我が小さなきょうだいよ
【小さな小さなお食事よ】
生物は食べさせるべきではない。食べなければいけないものでもないのだから、二歳児や三歳児にはまだ食べさせなくて良い。
生卵や魚の刺身など。
噛み切れないもの、喉に滑り込む恐れのあるものも食べさせるのはやめておいた方が良い。
団子やこんにゃくなど。
大人用に味付けされたものは、二歳児にはまだ味が濃い。食べさせるのならごく少量を。
たらこ、ちくわ、かまぼこ、ソーセージ、缶詰、インスタント食品など。
刺激物も摂取させない方が良い。これらの刺激物は、幼児期を越えて学童期に入ってもなお注意が必要である。
キムチ、大人用のカレー、わさび、カラシ、コーヒー、紅茶、炭酸飲料など。
……タブーが多い。
幼児食についての記述があるサイトを調べていたテスカトリポカは、思いの外食べさせない方が良いものばかりであったことに、息を詰まらせた。
昼食時のことだった。
キッチンで調べ物をしているテスカトリポカの足元に、小さなサモナーが寄ってくる。
危ないからリビングにいようね、と言っても、いやぁ! と言って聞かないので、どうしたものかと頭を悩ませた。
誰かに預けるべきか考えたが、サモナーは絶賛人見知り中である。泣かれるのも心苦しい。
しかし、サモナーの食事を作ってやれないのも困る。おんぶ紐で背負うか、と考えて、固まった。おんぶ紐の説明書……どこにやったっけ。
キッチンを出て、確かここらへんに、と書類の束を持ち上げて探すテスカトリポカ。
それを真似したのか何なのか、あれー? ここだなぁ? と言いながら、サモナーはティッシュを引き抜いて放り投げていた。
「きょうだい……やめて……それ、やめよう」
「いやぁ」
ティッシュが宙を舞う。
ようやく見つけた説明書を読みながら、サモナーをおんぶ紐にセットして、カチリ、とベルトを締めていく。背中に背負う形になったので、テスカトリポカの長い髪がサモナーに当たらないよう、高い位置でポニーテールにすることも忘れない。
「おりりゅ」
「下りないで下りないで、頼むから」
サモナーからは、やや不評だった。
野菜は細かく切り、柔らかくなるまで茹でるべし。味噌は少なめに。小さじ一程度を、風味付けに使うこと。
柔らかめに炊いた米を百グラム以下与えること。幼児の食事量は、大人の半分から三分の一程度が目安である。
そんなことを書いてあるサイトを指南書にして、テスカトリポカは慣れない幼児食を作り始めた。
そこまで細かくなくていいというのに人参とじゃがいもを微塵切りにしたり、柔らかめに米を炊いたらお粥になったりと、やり過ぎだったが。
悪戦苦闘した後、完成。
テスカトリポカは食器棚を漁る。
目当てのものはすぐに見つかった。
幼児の世話をするなら服だけじゃなく食器も椅子も必要でしょうよ、と、学園軍獄の軍医であるシンノウに与えられた小さなプラスチックの器だ。
それに恐る恐る盛り付け、テーブルに並べた。
「……きょうだい、ご飯にしようね」
大人しく背中に張り付いていてくれたサモナーに声を掛ける。
「すぴぃ」
寝息が返ってきた。
……あー、変な時間に昼寝をさせてしまった。これ、夜に寝てくれるのか?
大きな不安が、彼に襲いかかってきた。
多分、寝ない。
栄養のバランスを考えて、骨を細かく取り除いた鮭を蒸し焼きにしたものをおかずに出してみた。
精一杯作った昼食である。
サモナーは
「よいしょ」
と、米を手づかみで豪快に握り潰す。
「きょうだい……スプーンあるよ、スプーン!」
「よいしょぉ」
「上手によいしょできたねえ! スプーンは!?」
「いなない」
「そっかぁ!」
そのまま手づかみした米を口に運ぶサモナーである。もう、好きにさせるしかない。
鮭は食べなかったし、味噌汁も飲まなかった。
米だけ食べた。
食べないときは、食べない。
それが幼児である。
それこそが幼児である。
床にこぼれた米粒を拾い、サモナーの手をウェットティッシュで拭きながら、食べてもらえなかったおかずたちに、途方もないため息をついたテスカトリポカである。
……そんな事もある。
食べ終わったサモナーはテレビ番組を見て踊っていた。腰をフリフリするだけの簡単な振り付けだったが、なかなか楽しんでいるらしい。
テスカトリポカが食事の後片付けをしようと食器を持って席を立つ。キッチンに向かうために背を向けた、その時だった。
「てしゅかぁ! ここ、いな!」
幼いサモナーが、叫ぶように指図してきたのは。
「お皿を洗うだけだよ、きょうだい」
「ばめ!」
「駄目なことなかろうよ、ちょっとだよ」
「ばめぇ!」
ままならない。
子育て、ままならない。
片腕でサモナーを抱っこし、もう片方の手で食器を少しずつ運ぶ事になったテスカトリポカが、遠い目をしていた、昼過ぎのこと。
生物は食べさせるべきではない。食べなければいけないものでもないのだから、二歳児や三歳児にはまだ食べさせなくて良い。
生卵や魚の刺身など。
噛み切れないもの、喉に滑り込む恐れのあるものも食べさせるのはやめておいた方が良い。
団子やこんにゃくなど。
大人用に味付けされたものは、二歳児にはまだ味が濃い。食べさせるのならごく少量を。
たらこ、ちくわ、かまぼこ、ソーセージ、缶詰、インスタント食品など。
刺激物も摂取させない方が良い。これらの刺激物は、幼児期を越えて学童期に入ってもなお注意が必要である。
キムチ、大人用のカレー、わさび、カラシ、コーヒー、紅茶、炭酸飲料など。
……タブーが多い。
幼児食についての記述があるサイトを調べていたテスカトリポカは、思いの外食べさせない方が良いものばかりであったことに、息を詰まらせた。
昼食時のことだった。
キッチンで調べ物をしているテスカトリポカの足元に、小さなサモナーが寄ってくる。
危ないからリビングにいようね、と言っても、いやぁ! と言って聞かないので、どうしたものかと頭を悩ませた。
誰かに預けるべきか考えたが、サモナーは絶賛人見知り中である。泣かれるのも心苦しい。
しかし、サモナーの食事を作ってやれないのも困る。おんぶ紐で背負うか、と考えて、固まった。おんぶ紐の説明書……どこにやったっけ。
キッチンを出て、確かここらへんに、と書類の束を持ち上げて探すテスカトリポカ。
それを真似したのか何なのか、あれー? ここだなぁ? と言いながら、サモナーはティッシュを引き抜いて放り投げていた。
「きょうだい……やめて……それ、やめよう」
「いやぁ」
ティッシュが宙を舞う。
ようやく見つけた説明書を読みながら、サモナーをおんぶ紐にセットして、カチリ、とベルトを締めていく。背中に背負う形になったので、テスカトリポカの長い髪がサモナーに当たらないよう、高い位置でポニーテールにすることも忘れない。
「おりりゅ」
「下りないで下りないで、頼むから」
サモナーからは、やや不評だった。
野菜は細かく切り、柔らかくなるまで茹でるべし。味噌は少なめに。小さじ一程度を、風味付けに使うこと。
柔らかめに炊いた米を百グラム以下与えること。幼児の食事量は、大人の半分から三分の一程度が目安である。
そんなことを書いてあるサイトを指南書にして、テスカトリポカは慣れない幼児食を作り始めた。
そこまで細かくなくていいというのに人参とじゃがいもを微塵切りにしたり、柔らかめに米を炊いたらお粥になったりと、やり過ぎだったが。
悪戦苦闘した後、完成。
テスカトリポカは食器棚を漁る。
目当てのものはすぐに見つかった。
幼児の世話をするなら服だけじゃなく食器も椅子も必要でしょうよ、と、学園軍獄の軍医であるシンノウに与えられた小さなプラスチックの器だ。
それに恐る恐る盛り付け、テーブルに並べた。
「……きょうだい、ご飯にしようね」
大人しく背中に張り付いていてくれたサモナーに声を掛ける。
「すぴぃ」
寝息が返ってきた。
……あー、変な時間に昼寝をさせてしまった。これ、夜に寝てくれるのか?
大きな不安が、彼に襲いかかってきた。
多分、寝ない。
栄養のバランスを考えて、骨を細かく取り除いた鮭を蒸し焼きにしたものをおかずに出してみた。
精一杯作った昼食である。
サモナーは
「よいしょ」
と、米を手づかみで豪快に握り潰す。
「きょうだい……スプーンあるよ、スプーン!」
「よいしょぉ」
「上手によいしょできたねえ! スプーンは!?」
「いなない」
「そっかぁ!」
そのまま手づかみした米を口に運ぶサモナーである。もう、好きにさせるしかない。
鮭は食べなかったし、味噌汁も飲まなかった。
米だけ食べた。
食べないときは、食べない。
それが幼児である。
それこそが幼児である。
床にこぼれた米粒を拾い、サモナーの手をウェットティッシュで拭きながら、食べてもらえなかったおかずたちに、途方もないため息をついたテスカトリポカである。
……そんな事もある。
食べ終わったサモナーはテレビ番組を見て踊っていた。腰をフリフリするだけの簡単な振り付けだったが、なかなか楽しんでいるらしい。
テスカトリポカが食事の後片付けをしようと食器を持って席を立つ。キッチンに向かうために背を向けた、その時だった。
「てしゅかぁ! ここ、いな!」
幼いサモナーが、叫ぶように指図してきたのは。
「お皿を洗うだけだよ、きょうだい」
「ばめ!」
「駄目なことなかろうよ、ちょっとだよ」
「ばめぇ!」
ままならない。
子育て、ままならない。
片腕でサモナーを抱っこし、もう片方の手で食器を少しずつ運ぶ事になったテスカトリポカが、遠い目をしていた、昼過ぎのこと。
