我が小さなきょうだいよ

【自分でやりたい怪獣よ】

「いやぁ! いやぁ!」
 幼いサモナーが泣き声をあげている。小さな足でたしたしと床を踏みしめて、目の前の世界代行者……テスカトリポカが持っているバナナを指差していた。おやつの時間だからと、テスカトリポカが剥いてやったバナナだった。
「じぶんでむきむきしたかったのぉ!」
 絶望を表すかのようにうずくまる。
 そのまま床をペチペチ叩きながら泣く。
 うああん、という幼子の泣き声が部屋に響く。
 テスカトリポカは……遠い目だった。
 ここ数日、小さなサモナーの癇癪は、留まるところを知らなかったのだ。

 バナナを一人で剥きたかった。
 自分で服を選んでお着替えしたかった。
 お遊びの時間なら、何の遊びをするか自分で決めて、自分でお片付けの時間も決めたかった。
 ギャンギャンと泣きながら訴えてくるサモナーに、テスカトリポカは耳をペタリと倒して「すまなかった」「ごめんね」と謝るしかできない。
「しゃもがぁ! しゃもがぁ!」
 そう言って、自分でやりたい、と主張してやまない小さなサモナーだ。不可能なんてないと思っているような、強気な姿勢である。少し愛らしい。
「きょうだい、気を取り直しておやつにしようじゃないかね? ね?」
 なだめるように言うテスカトリポカ。
 わあわあと泣いていた幼子は、テスカトリポカの口から発せられた「おやつ」の三文字に、少しだけ泣き声を小さくした。
「ホットケーキ焼いて食べよう?」
 大きな手で恐る恐るサモナーの頭を撫でるテスカトリポカに、小さなその子は小さく頷く。
 エルドラドの世界代行者は急いで材料を用意した。驚くほどのスピードでホットプレートをテーブルに設置。そして、サモナーに問いかける。

「ホットケーキ、ひっくり返すかね?」

 パアッとサモナーの表情が明るくなった。
「しゃもが! しゃもがやるぅ!」

 液体状の生地を垂らす役は、テスカトリポカである。サモナーが生地を生のまま食べてしまわないよう注意しつつ、低温を保ったホットプレートに注ぎ込んでいく。
 その状態でしばらく待った。
 生地がふつふつと泡立ってくる。片面は焼けたものと思われた。小さなサモナーは、フライ返しを構えて、今か今かと出番を待っている。
「いいよ、きょうだい!」
 テスカトリポカの合図に、
「たあー!」
 サモナーが生地の下にフライ返しを潜り込ませた。サモナーがひっくり返せる程度の大きさであるそれを、ぺったん、と裏返す。成功だ。
「上手にできたじゃないかね! 流石は我がきょうだいだよ!」
「いひい」
 テスカトリポカに褒められ、気分上々といったところなサモナーである。幼いその子は得意げだ。
「もっかいやるぅ!」
「ホットケーキ二枚も食べられるのかね?」
「てしゅかにあげる」
 どうやらひっくり返すことがクセになってしまった模様。楽しくて楽しくてたまらない、といった様子で次の生地を待っていた。
 これは……何枚ものミニホットケーキを焼いて、ほとんどを自分が食べることになるな……。
 と、テスカトリポカが、覚悟を決めた。
「……好きなだけひっくり返すがいいよ!」
「やったー!」
 ぺったーん、ぱったーん、と、小さなホットケーキが裏返る音が、しばらく響いていた。
 こげてるぅ、というサモナーの不満そうな声や、へんなかたちになったぁ、てしゅか、あげる、という提案の声も響き、テスカトリポカの皿に何枚ものホットケーキが重なっていきもした。
 ぺったーん、ぱったーん。
 サモナーが満足するまで延々と焼いて
「しゃも、にこ、たびるぅ」
「……残った八枚、全て私が食べるのかね」
「うん」
 無邪気で無慈悲なサモナーのお言葉により、テスカトリポカの満腹が、今ここに定められた。

 おやつを頬張り、昼寝をするサモナーにブランケットをかけ、テスカトリポカはキッチンで洗い物をしていた。
 嫌だ、自分もお皿を洗う、と主張される前に洗い終えてしまおう、とスポンジを擦り付けていく。
 自分でやりたい、自分でやりたい、と主張する小さな命の、なんと可愛らしいことか。
 パワフルな怪獣に思えることもあるが、それでもサモナーの要望は叶えてやりたかった。
 洗い物を終えて、エプロンで手を拭きながらサモナーの様子を見に来たテスカトリポカ。彼は、万歳のポーズで眠る幼いきょうだいを見つけた。
 そして、笑んだ。
「危なくないことは自分でさせてみようかね」
 そう呟くジャガー獣人に
「しゃもがぁ……」
 サモナーが寝言で返事をするので

「上手だったぞう、我がきょうだい」

 得意げにするテスカトリポカが、疲れと誇らしさが混ざりあった笑顔で、小さなきょうだいの頬を撫でるのだった。
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