一寸の虫にも五分の魂
○寮 透の部屋 リビング-中 夜
リビングは北欧風のインテリアで統一されていて、清潔で整えられている。
透、栄太、部屋の真ん中で立っている。栄太は手にスマホと洗面用具を持っている。
栄太「すみません、お邪魔して」
透「いいよ。タオル、洗面所に入ればあるから」
栄太「ありがとうございます。洗面所、お借りします」
透「どうぞ」
透、ソファーの方へ向かう。
栄太、リビングから出る。
透、ズボンのポケットからスマホを取り出し、ソファーに座る。
透、スマホを操作する。
栄太の声「(絶叫して)キャー!」
透、スマホを持ったまま慌てて立ち上がり、
透「(声を張り上げ)どうした!?」
栄太の声「透くん、カメムシ!」
透「は?」
○同 洗面所 夜
タオルラックの前にタオルが落ちている。
栄太、タオルからできるだけ離れるようにして洗面所の隅に立っている。手には歯ブラシを持っている。
透、洗面所のドアを開ける。手にはスマホを持っている。
透「今度は何だ?」
栄太「タオルにカメムシが…」
透「カメムシ?」
透のスマホが鳴る。
透、スマホを見る。画面には「桐生 知久」の文字。
透、電話に出る。
透「もしもし」
知久の声「良かった、出てくれて、生きてた… 何か悲鳴が聞こえたから…」
透「今、栄太が部屋に来てるんだけど、タオルにカメムシが付いてたらしくてさ。それだけのことであんなに叫んでたんだよ。まるで死体でも見つけたかみたいに大袈裟な…」
栄太「大袈裟じゃないです!」
知久の声「(笑って)カメムシやったんや。栄太が透の死体でも見つけたんかって思ったやん」
透「縁起が悪いことを言うな。とりあえず心配をかけたな」
知久の声「ええよ。何もなさそうで何より。ほな、おやすみ」
透「おやすみ」
透、電話を切る。
透「で、カメムシだっけ?」
栄太、タオルを指差して、
栄太「それ…」
透、屈んでタオルを拾い上げる。
透、タオルをそっと広げる。タオルにはツヤアオカメムシが付いている。
透「いるな。カメムシを放り投げるな。タオルににおいが付いたらどうしてくれるんだ」
栄太「そんなこと言われても… カメムシには優しくできませんよ。早く始末してください!」
透「すぐ殺すことを考える… カメムシだって生きてるんだぞ」
栄太「それはそうですが、でも…」
透「こいつは何とかするから。さっさと歯を磨け」
栄太「はい…」
透、タオルを持って洗面所から出る。
○同 リビング 夜
透、ソファーに座ってスマホを見ている。
栄太、リビングに入ってくる。
栄太「お騒がせしました」
透、スマホから顔を上げて、
透「本当に騒がしい奴だな。心臓に悪い。心臓病患者をびっくりさせるな」
栄太、立ち止まって、
栄太「ごめんなさい! 私もびっくりして思わず… 透くんを驚かせるつもりじゃなかったんですが…」
透、スマホをソファーに置いて、
透「冗談だよ… 本気にするな。そんなことで発作は起こらないよ」
栄太「冗談か… つい本気にしちゃったじゃないですか」
透「こっちこそ悪かった…」
栄太、透の隣りに座る。
栄太「透くん、結局、カメムシはどうしたんですか?」
透「外に逃がしたよ」
栄太「虫に優しいんですね」
透「カメムシを潰したりしたら大変なことになるだろ」
栄太「(笑って)確かにそうだ」
少し間を置いて、
透「それにあれから無理になったんだよな、生き物を殺すこと」
栄太「それって…」
透「心臓で倒れてからだよ」
栄太「そうだったんですね… やっぱり死生観とか変わるものなんですね」
透「さすがに死にかけたらな。本来、俺はあのまま呆気なく死ぬはずだった。たまたま助けてもらえたから助かっただけで、そうじゃなかったら『呉本透』という存在はあそこで終わっていた。『死』ってこういうものなのかと知ったら、どうしても…」
栄太「そうですよね…」
透「俺が虫を叩けば、簡単に一つの生命を終わらせてしまうことができる。それが怖いと感じるようになったんだよ」
少し間を置いて、
栄太「ごめんなさい、何と返せばいいのかわからなくて… 私は死に近づいた経験がないですから」
透「謝ることじゃないよ。俺は死について考えるような人生になってしまったけど、栄太は今のところそうじゃない。それぞれの人生があるってだけのことだよ」
栄太「…私、命を奪うということを簡単に考えすぎていたかもしれない。そうですよね、『死』ってそういうことですよね。それなのに透くんにゴキブリを殺させようとして…」
話を遮って、
透「あれは見つけたら叩き潰そうと思ってたよ」
栄太「えっ?」
透「栄太の部屋は隠れるところが多いからな。ゴキブリにとっては優良物件だ。部屋に住み着かれたら最悪だろ?」
栄太「私にとっては、ね。でも透くんにとっては違うでしょ?」
透「俺が栄太の立場だったら、普通にバルサンを焚くな。いくら俺が虫が好きでも、ゴキブリと一緒に暮らしたいわけじゃない」
栄太「(笑って)透くんでもそうなんですね」
透、スマホの時計を確認する。時刻は0時30分くらい。
透「もうこんな時間だ。そろそろ寝るか」
○同 寝室 夜
部屋には間接照明が点いている。
透、栄太、同じベッドに入り、布団を被っている。
サイドテーブルにはスマホが二つ_置かれている。
栄太「透くん、私、虫に優しくしてみようと思います」
透「(鼻で笑って)どうせできないんだから無理するな」
栄太「(笑って)自分でも無理なことくらいわかっていますよ。でもゴキブリとはちょっとは和解したいな。恐怖心を少しでも克服したいんです」
透「そうか… 自然の中でゴキブリを観察してみるのはどうだ? 家の中で見るよりも嫌悪感はマシになるよ」
栄太「本当にそれで和解できますかね?」
透「モリチャバネゴキブリなら観察しやすくていいかもしれない。俺はけっこう好きだよ」
栄太、上半身を起こし、腕を伸ばしてスマホを手に取る。
栄太「何でしたっけ?」
透「モリチャバネゴキブリ」
栄太、スマホで「モリチャバネゴキブリ」を検索。スマホの画面に検索結果が表示される。
栄太、布団の上にスマホを放り投げる。
栄太「ただのゴキブリじゃないですか!」
透、笑っている。
栄太「透くん、笑いすぎ」
透「ごめんって。でも森で見たら意外とかわいいよ」
栄太「かわいい? あれが? やっぱり透くんとはわかり合えません」
透「それは残念だな」
リビングは北欧風のインテリアで統一されていて、清潔で整えられている。
透、栄太、部屋の真ん中で立っている。栄太は手にスマホと洗面用具を持っている。
栄太「すみません、お邪魔して」
透「いいよ。タオル、洗面所に入ればあるから」
栄太「ありがとうございます。洗面所、お借りします」
透「どうぞ」
透、ソファーの方へ向かう。
栄太、リビングから出る。
透、ズボンのポケットからスマホを取り出し、ソファーに座る。
透、スマホを操作する。
栄太の声「(絶叫して)キャー!」
透、スマホを持ったまま慌てて立ち上がり、
透「(声を張り上げ)どうした!?」
栄太の声「透くん、カメムシ!」
透「は?」
○同 洗面所 夜
タオルラックの前にタオルが落ちている。
栄太、タオルからできるだけ離れるようにして洗面所の隅に立っている。手には歯ブラシを持っている。
透、洗面所のドアを開ける。手にはスマホを持っている。
透「今度は何だ?」
栄太「タオルにカメムシが…」
透「カメムシ?」
透のスマホが鳴る。
透、スマホを見る。画面には「桐生 知久」の文字。
透、電話に出る。
透「もしもし」
知久の声「良かった、出てくれて、生きてた… 何か悲鳴が聞こえたから…」
透「今、栄太が部屋に来てるんだけど、タオルにカメムシが付いてたらしくてさ。それだけのことであんなに叫んでたんだよ。まるで死体でも見つけたかみたいに大袈裟な…」
栄太「大袈裟じゃないです!」
知久の声「(笑って)カメムシやったんや。栄太が透の死体でも見つけたんかって思ったやん」
透「縁起が悪いことを言うな。とりあえず心配をかけたな」
知久の声「ええよ。何もなさそうで何より。ほな、おやすみ」
透「おやすみ」
透、電話を切る。
透「で、カメムシだっけ?」
栄太、タオルを指差して、
栄太「それ…」
透、屈んでタオルを拾い上げる。
透、タオルをそっと広げる。タオルにはツヤアオカメムシが付いている。
透「いるな。カメムシを放り投げるな。タオルににおいが付いたらどうしてくれるんだ」
栄太「そんなこと言われても… カメムシには優しくできませんよ。早く始末してください!」
透「すぐ殺すことを考える… カメムシだって生きてるんだぞ」
栄太「それはそうですが、でも…」
透「こいつは何とかするから。さっさと歯を磨け」
栄太「はい…」
透、タオルを持って洗面所から出る。
○同 リビング 夜
透、ソファーに座ってスマホを見ている。
栄太、リビングに入ってくる。
栄太「お騒がせしました」
透、スマホから顔を上げて、
透「本当に騒がしい奴だな。心臓に悪い。心臓病患者をびっくりさせるな」
栄太、立ち止まって、
栄太「ごめんなさい! 私もびっくりして思わず… 透くんを驚かせるつもりじゃなかったんですが…」
透、スマホをソファーに置いて、
透「冗談だよ… 本気にするな。そんなことで発作は起こらないよ」
栄太「冗談か… つい本気にしちゃったじゃないですか」
透「こっちこそ悪かった…」
栄太、透の隣りに座る。
栄太「透くん、結局、カメムシはどうしたんですか?」
透「外に逃がしたよ」
栄太「虫に優しいんですね」
透「カメムシを潰したりしたら大変なことになるだろ」
栄太「(笑って)確かにそうだ」
少し間を置いて、
透「それにあれから無理になったんだよな、生き物を殺すこと」
栄太「それって…」
透「心臓で倒れてからだよ」
栄太「そうだったんですね… やっぱり死生観とか変わるものなんですね」
透「さすがに死にかけたらな。本来、俺はあのまま呆気なく死ぬはずだった。たまたま助けてもらえたから助かっただけで、そうじゃなかったら『呉本透』という存在はあそこで終わっていた。『死』ってこういうものなのかと知ったら、どうしても…」
栄太「そうですよね…」
透「俺が虫を叩けば、簡単に一つの生命を終わらせてしまうことができる。それが怖いと感じるようになったんだよ」
少し間を置いて、
栄太「ごめんなさい、何と返せばいいのかわからなくて… 私は死に近づいた経験がないですから」
透「謝ることじゃないよ。俺は死について考えるような人生になってしまったけど、栄太は今のところそうじゃない。それぞれの人生があるってだけのことだよ」
栄太「…私、命を奪うということを簡単に考えすぎていたかもしれない。そうですよね、『死』ってそういうことですよね。それなのに透くんにゴキブリを殺させようとして…」
話を遮って、
透「あれは見つけたら叩き潰そうと思ってたよ」
栄太「えっ?」
透「栄太の部屋は隠れるところが多いからな。ゴキブリにとっては優良物件だ。部屋に住み着かれたら最悪だろ?」
栄太「私にとっては、ね。でも透くんにとっては違うでしょ?」
透「俺が栄太の立場だったら、普通にバルサンを焚くな。いくら俺が虫が好きでも、ゴキブリと一緒に暮らしたいわけじゃない」
栄太「(笑って)透くんでもそうなんですね」
透、スマホの時計を確認する。時刻は0時30分くらい。
透「もうこんな時間だ。そろそろ寝るか」
○同 寝室 夜
部屋には間接照明が点いている。
透、栄太、同じベッドに入り、布団を被っている。
サイドテーブルにはスマホが二つ_置かれている。
栄太「透くん、私、虫に優しくしてみようと思います」
透「(鼻で笑って)どうせできないんだから無理するな」
栄太「(笑って)自分でも無理なことくらいわかっていますよ。でもゴキブリとはちょっとは和解したいな。恐怖心を少しでも克服したいんです」
透「そうか… 自然の中でゴキブリを観察してみるのはどうだ? 家の中で見るよりも嫌悪感はマシになるよ」
栄太「本当にそれで和解できますかね?」
透「モリチャバネゴキブリなら観察しやすくていいかもしれない。俺はけっこう好きだよ」
栄太、上半身を起こし、腕を伸ばしてスマホを手に取る。
栄太「何でしたっけ?」
透「モリチャバネゴキブリ」
栄太、スマホで「モリチャバネゴキブリ」を検索。スマホの画面に検索結果が表示される。
栄太、布団の上にスマホを放り投げる。
栄太「ただのゴキブリじゃないですか!」
透、笑っている。
栄太「透くん、笑いすぎ」
透「ごめんって。でも森で見たら意外とかわいいよ」
栄太「かわいい? あれが? やっぱり透くんとはわかり合えません」
透「それは残念だな」