我が小さなきょうだいよ
【トータルコーデの幼さよ】
「いーやぁ!」
小さなサモナーの地団駄が、部屋に響いた。
朝食を終えて、食べかすで汚れたパジャマを脱がせようとした時のことだった。
七色の水玉模様のパジャマを着て、幼いサモナーが駄々をこねる。どれだけ宥めすかしても、サモナーのご機嫌は治らない。
「ね、きょうだい、ね? ほら、お散歩に行く前にお着替えをしてほしくてだね?」
「いーやぁ! ぱじゃじゃでおしょといくの!」
そのやり取りを、かれこれ三十分ほど……。小さな怪獣の叫び声が満ちた部屋の中、世界代行者が一人、どうしたものかと頭を悩ませる。
「ぱじゃじゃ!」
お気に入りなのは分かる。
毎日大切に着ているのも分かる。
分かるのだが、三寒四温で気温が乱高下するこの時期に、パジャマで外に出るのは厳しい行為といえた。幼いサモナーが風邪を引きかねない。
「じゃあ、別のパジャマで外に出んかね?」
そう言って長袖で厚手のパジャマを取り出すテスカトリポカに、サモナーは、いや! と首を横に振った。その服装は、今の気分ではないらしい。
「おきがえしない!」
強固な意志が、テスカトリポカの提案を阻む。
しかしテスカトリポカも黙って言うことを聞くばかりではない。こうなったら、とサモナーに向かい合い、口を開いた。
「なら! 君の好きな服を着ていいよ! そのパジャマ以外なら、どんなお服を着てもいいから!」
どんなお服でも。
その一言が、サモナーの心に火をつけた。
「ちりんしゃんのおふくがいい!」
ただいま絶賛乾燥中の洗濯物を指差し、そう主張したのである。
「すまない! 前言撤回! お洗濯してない服から選んでくれまいか……!」
「いやぁーっ!!」
自らの提案を却下されたサモナーの、渾身の癇癪がテスカトリポカの耳をつんざいた。
サモナーは怒りのあまり暴れ倒し、テスカトリポカに靴下を投げつけ、キイキイ怒ったあと、怒り疲れて二十分ほど眠った。
その間、ずっとパジャマ姿だった。
眠っている間に着替えさせてしまえばいいと、テスカトリポカも分かっていた。
そうした方が早いし、都合が良いということも。
しかし、テスカトリポカはそうしなかった。何故なら、彼がきょうだいと対等な立場にいるからである。きょうだいと呼ぶ相手……サモナーが嫌がることを強制的に行うのは、あまり気乗りしなかったからだ。
サモナーがバチリと目を覚ますまで、テスカトリポカは部屋の掃除を軽く済ませたり、朝食で使った食器を洗ったりして時間を潰した。
「んぇう」
むずがるような声を出して、サモナーが起き上がる。もう機嫌は直っているらしく、てしゅか、と彼の名を呼んでいた。
「おはようだ、きょうだい」
「はよぉ」
時刻は昼前を指している。十三時を過ぎたら業務に戻らなければならないテスカトリポカは、着替えだけでも済ませてやりたいと、サモナーの小さな頭を撫でながら問いかける。
「お着替えするかね?」
機嫌がすっかり直ったサモナーが、返した。
「じぶんで、おふくきる」
サモナー自らコーディネートして着る。
その宣言に、本日の業務を十四時からに延期することを心に決めたテスカトリポカである。
「こりぇと、こりぇと、こりぇ!」
サモナーがタンスから引っ張り出してきたのは、大振りなハートが至る所にプリントされたトレーナーと、バナナのイラストが散りばめられたズボン、そして赤い車が目立つ派手な靴下だった。
柄物に柄物を合わせ、柄物を足す大胆さ。
おまけに帽子は苺を模した赤いニット帽子で、頭頂部にヘタらしき緑色の飾りがついている。
サモナーが迷子になったら一発で見つかるだろう。それほどまでに主張が激しい全身コーデだ。ちょっと引き算したくなるテスカトリポカだったが、それを幼いサモナーが許すはずもない。
「きょうだい」
「これでおしゃんぽいく」
「……はい」
流石のエルドラドでもそこまで柄物は合わせないよ、とは、言えなかった。
サモナーにエルドラドの記憶がないから、というのもあるが、その前に。
言ったところで聞いてくれないからだ。
子供相手に大人の都合を押し付けるのもどうだ。
そう思ったテスカトリポカは、諦めた。
諦めて、サモナーと散歩に出ることにした。
散歩の際に身につける、子供用のハーネスの端を自身のベルトにくくりつけ、ハーネスが繋がっているテントウムシのリュックサックをサモナーに背負わせ、練馬の街をゆっくり歩く。
道行く人々はサモナーの派手なファッションを見て、あら、だとか、おや、などと、微笑ましいものを見る表情で通り過ぎていく。
幼子自ら選んだトータルコーデだと察してくれているのだろう。……何も言われず、温かい目で見られることに、テスカトリポカは安心半分、非常にビミョーな気分半分であった。
「てしゅか、あっこぉ」
歩き疲れた幼子が、万歳ポーズで立ち尽くす。
「はあい、おいで、きょうだい」
抱き上げると、サモナーが進みたい方向へ指を指す。あっち、あっち、と言うので、テスカトリポカは大人しくそれに従った。
テスカトリポカはテスカトリポカで、サモナーからの指示により、パイナップルの柄のTシャツを着ているので、ご機嫌な服装の大人と子供が練馬を歩いているようにしか見えない。
その事実がなんだか、少し切ないエルドラドの世界代行者だったりする。
「帰ったら着替えようね、きょうだい……」
「いや!」
「いーやぁ!」
小さなサモナーの地団駄が、部屋に響いた。
朝食を終えて、食べかすで汚れたパジャマを脱がせようとした時のことだった。
七色の水玉模様のパジャマを着て、幼いサモナーが駄々をこねる。どれだけ宥めすかしても、サモナーのご機嫌は治らない。
「ね、きょうだい、ね? ほら、お散歩に行く前にお着替えをしてほしくてだね?」
「いーやぁ! ぱじゃじゃでおしょといくの!」
そのやり取りを、かれこれ三十分ほど……。小さな怪獣の叫び声が満ちた部屋の中、世界代行者が一人、どうしたものかと頭を悩ませる。
「ぱじゃじゃ!」
お気に入りなのは分かる。
毎日大切に着ているのも分かる。
分かるのだが、三寒四温で気温が乱高下するこの時期に、パジャマで外に出るのは厳しい行為といえた。幼いサモナーが風邪を引きかねない。
「じゃあ、別のパジャマで外に出んかね?」
そう言って長袖で厚手のパジャマを取り出すテスカトリポカに、サモナーは、いや! と首を横に振った。その服装は、今の気分ではないらしい。
「おきがえしない!」
強固な意志が、テスカトリポカの提案を阻む。
しかしテスカトリポカも黙って言うことを聞くばかりではない。こうなったら、とサモナーに向かい合い、口を開いた。
「なら! 君の好きな服を着ていいよ! そのパジャマ以外なら、どんなお服を着てもいいから!」
どんなお服でも。
その一言が、サモナーの心に火をつけた。
「ちりんしゃんのおふくがいい!」
ただいま絶賛乾燥中の洗濯物を指差し、そう主張したのである。
「すまない! 前言撤回! お洗濯してない服から選んでくれまいか……!」
「いやぁーっ!!」
自らの提案を却下されたサモナーの、渾身の癇癪がテスカトリポカの耳をつんざいた。
サモナーは怒りのあまり暴れ倒し、テスカトリポカに靴下を投げつけ、キイキイ怒ったあと、怒り疲れて二十分ほど眠った。
その間、ずっとパジャマ姿だった。
眠っている間に着替えさせてしまえばいいと、テスカトリポカも分かっていた。
そうした方が早いし、都合が良いということも。
しかし、テスカトリポカはそうしなかった。何故なら、彼がきょうだいと対等な立場にいるからである。きょうだいと呼ぶ相手……サモナーが嫌がることを強制的に行うのは、あまり気乗りしなかったからだ。
サモナーがバチリと目を覚ますまで、テスカトリポカは部屋の掃除を軽く済ませたり、朝食で使った食器を洗ったりして時間を潰した。
「んぇう」
むずがるような声を出して、サモナーが起き上がる。もう機嫌は直っているらしく、てしゅか、と彼の名を呼んでいた。
「おはようだ、きょうだい」
「はよぉ」
時刻は昼前を指している。十三時を過ぎたら業務に戻らなければならないテスカトリポカは、着替えだけでも済ませてやりたいと、サモナーの小さな頭を撫でながら問いかける。
「お着替えするかね?」
機嫌がすっかり直ったサモナーが、返した。
「じぶんで、おふくきる」
サモナー自らコーディネートして着る。
その宣言に、本日の業務を十四時からに延期することを心に決めたテスカトリポカである。
「こりぇと、こりぇと、こりぇ!」
サモナーがタンスから引っ張り出してきたのは、大振りなハートが至る所にプリントされたトレーナーと、バナナのイラストが散りばめられたズボン、そして赤い車が目立つ派手な靴下だった。
柄物に柄物を合わせ、柄物を足す大胆さ。
おまけに帽子は苺を模した赤いニット帽子で、頭頂部にヘタらしき緑色の飾りがついている。
サモナーが迷子になったら一発で見つかるだろう。それほどまでに主張が激しい全身コーデだ。ちょっと引き算したくなるテスカトリポカだったが、それを幼いサモナーが許すはずもない。
「きょうだい」
「これでおしゃんぽいく」
「……はい」
流石のエルドラドでもそこまで柄物は合わせないよ、とは、言えなかった。
サモナーにエルドラドの記憶がないから、というのもあるが、その前に。
言ったところで聞いてくれないからだ。
子供相手に大人の都合を押し付けるのもどうだ。
そう思ったテスカトリポカは、諦めた。
諦めて、サモナーと散歩に出ることにした。
散歩の際に身につける、子供用のハーネスの端を自身のベルトにくくりつけ、ハーネスが繋がっているテントウムシのリュックサックをサモナーに背負わせ、練馬の街をゆっくり歩く。
道行く人々はサモナーの派手なファッションを見て、あら、だとか、おや、などと、微笑ましいものを見る表情で通り過ぎていく。
幼子自ら選んだトータルコーデだと察してくれているのだろう。……何も言われず、温かい目で見られることに、テスカトリポカは安心半分、非常にビミョーな気分半分であった。
「てしゅか、あっこぉ」
歩き疲れた幼子が、万歳ポーズで立ち尽くす。
「はあい、おいで、きょうだい」
抱き上げると、サモナーが進みたい方向へ指を指す。あっち、あっち、と言うので、テスカトリポカは大人しくそれに従った。
テスカトリポカはテスカトリポカで、サモナーからの指示により、パイナップルの柄のTシャツを着ているので、ご機嫌な服装の大人と子供が練馬を歩いているようにしか見えない。
その事実がなんだか、少し切ないエルドラドの世界代行者だったりする。
「帰ったら着替えようね、きょうだい……」
「いや!」
