それでも明日は来る

○知久の部屋 リビング-中 朝

 知久、ソファーに座り、スマホを操作している。
 栄太、リビングに入る。格好は寝起きのまま。
栄太「おはようございます」
 知久、スマホから顔を上げる。
知久「おはよう」
栄太「またお会いできましたね」
 栄太、知久の向かいのソファーに座り、
栄太「トミー、気分はどうですか?」
知久「昨日よりは落ち着いたかな」
栄太「(微笑んで)それは何より。少しは寝れました?」
知久「多少は… 栄太こそ寝れたん? 俺がちょっと動いただけで反応してたみたいやけど」
栄太「私は夜型ですので。さっきまで爆睡していましたよ」
知久「栄太がそう言うんやったら… 昨日は迷惑␣かけたな」
栄太「そういう迷惑はいくらでもかけてください。取り返しがつかなくなってからでは遅いですから」
知久「…栄太」
栄太「何でしょう?」
知久「(少し俯いて)俺、昨日までに死なんかったことを後悔してる。でも今日まで生きてて良かったとも思ってる。助けてくれてありがとう」
栄太「…その本音が聞きたかった。これからも『死にたい』と口にすることをためらわないでくださいね。まだ希死念慮は強いということですね?」
 知久、頷く。
栄太「それでいいんですよ。すぐに何とかなる問題でもないでしょう。後でゆっくり話しましょう」
 栄太、立ち上がる。
栄太「洗面台をお借りしますね。寝起きの口臭がすごすぎて、話していると自分で臭うんですよ」
知久「(笑って)ええよ。朝食はどうする?」
栄太「ああ…私は結構です。いつも朝は食べないので。コーヒーだけいただけますか?」
知久「わかった」

× × ×

 知久、栄太、テーブルを挟んで、向かい合ってソファーに座っている。
 栄太の髪や服装は整った状態になっている。
 テーブルの上にはコーヒーカップが二つ。
栄太「トミー、一つだけ確認したいことがあるのですが大丈夫ですか?」
知久「…内容による」
栄太「それはそうですね。話せる範囲で構いませんからね。無理はなされないように。でも理由は確認したいと思いまして」
 知久、黙り込む。
栄太「質問が悪かったですね。私が知っておきたいのは、差し迫った事情があるかどうかなんです。例えば金銭的なトラブルを抱えていて、死ぬしかない状況に追い込まれているとか。それとも希死念慮か。それによってこれからやるべきことが変わりますので」
 少し間を置いて、
知久「…希死念慮ということになるな」
栄太「それさえわかればOKです。そんな気はしていたんですけど、相続排除の話が出ていたので…」
知久「親と縁を切れるところまでは切りたかったから…」
 栄太、知久の言葉が続くかどうか待つ。
知久「ごめん、今はちょっと…」
栄太「わかりました。また話したくなったら話してください。話そうとするとしんどくなる?」
 知久、頷く。
知久「どうしても言葉が出んようになってもうて…」
栄太「そうですか…」
 栄太、少し考え込んでから、
栄太「専門家の助けが必要なように見えますがどうでしょう? 医師とかカウンセラーとか」
知久「そういう話になるよな…」
栄太「もちろん私もできる限りのことはします。突き放すという意味ではありません。ただどうしても私では手の届かないところがあるような気がして」
知久「俺、何か病気なんかな…」
栄太「それを判断するのは医師です。今までメンタルクリニックにかかったことはありますか?」
知久「ない」
栄太「気軽に行けばいいんですよ。生きていれば病院が必要になることもあります。当然のことです」
知久「めっちゃ軽く言うてくれるけどな… 医者に行ったところで、ちゃんと話できる気ぃせぇへん」
栄太「向こうだって慣れていると思いますけどね、そういう人。でも自分のペースで少しずつ進めばいいですからね」
 栄太が話している間、チューイが知久の方へやって来る。
 チューイ、知久の脚に顔をすり寄せる。
知久「そやな。(足元に視線をやって)チューイ、何や、心配してくれてるん?」
 チューイ、鳴く。
栄太「猫ちゃんにはわかるんですかね、ご主人の心の変化」
知久「(笑って)どうやろ、猫やからな。ただ腹が減ってるだけ…(何かを思い出した様子で)腹が減ってるんや。餌をやるの忘れてる」
 知久、立ち上がり、キッチンの方へ向かう。キッチンはペニンシュラタイプ。
 チューイ、知久について行く。
 知久、戸棚から餌を取り出しながら、
知久「ごめん。大事な話してたところやのに」
栄太「(笑って)お構いなく。猫ちゃんを優先してあげて」
 知久、ワークトップに餌皿を置いて、餌の用意をする。
 チューイ、頻りに鳴いている。
知久「(チューイに視線をやって)もう待たれへんよな」
 知久、その場にしゃがみ、チューイの前に餌皿を置く。
 チューイ、餌を食べる。
栄太「トミー、我々も食事にしませんか?」
 知久、立ち上がる。
知久「唐突やな」
栄太「急にお腹が空いてきまして。きっと気が緩んだんですね」
知久「やっぱり気ぃ張り詰めてたんや…」
栄太「(笑って)それはそうでしょうよ。これだけ頑張ったんです。今晩から大丈夫そうなら一人にしますけど、私に足を向けて寝てはいけませんよ」
知久「(笑って)めっちゃ恩を売ってくるやん。わかった、これから気ぃ付ける」
栄太「そうしてください。トミー、食欲は?」
知久「(考えるような様子で)どうやろ…」
栄太「では飲み物かスイーツだけでも。食べに行きましょう。私が奢ります」
知久「今日は俺が…」
 言葉を遮って、
栄太「次はトミーが奢って。(微笑んで)これで小さな約束ができましたね」
知久「…そういうことな。ゴチになるわ」
栄太「遠慮なさらず」



知久と同じ状況の方へ、この作品が貴方にとっての栄太であることを願っています。
もし身近に栄太のような人がいなかったとしても、希死念慮を相談できる場所があります。

まもろうよ こころ|厚生労働省
自殺と向き合う | NHK
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