嫌いだとでも思ったか

 どうか戦争屋らしく華やかな最後を、なんて。
 打ち上げ花火よろしく潔く消えゆく君に、そんな願いは消し飛んだ。

 死なばもろともという言葉が嫌に似合う。竜蛇とはそういった存在なのかもしれない。
 広い戦場で、己ごと地上を焼き尽くすケツァルコアトルに、ある種の美しさと悲しさを見た。
 呆然と突っ立っているテスカトリポカは、敵に囲まれたというのにケツァルコアトルの最後ばかりを見ていて、バロールが援護をして叱責してやっと「ああ、そうか、戦争の途中だった」と意識を覚醒させるほどだった。
 ウォーモンガーズの助っ人として活動しているケツァルコアトルは、迷わず自分自身を焼く苛烈な戦いぶりで、知らず知らずのうちにテスカトリポカを憔悴させていたのだった。

「一、二、三、四、五……」
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
 馬乗りになっているのはテスカトリポカ。なられているのはケツァルコアトル。
 テスカトリポカはうつ伏せで床に転がるケツァルコアトルの頭を、拳でガンガン叩いている。身動きが取れない竜蛇が尻尾でテスカトリポカを叩き返しているが、テスカトリポカはそれに構わず、六、七、八、九、十、と数えながら叩いていた。
「何度、己を焼き払えば気が済むのだね、ケツァルコアトル? これで十回目だぞう、君ィ」
「だからって十回殴ることはあるまいよ!」
「君の散り様は綺麗だった、美しかった、それはもう、地上で炸裂する大花火が如くだよ」
「大事故だよそれは」
 握り拳を緩めることなく苦言を呈する最前線指揮官は、ケツァルコアトルの耳元に口を寄せ、落ちたテンションのままに低く小さく呟いた。
「私の前から何度消え失せるつもりだね?」

「お前が生贄になった数だけ」

 あっかんべえ、と反抗的な態度を崩さないケツァルコアトルである。ムッとしたテスカトリポカが十一回目の猫パンチをケツァルコアトルに食らわせた。
 共闘するのは楽しい。ケツァルコアトルは自由に駆け回り、奇想天外な策を思いつく。見ていて飽きないし、力を貸すともっと面白い。それは分かる。
 しかし。
 しかしだ。
 彼は手持ちの策が尽きてくると、じゃあ一旦この場を焦土と化してバランスでも取るか、というように、自分自身も巻き込んで地上を離断するのである。
 それは気に食わないテスカトリポカだった。目の前で愛すべき片割れが焼き消えるのだ。見せつけられる方は、たまったものじゃない。 
 テスカトリポカはケツァルコアトルから下りて、つまらなそうな表情で半身を眺めた。ようやく起き上がれた竜蛇が、不機嫌そうに胡座をかいてテスカトリポカを睨む。
 そのまま無言で見つめ合い。
 ガゴッ!
 とお互いにパンチを繰り出し、拳同士をぶつけ合った。
「テスカだって、何度も何度も何度も何度も、俺の目の前で生贄になって散っていったじゃないかね。それと何が違う? 残される方はたまったものじゃないのも含めて、完全再現というやつだよ、君!」
 どうだ、分かったか、参ったか、とケツァルコアトルは言う。こんなところでエルドラドの喧嘩の続きをしなくてもいいだろうに、竜蛇はジャガーの勝手ぶりを責めた。
 責められたジャガーはというと、無言でケツァルコアトルを抱きしめていた。獣人の筋力で抱きしめているので窮屈で苦しいのだが、ケツァルは黙ってそれを受け入れる。
 テスカトリポカの出方を待っている。
「ならば笑い給えよ」
 テスカトリポカは、不貞腐れたように返した。
 笑い給え?
 キョトンとしたケツァルコアトルと、テスカトリポカが目を合わせる。眉間にしわを寄せたエルドラドの世界代行者が、もう一度「笑い給えよ」と言った。

「私は、表情が曇っていく君に笑いかけただろう。君が笑えるように気を回しただろう。君は結局笑わなかったが、私はあの時たしかに笑いかけたとも」

 それは……そうだ。テスカトリポカは生贄になってから、いつも以上に笑うようになった。
 鏡合わせの存在であるケツァルコアトルに笑っていてほしかったから……とも取れる行動だ。
 空回りに終わったが、それでもテスカトリポカは笑っていた。
 今の、ケツァルコアトルとは違って。

「笑えるわけないだろう! 意趣返しするたびにあの頃の……生贄になっていくお前を思い出すんだから、笑えるわけがない!」

 ケツァルコアトルの眉間にもしわが寄っている。テスカトリポカをきつく睨みつけて放つ言葉に、ああ、そうだとも! と強く肯定を返し、彼は再び吠えた。
「笑ってほしいわけじゃない! 泣け! 俺の自己犠牲に泣いてくれ! あの時、俺がテスカの自己犠牲に泣いたように! それでやっと鏡合わせだろうが!」
 ギリギリと睨み合う二人の頭上に、影が落ちた。
 影どころか
 拳骨が落ちた。
「貴様らうるせぇぞ、喧嘩ならいつも通り外でやりやがれ。この悪餓鬼共」
 悪餓鬼などと、随分と年下の老人に言われて腹が立たない二人ではない。勢いよく、バネのように立ち上がったケツァルコアトルとテスカトリポカは、何だね何だね! とバロールに苦情を申し立てていた。
「私たちのどこが餓鬼だと言うのだね、同盟者! いくら君でもそのような罵倒は許容の範囲外だぞう!」
「そうだ! 俺たちより随分と若いくせに何を年寄りぶっているんだね! 子供に子供扱いされるほど落ちぶれてはいないぞう!」
「あーあー、うるせぇうるせぇ! 惚気なら外出てやれって言ってんだ! 貴様らのせいで空気が不味まじぃ!」

 ポイッとバロールに放り捨てられ、学園軍獄のグラウンドに二人、ムスッとした表情で座っている間抜けな光景。
 君のせいで同盟者が不機嫌になったよ、とテスカトリポカが言えば、知ったことか、責任者はお前だろう、とケツァルコアトルが返す。
 むむむ、と睨み合い、そして。

 二人同時にため息をついた。

「……策が尽きたなら、私が補充する」
「うん?」
「私とて最前線指揮官だ。君が思いつかなかった策の一つや二つは持っているし、即席で考えることも出来るよ。だから、君の特攻はもう終わりにしてくれまいか」
「……テスカが生贄になって消えたことを、それで精算できると思っているのかね?」
「思ってはいないよ。いないけど……君の権能は私にのみ向いていてほしいのだよ。焼き尽くす対象を間違えないでくれ給え」
 焼くなら私を焼いてくれ。
 とんだ独占欲もあったものだ。
 ケツァルコアトルは……小さく笑った。
 テスカトリポカの愚痴のような求愛に笑った。

「何をやってるんだかな、俺たちは」
「本当にそう」
「ふはははは!」
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