マルチだ

○寮 真澄の部屋 リビング 昼 日替わり

 インテリアは白、ベージュ、ピンクを基調としたフェミニンな雰囲気で、清潔で整っている。
 真澄、尚人、向かい合ってソファーに座っている。二人の間にはテーブルがあり、テーブルの上にはそれぞれのスマホ、アイスティーが入ったコップが二つ、皿に乗ったラスク。
真澄「でしょ? やっぱりそうなるでしょ? 宇野さん、完全にターゲットにされてるって」
尚人「そうなんかな…」
真澄「そうだって。絶対にネットワークビジネスに勧誘されるよ、それ」
尚人「でも実際にへのへのさんと話した感じ、俺を騙そうとしてるとは思えんかったんよな…」
真澄「確かに騙すつもりはないかもね。すっかりキマっちゃってるっぽいし。でも悪意があるかどうかなんてどうでもいいから。結果的に騙してたらダメなの」
尚人「でもお金の話なんて一言も出ぇへんかったから… ただのお節介かもしれへん。その話になったら断るよ」
 真澄、大きくため息をつく。
真澄「まだ断れると思ってんの? 自分を過信するなって言ったでしょ? この前の電話でも断れなかったんでしょ?」
 尚人、黙り込む。
真澄「宇野さん、へのへのさんとはもう切りなよ。引き返せないところまで行っちゃってるよ、その人。今回は断れたとしてもこれから繰り返し勧誘されるだけだよ」
 少しの静寂。
尚人「ホンマにそれしか選択肢ないんやろか」
真澄「たぶんないね」
尚人「今はマルチでおかしなってるけど、それでもへのへのさんは俺の友達の一人やねん。このままへのへのさんを孤立させることなんてできへんよ…」
真澄「その人って自分を犠牲にしてまで守らないといけない人なの? よく考えなよ、へのへのもへじなんでしょ、そいつ」
尚人「立花さんは友達を見た目で選ぶん?」
真澄「さすがに限度というものがあるでしょ」
尚人「今はへのへのもへじの話なんてしてへんねん。…そういえば何の話やったっけ?」
真澄「へのへのもへじを切れって話だよ」
尚人「そうやった。…へのへのさんはそこまで悪いことしてるんやろか。孤立するんも自己責任なんやろうか。俺はそうとは思われへんねん」
 少し間を置いて、
真澄「そうだね、そこは同感。本当に責められるべきはマルチダだよ。でも個人にできることは限界があるの。これは宇野さんが背負い込むべきことじゃないの」
 尚人、黙り込む。
真澄「どうしても見捨てられないってことね。…もう私じゃ説得は無理だ。寺田さんに説得してもらおう」
尚人「それはあかん! 瑞希まで巻き込む必要ないから!」
 真澄、スマホを手に取り、スマホを操作しながら、
真澄「どっちにしろ巻き込むことになると思うけど。それなら傷が浅い内がいいでしょ。(呟くように)今、出るかな…」
 真澄、瑞希に電話をかけ、通話をスピーカーに切り替える。
 すぐに瑞希が電話に出る。
瑞希の声「はい」
真澄「あっ、寺田さん。今、大丈夫?」

○病院 デイルーム 昼

 インテリアはナチュラルウッドを基調とした温もりのある雰囲気。テーブルと椅子が並んでいて、瑞希の他にも数人の患者がいる。
 瑞希、椅子に座り、スマホを持っている。
瑞希「いけるで。ちょうどデイルームにおったところやから。ほんでどないしたん?」

○寮 真澄の部屋 リビング 昼

 真澄、スマホをテーブルの真ん中に置いて、
真澄「入院してるところに申し訳ないんだけど、寺田さんに相談しないといけないことができちゃって」
 真澄が話しているところに被せて、
尚人「ホンマにええって!」

(以下、カットバック)

瑞希「何や? 尚人もそこにいてるん?」
真澄「その宇野さんに問題があって」
尚人「ホンマに言わんでええのに…」
瑞希「(笑って)あんまり聞きたないな。何があってん?」
真澄「宇野さんの友達がマルチにハマってるらしくてさ」
瑞希「おっ、とうとうマルチデビューまでしたんけ。マルチはやめとき。ただカモにされるだけやで」
尚人「誤解や。俺はネットワークビジネスはしてへん」
瑞希「ほな、何やねん」
真澄「その友達はグループの末端にいるみたいなんだよね。しかもマルチってマルチダのことなんだけど、完全にマルチダの信者になっちゃってて」
瑞希「一種の宗教みたいになってるって話やな、マルチダ」
真澄「その人、いよいよ貯金も尽きちゃって宇野さんに泣きついたらしいの。それで宇野さんはどうしたと思う?」
 真澄が話しているところに被せて、
尚人「それは黙っとくって約束やろ!?」
真澄「宇野さん、その人から商品を買ってあげたんだって、30万」
瑞希「(笑って)30万? えらい思いきったな」
尚人「ごめんなさい…」
真澄「ヤバいでしょ?」
瑞希「別に。マルチなんてギャンブルに比べたら擦り傷みたいなもんや。俺なんて1100万も借金してるからな」
真澄「1100? 800万じゃなかったの?」
尚人「どういうこと? 聞いてへんで、俺」
瑞希「言うてへんかった? 言うたような気ぃしたんやけどな…」
尚人「瑞希、詳しく話を聞かせてほしいんやけど…」
瑞希「その話はどうでもええねん。今はマルチや、マルチ。話はそれだけ?」
真澄「とりあえず続けるけど… 宇野さん、やっぱりカモれると認定されちゃったみたいで、その友達から『アップが宇野さんに会いたがってる』って電話があったところなの」
瑞希「そうなるやろな。ほんで会うたん?」
尚人「まだ会うてへん」
瑞希「ほな、会わんかったらええやん。よう断らんのけ?」
真澄「そういうこと」
瑞希「よう断らんかったらブロックしぃ。それでしまいや」
真澄「それができないんだって。私からも切るように言ったんだけど、その人はもう宇野さんしか友達がいないみたいで、ここで見捨てたら孤立させちゃうからって…」
瑞希「尚人、そういうこと苦手やからな…」
真澄「それで寺田さんに説得してもらおうと思って。私から言っても聞かなそうだから」
瑞希「わかった。尚人、どうしてもあかんけ?」
 尚人、黙り込む。
瑞希「尚人が優しいことは知ってる。俺すら拾うてくれた人やもん、マルチを見捨てられへんかったとしても不思議はないわ。でも今回はちょっと優しすぎたみたいやな。現実問題、人はまず生きていかなあかんねん。優しさも自分があってこそやってことを覚えといてほしい」
尚人「うん…」
瑞希「その上でパートナーとしてこれだけは言うとくわ。尚人、マルチはあかんで。俺がギャンブル、お前がマルチとか笑われへんで。それで借金なんて作ってみぃ、悲惨やで」
真澄「(笑って)見ていられなくなるね」
瑞希「そうなったらどないすんねん。吊るけ? それとも飛び降りけ?」
尚人「そこまでは…」
瑞希「現実を見り。9割は俺のせいなんはわかってるけど、すでに俺らは崖っ縁やねん。マルチやってる場合ちゃうねん」
真澄「1100万だもんね」
瑞希「その話はしてへん」
尚人「しようや、その話。瑞希が言うてることはもっともや。今はマルチやってる場合ちゃう。借金と向き合わなあかん」
瑞希「…尚人、悪いけどここで切り上げるわ。今からやることあんねん。入院してると何だかんだ忙しいからな」

(カットバック、終わり)

○寮 真澄の部屋 リビング 昼

瑞希「ほな!」
 通話が切れる。
真澄「寺田さん、逃げたね」
 尚人、俯く。
尚人「1100万…」
真澄「宇野さん… 元気を出して、って無理か…」
尚人「どういうことやねん… そもそもどうやって借金したんや、あいつ。手段なんてほとんど残ってへんやろ…」
真澄「それを考えたら怖いよね」
 尚人、顔を上げて、
尚人「考えたところでどうにもならへん。今は目の前の問題を片付けるだけや」
真澄「へのへのさんのこと切るつもりになった?」
尚人「切るも何もそうするしかないやろ。へのへのもへじのことまで背負われへん」
真澄「だよね…」
尚人「今日は話を聞いてくれてありがとう。迷惑をかけたな」
真澄「それはいいんだけど… 一人で抱え込んじゃダメだよ。これからも相談には乗るから」
尚人「必要やったら頼らせてもらうわ。でもここからは栄太に相談した方がええかも…」
真澄「そうだね… 頑張ってね」
尚人「頑張るわ…」

○病院 デイルーム 昼 日替わり

 尚人、瑞希、向かい合って椅子に座っている。二人の間にはテーブルがあり、その上には菓子の箱が置かれている。テーブルには白杖が立てかけられている。
尚人「調子はどう?」
瑞希「ぼちぼちってところやな。とにかく家に帰りたい」
尚人「やっぱり家が落ち着くよな。いつ退院できるか決まった?」
瑞希「まだ何も聞いてへんな」
尚人「そうなんや… 焦らんとゆっくり療養しぃや」
瑞希「そうするわ。ところで尚人はどうや? マルチは断れたんけ?」
尚人「うん、あれからすぐにブロックしたで」
瑞希「それがええわ。…尚人、あんまり自分を責めたらあかんで。結果的に騙されんで済んだんやから全て良しや」
尚人「『全て良し』とはいかへんよ… いつもそうや。結局は誰のためにもならへんのに、他人からええように見られようとして事態ばかり悪化させて…」
瑞希「お前、気にしぃやからな。人間、いつでも正解ばかり選べるとは限らへん。今回はたまたま間違うただけや。俺やって間違いだらけやん、そこはお互いさまやろ?」
尚人「(すっと真顔になって)お互いさま? 勘違いすんなや。俺は30万、君は1100万、どこがお互いさまやねん」
 瑞希、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。
瑞希「そろそろ時間や。これから予定があんねん。またの機会に話そうな。ほな」
 瑞希、椅子から腰を浮かせる。
尚人「ちょっと待って」
 瑞希、テーブルに手をつき、中腰のまま止まる。
尚人「早よ戻って来ぃや。俺、瑞希がおらんとダメやから。そんなんとっくにわかりきったことやろ? また変なもんに引っかかるかもしれへん」
瑞希「尚人、1100万のことは…」
 瑞希が話している途中で遮って、
尚人「それは退院してから考えよう。ここで考えたところで何にもならへん。とりあえず今は休もう」
瑞希「うん…」
尚人「瑞希」
 尚人、椅子から立ち上がり、瑞希のそばに行く。
 尚人、瑞希を抱き締める。
瑞希「尚人、ここでは恥ずかしいって…」
尚人「ごめんやけどこのままいさせて。俺、寂しいねん」
 しばらくの静寂。
尚人「そういえば瑞希、俺から伝えておきたいことがあんねん」
瑞希「何や?」
尚人「SNSで知り合った友達がいてるんやけど、その人が事故って手術せなあかんようになって。でもお金が足りへんって言うから、こっちから2000ドルを送金してん。これって詐欺なんかな?」
 瑞希、尚人を突き放す。
瑞希「詐欺や、詐欺! お前、ホンマにあかん奴やな!」
尚人「やっぱり詐欺やったか…」
瑞希「お前こそ勘違いすんなや。お互いさまどころちゃうのはこっちの方や!」
尚人「反論はできへん…」
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