんなに話してないだろ?」
瑞希「そやな、挨拶を交わすくらいしか」
 成美、瑞希のデスクの前に立って、
成美「良い機会じゃん。来いよ」
瑞希「(成美から目を逸らして)でも…」
成美「別に喋らなくてもいけるって。俺とイッサで勝手に喋っとくからよ。それなら気楽だろ」
瑞希「でも感じ␣悪ない? それって」
成美「そんなこと気にすんな。歓迎会をバックれた時点で相手もわかってるって、瑞希が人付き合いが苦手なことくらい。俺からも話しとくし」
瑞希「(考え込むように)うーん…」
成美「まだ無理そう?」
瑞希「…やっぱり今日はええわ。そういう気分とちゃう。ごめんやで」
成美「そうか…」
 少し間を置いて、
成美「お前、行方が来たときより緊張してねぇ?」
瑞希「行方はタメやからな。俺、年上の男性にはどうしても苦手意識があんねん」
成美「そればかりは仕方ねぇか…」
 少し間を置いて、
成美「瑞希には瑞希のペースがあるからな。でもイッサは悪い奴じゃねぇよ。ちょっと変わってるけど平和な奴だ。それだけは言っておく」
瑞希「そうなん?」
成美「そう。マジで変わってるけどな。鳥と友達になれるらしいし」
瑞希「鳥って…」
成美「本当か嘘かは置いといて、本人はそう言ってるぜ」
瑞希「そうなんや… 確かに平和そうではあるな」
成美「どうせいつか話す機会はできるだろうから、そのときにどれだけ無害な奴かわかるよ。気楽にやれ」
 成美、軽く片手を挙げて、
成美「俺はそろそろ行くわ」
瑞希「いってらっしゃい」

○本部 カフェ 昼 日替わり

 明るい雰囲気のカフェ。丸いテーブルが並んでいる。瑞希は席に着き、詰将棋の本を見ながらコーヒーを飲んでいる。本には紙のカバーが掛かっている。テーブルの上にはスマホが置かれている。
 勇、カップを持って、瑞希の方へ歩いてくる。瑞希は気づいていない。勇、瑞希の席の近くに立ち、
勇「寺田さん」
 瑞希、本から顔を上げ、
瑞希「(緊張した様子で)はい、あっ、相良さん?」
勇「(微笑んで)はい、相良です。お疲れさまです」
瑞希「お疲れさま」
勇「ここ、いいですか?」
 瑞希、本をテーブルの上に伏せて、
瑞希「どうぞ」
 勇、瑞希の向かいの席に座る。
勇「(にこにこして)寺田さんとご一緒できて嬉しいです。今までなかなか話す機会がなかったものですから。寺田さんのことを知りたいと思っていたところなんです」
瑞希「(勇と目を合わせず)そう…」
勇「あっ、どうか緊張なされないでください。僕、背が高くて顔もイケメンすぎて取っ付きにくく見えるかもしれませんが、知人からは親しみやすいと定評があります。気安く接していただいて大丈夫ですので」
 瑞希、軽く笑う。
瑞希「(表情が和らぎ)そうみたいやな」
勇「誤解が解けたようで何よりです」
 勇、本に視線をやり、
勇「もしかして読書の邪魔をしてしまいました?」
瑞希「別に。中断してもいけるやつやから」
勇「何の本か聞いてもいいですか?」
瑞希「詰将棋の本やで」
勇「難しそう… 将棋、お好きなんですか?」
瑞希「そやな。将棋のこと考えてる間は雑念がなくなるっちゅうか… 俺、けっこう余計なこと考えてまうタイプやから、将棋で思考を切り替えてんねん」
勇「なるほど。禅みたいなものですね」
瑞希「禅… そうなんかな?」
勇「それ、僕もやってみていいですかね?」
瑞希「ええけど…」
勇「(微笑んで)相手のことを知るには、相手の好きなものを知るのが一番ですからね」
瑞希「(戸惑った様子で)そ、そう?」
勇「たぶん駒の動きだけは覚えているはず… それさえわかれば何とかなりますかね?」
瑞希「簡単なやつやったら…」
 瑞希、本を手に取り、ページをめくりながらさっと目を通す。あるページで手を止め、
瑞希「これやったらどうかな」
 瑞希、ページを開いたまま、勇の前に本を差し出す。
瑞希「3手詰な」
勇「3手で決めるんですね。やってみます」
 しばらくの静寂。
 勇、軽く頭を下げて、
勇「すみません、全くわかりませんでした」
瑞希「オッケー」
 瑞希、テーブルの上に身を乗り出し、ページを指し示しながら、
瑞希「まず銀がここ、相手がこれで受けるやろ、そしてここに金で詰みや」
勇「そういうことか… やっぱり難しいですね。寺田さんはすごいです」
 瑞希、椅子に座り直して、
瑞希「そこは慣れもあるから…」
勇「寺田さんにもっとお近づきになりたかったのですが、将棋の楽しさまではわかりませんでした…」
瑞希「知ろうとしてくれただけで十分やで」
 少し間を置いて、
瑞希「そういえば話は変わるけど、相良さんは鳥が好きなん?」
勇「(驚いた様子で)えっ、はい、そうですが」
瑞希「成美からそんな感じのこと聞いたから。この辺にも鳥ってけっこういてるん?」
勇「いますよ! 一部の鳥は都市によく順応して、人間の生活をうまく利用しながら生きているんです。今朝もハクセキレイさんとお会いしましたよ」
瑞希「ハクセキレイ… 名前は聞いたことある気ぃするんやけど、ちょっと姿が思い浮かばへんから調べるわ」
勇「はい」
 瑞希、スマホを手に取り、『ハクセキレイ』を検索する。画面にハクセキレイの写真が表示される。
瑞希「ああ、これか。たぶん見たことあるわ」
勇「どこにでもいますからね」
瑞希「かわいいな」
勇「ですよね。かわいいんですよ、ハクセキレイさん」
 瑞希、スマホをテーブルに置き、
瑞希「他に好きな鳥っていてるん?」
勇「他に? 何ですかね…」
 勇、片手を顎に当て、しばらく考え込む。
勇「…選べませんでした。みんな、素敵です。でも強いて挙げるならライチョウさんですかね。高山の限られた地域にしかいないので、出会ったときはテンションが上がりますね」
瑞希「そうなんや。ホンマに鳥が好きなんやな」
 瑞希、スマホと本を手に取って、
瑞希「俺、そろそろ仕事に戻るわ」
勇「(はっとしたように)あっ、うっかり話し込んでしまいましたね。疲れませんでした?」
瑞希「大丈夫。話す機会ができて良かったと思うてる」
勇「こちらこそお話できて楽しかったです。後でメモに情報を追加しなければ」
瑞希「メモ?」
勇「ここに少しでも早く馴染めるように、皆さんのことをメモに記録しているんです。今のところ寺田さんの情報は『背が低い』と『声が渋い』ということしかなくて。これで情報が増えますね」
瑞希「(苦笑して)へぇ」
勇「ではお仕事、頑張ってください。いつかまたお話しましょう」
 瑞希、椅子から立ち上がり、
瑞希「ほな」

○本部 瑞希の執務室 昼

 瑞希、ドアの方からデスクの方へ向かう。
 瑞希、デスクの上に荷物を置き、椅子に深く座る。
 瑞希、深く息を吐く。

○寮 瑞希の部屋 リビング 夜 日替わり

 インテリアはブラウンと黒を基調にした落ち着いた雰囲気で、部屋は清潔で整っている。
 瑞希、成美、テーブルを挟み、向かい合ってソファーに座っている。テーブルの上にはビールや軽食。
成美「和真と尚人がいないと暇だな。こんなつまんねぇ奴と二人で過ごすことになるじゃねぇか」
瑞希「やかましいんじゃ、ボケ」
 瑞希、缶を手に取り、ビールを一口␣飲んでから、
瑞希「そういえばあれから相良さんと話してん」
成美「らしいな。イッサからも聞いた。お前のこと取って食うような奴じゃなかっただろ?」
瑞希「そやな。相良さん、俺のこと何か言うてた?」
成美「特には。人と話すのが苦手だって聞いたわりに落ち着いてるように見えた、話も盛り上がって楽しかったとは言ってたぜ」
瑞希「そうけ… 確かに自分でも意外なほど落ち着いて話せたな」
成美「そうだったのか。瑞希には申し訳ないんだけど、いきなり一対一でそこまで話せるとは思ってなかったよ」
瑞希「俺も思うてへんかった。何でやろ、相良さんの自己紹介がおもろかったからかな」
成美「何だよ、それ」
瑞希「ホンマにおもろかったんやって。ところで相良さんは知ってるんかな、俺がメンヘラやってこと」
成美「知ってると思うぜ。病名までは知らないだろうけど、栄太から何らかの説明はされてるはず」
瑞希「そう、知ってたんやな」
成美「何で? ぎこちなかったりしたの?」
瑞希「そんなことないで。めっちゃ普通に接してくれたで」
成美「それならよかったじゃん。イッサはそういう奴だよ」
 瑞希、再びビールを口にしてから、
瑞希「…世の中、そこまで敵ばかりではないんかもしれへんな」
成美「(笑って)いきなりどうしたよ?」
瑞希「何となくや」
成美「何となくか。でも俺も同じこと考えるようになったんだよな、最近。人って悪意で動くより善意で動くことの方が多いんだなって」
瑞希「ホンマはそうなんやろな。俺の人生ではあまり出会わんかっただけで」
成美「そこにはすげぇ不公平を感じるけどな。その『良い人』は今までどこに隠れてたんだよ、何で必要なときに助けてくれなかったんだよって」
瑞希「やっぱり世の中はクソやな」
成美「結局はそうなっちまうか」
瑞希「…でも相良さんのことは少しだけ信じてみようかな」
成美「それって自己紹介がおもしろかったから?」
瑞希「(微笑んで)そうやで」

❤️

コメント

コメントを受け付けていません。