愛咬
先程からチクチクと甘く噛まれる指先が、柔い刺激を伝えてくる。
ケツァルコアトルの手はテスカトリポカに握られており、その握られた手の先を、甘噛みされているのだった。
「なんの真似だね、きょうだい」
眉をひそめて訊ねるケツァルコアトルに、テスカトリポカは肩をすくめた。
「なに、愛情表現だとでも思ってくれ給えよ」
「愛情表現ねえ……」
構わずケツァルコアトルの指先を甘く噛むテスカトリポカだ。ケツァルコアトルは自身の端末を取り出し、片手で文字を入力。検索し始めた。
「猫 甘噛み 理由」
その画面を見たテスカトリポカが、やや嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「猫ではないのだが? きょうだい?」
「似たようなものじゃないか。大きい猫だよ」
情報は二秒と待たずに出てきた。
あなたの飼い猫が甘噛みをする理由をお教えしましょう、と、自信満々に書かれたコラムを眺めて、竜蛇は笑う。
飼った覚えも、自分が主人になった覚えもない。
甘噛みの理由一覧、というところに行き着いたケツァルコアトルは、それに目を通した。
「ふうん」
「何だね、ふうんって。私にも見せ給えよ」
「ほら、これ。可愛いお宅の飼い猫が甘噛みする理由七選、だって」
可愛いお宅の飼い猫。
その表現に、ジャガーの目が思いきり据わる。舐めているのかね、と羽毛ある蛇に問いかけると、蛇は笑った。
「理由その一、甘えたい」
ケツァルコアトルが読み上げる。
これはベタだろう。想像もしやすい。テスカトリポカの「愛情表現」という言葉とも整合性がある。大の男が甘えたがっているのは正直面白いが。
「その二、狩猟本能が刺激された」
これは……とテスカトリポカの目を覗き込む。別に狩るものの目はしていなかった。ならば却下だろう。狩られても迷惑だ。
その三、歯がムズムズする。子供か。
その四、これ以上撫でられたくない。そもそも撫でていない。
その五、ストレス。俺で発散するな。
読み上げてはツッコミを入れていくケツァルコアトルに、テスカトリポカは小さく笑っていた。
自ら真意を教えるつもりはないらしい。
「その六、病気や怪我をしている……これも、ないな。君はそういう時、一人で部屋にこもって我慢する癖があるから」
「子供の頃の癖じゃないかね、それ。よく覚えていたものだよ、ケツァル」
「そりゃあ、具合が悪いところを意地でも見せないきょうだいを、死ぬほど心配してきた側は覚えているというものだろ、君」
ちなみにケツァルは怪我をしてもケロッとしていたので、逆に心配されていた。
「その七……あっ」
ケツァルコアトルが最後の項目に目を通す。
そして黙った。
書かれている内容を頭の中で繰り返し、視線だけをテスカトリポカに向ける。
「……発情期……」
絞り出した声は、かすれていた。
「なぜ発情期と決めつけて、うわあ、みたいな顔をしているのだよ、君ィ」
「ええと、発情期のオスがメス猫の首をくわえて動きを止めようとする行動を、グリップといいます。猫の習性です……だって」
テスカトリポカからの苦情は無視して読み上げれば、無視された側はニヤリと口角を上げて、視線をそらすではないか。
あ、この野郎、図星だな。
ケツァルコアトルが引きつった顔で睨んだ。
「勝手に発情していると決めつけて、勝手に自分がその対象にされていると思い込んでいる君の顔が面白いだけだが?」
やれやれ、お盛んな竜蛇だ。
そう言って笑う世界代行者の髪を一房掴んで引っ張れば、世界代行者は抵抗なくケツァルコアトルに顔を近づける。
「じゃあ、違うのか?」
ケツァルコアトルのドスが利いた問いに
「さてね」
テスカトリポカはやはり真意を示さなかった。
テスカトリポカが、ケツァルコアトルの手を取る。そして、ゆるく、甘く噛む。
何を目的に噛んでいるのか。
その解釈はケツァルコアトルの自由にさせながら、テスカトリポカは構わず噛んでいた。
余裕な様子を見せつけられて、腹が立ってきた。ケツァルコアトルは、ぐい、とテスカトリポカの顔を押しのける。
「今度はこっちがやり返す番だからな」
そう宣言した竜蛇は
ジャガーの喉元に、力を込めずに歯を立てた。
「……これは……ケツァルコアトル。君も発情していると取っていいのかね?」
挑戦的な視線を向けてくる、エルドラドの世界代行者。追放者であるケツァルコアトルは、余裕そうに口の端を持ち上げると、言い返した。
「君の真意と鏡写しだというなら、そうなるな」
テスカトリポカは黙り込んだ。
自白したようなものだからだ。
なかなか策士であるきょうだいに、目を丸くしたあとで、ため息をつく。
「分かった」
少しだけ悔しそうにそう言う黒い太陽は、まっすぐな視線をケツァルコアトルに向けて、静かに告げたのだった。
「ならば改めて、今夜のお誘いといかせてはくれまいかね、ケツァルコアトルよ」
「……ああ、いいよ」
テスカトリポカが、ケツァルコアトルの頬に甘噛みを一つ。
仕方ない猫だね、君は、と、竜蛇が笑った。
ケツァルコアトルの手はテスカトリポカに握られており、その握られた手の先を、甘噛みされているのだった。
「なんの真似だね、きょうだい」
眉をひそめて訊ねるケツァルコアトルに、テスカトリポカは肩をすくめた。
「なに、愛情表現だとでも思ってくれ給えよ」
「愛情表現ねえ……」
構わずケツァルコアトルの指先を甘く噛むテスカトリポカだ。ケツァルコアトルは自身の端末を取り出し、片手で文字を入力。検索し始めた。
「猫 甘噛み 理由」
その画面を見たテスカトリポカが、やや嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「猫ではないのだが? きょうだい?」
「似たようなものじゃないか。大きい猫だよ」
情報は二秒と待たずに出てきた。
あなたの飼い猫が甘噛みをする理由をお教えしましょう、と、自信満々に書かれたコラムを眺めて、竜蛇は笑う。
飼った覚えも、自分が主人になった覚えもない。
甘噛みの理由一覧、というところに行き着いたケツァルコアトルは、それに目を通した。
「ふうん」
「何だね、ふうんって。私にも見せ給えよ」
「ほら、これ。可愛いお宅の飼い猫が甘噛みする理由七選、だって」
可愛いお宅の飼い猫。
その表現に、ジャガーの目が思いきり据わる。舐めているのかね、と羽毛ある蛇に問いかけると、蛇は笑った。
「理由その一、甘えたい」
ケツァルコアトルが読み上げる。
これはベタだろう。想像もしやすい。テスカトリポカの「愛情表現」という言葉とも整合性がある。大の男が甘えたがっているのは正直面白いが。
「その二、狩猟本能が刺激された」
これは……とテスカトリポカの目を覗き込む。別に狩るものの目はしていなかった。ならば却下だろう。狩られても迷惑だ。
その三、歯がムズムズする。子供か。
その四、これ以上撫でられたくない。そもそも撫でていない。
その五、ストレス。俺で発散するな。
読み上げてはツッコミを入れていくケツァルコアトルに、テスカトリポカは小さく笑っていた。
自ら真意を教えるつもりはないらしい。
「その六、病気や怪我をしている……これも、ないな。君はそういう時、一人で部屋にこもって我慢する癖があるから」
「子供の頃の癖じゃないかね、それ。よく覚えていたものだよ、ケツァル」
「そりゃあ、具合が悪いところを意地でも見せないきょうだいを、死ぬほど心配してきた側は覚えているというものだろ、君」
ちなみにケツァルは怪我をしてもケロッとしていたので、逆に心配されていた。
「その七……あっ」
ケツァルコアトルが最後の項目に目を通す。
そして黙った。
書かれている内容を頭の中で繰り返し、視線だけをテスカトリポカに向ける。
「……発情期……」
絞り出した声は、かすれていた。
「なぜ発情期と決めつけて、うわあ、みたいな顔をしているのだよ、君ィ」
「ええと、発情期のオスがメス猫の首をくわえて動きを止めようとする行動を、グリップといいます。猫の習性です……だって」
テスカトリポカからの苦情は無視して読み上げれば、無視された側はニヤリと口角を上げて、視線をそらすではないか。
あ、この野郎、図星だな。
ケツァルコアトルが引きつった顔で睨んだ。
「勝手に発情していると決めつけて、勝手に自分がその対象にされていると思い込んでいる君の顔が面白いだけだが?」
やれやれ、お盛んな竜蛇だ。
そう言って笑う世界代行者の髪を一房掴んで引っ張れば、世界代行者は抵抗なくケツァルコアトルに顔を近づける。
「じゃあ、違うのか?」
ケツァルコアトルのドスが利いた問いに
「さてね」
テスカトリポカはやはり真意を示さなかった。
テスカトリポカが、ケツァルコアトルの手を取る。そして、ゆるく、甘く噛む。
何を目的に噛んでいるのか。
その解釈はケツァルコアトルの自由にさせながら、テスカトリポカは構わず噛んでいた。
余裕な様子を見せつけられて、腹が立ってきた。ケツァルコアトルは、ぐい、とテスカトリポカの顔を押しのける。
「今度はこっちがやり返す番だからな」
そう宣言した竜蛇は
ジャガーの喉元に、力を込めずに歯を立てた。
「……これは……ケツァルコアトル。君も発情していると取っていいのかね?」
挑戦的な視線を向けてくる、エルドラドの世界代行者。追放者であるケツァルコアトルは、余裕そうに口の端を持ち上げると、言い返した。
「君の真意と鏡写しだというなら、そうなるな」
テスカトリポカは黙り込んだ。
自白したようなものだからだ。
なかなか策士であるきょうだいに、目を丸くしたあとで、ため息をつく。
「分かった」
少しだけ悔しそうにそう言う黒い太陽は、まっすぐな視線をケツァルコアトルに向けて、静かに告げたのだった。
「ならば改めて、今夜のお誘いといかせてはくれまいかね、ケツァルコアトルよ」
「……ああ、いいよ」
テスカトリポカが、ケツァルコアトルの頬に甘噛みを一つ。
仕方ない猫だね、君は、と、竜蛇が笑った。
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