笑おうか、ダーリン

笑おうか、ダーリン 2/2

「テスカトリポカ、テスカトリポカ、お前」
 そう言って泣きじゃくるケツァルコアトルは、抱き締めてくるテスカトリポカの背中を叩きながら、うう、ああ、と声をあげる。
「涙腺くらいつけてもらえよ、馬鹿」
「作った当初は要らぬものだと思っていたのだよ」
「要らぬはずがあるか。悲しい顔して笑いやがって。泣きたくても泣けないなんて、どれほど苦しいか!」
「実感している私ではなく、泣ける君が言うのかね」
 わあ、馬鹿、お前なんか、わあ、わあ、本当に馬鹿。語彙力も溶けているのか、ケツァルコアトルは力なく罵倒して、テスカトリポカにしがみついて泣いた。

「……疲れた」
「あれだけ泣けば誰だって疲れるというものだよ、きょうだい」
 ボーッとしながらケツァルコアトルが言う。泣きじゃくり、止まらない涙にさらに刺激されて声をあげていた彼は、ジャガー獣人の彼の腕のなかで、時おりひくつく呼吸をしている。
 背中をさすって、お疲れさま、なんて他人事のように言うジャガーは、喉の奥で笑っていた。
「……今のは本気で面白がってる笑いだろ」
「だって君ィ! 私の代わりに泣いてくれるなんて、フハハ、随分と優しいことだと思ってね! アハハ! 私が今まで溜め込んでいた涙を全て流しきってしまったように思えるよ! たった小一時間でだ!」
 むすっとした表情になった竜蛇が、世界代行者に思いきりデコピンを繰り出した。バッチン、と気持ちいい音がして、ぐあ痛! という代行者の低い悲鳴が上がった。
「気は済んだかね?」
 額を押さえながらテスカトリポカが問いかける。
「もうしばらく泣く必要がなさそうだよ」
 不機嫌そうに目を半分ほど閉じてケツァルコアトルが返す。
「ならば次は笑う番だと思わんかね、きょうだい!」
「さっき俺を見て爆笑してたお前に言われると腹が立つんだが?」
「なぁに、水に流そう。さんざん涙を流したのだ、ちょうどいい、流れ果てたことにしよう」
「このやろう」
 あまりの馬鹿馬鹿しい軽口に、ケツァルコアトルは苦笑をひとつ浮かべる。仕方ないなお前は、と笑いながら言うと、テスカトリポカはケツァルコアトルの首筋に額を擦り付ける。
 その意気だよ、きょうだい、君は笑顔の方がいい。
 そんな風に言われて、ケツァルコアトルは若干呆れた。
 笑顔の方がいいって、だから、お前が泣けないから代わりに泣いたのであってだな。
「頼んでいないんだよ、だから」
「俺がそうしたかったから泣いたのだよ、だから」
「ケツァル」
「なんだよ」
「ありがとう」
 ……。
 …………。
 ケツァルコアトルは、自身に頭を、頬を、首を擦り付けてくるジャガーを見た。満足そうに愛情表現をしてくる、宿敵であり、友であるきょうだいを。
「泣きたくなったら言えよ、泣いてやるから」
 気恥ずかしくなってきた竜蛇が素っ気なく言うと、フフフ、と笑い出すエルドラドの代行者が口を開いた。
「いいや、言わない」
「お前」
「鏡写しの我々だ。卵が先か鶏が先か、それとも同時なのか、そんなことは誰にも分からんがね……きっと言わなくても君は勝手に泣くし、泣いたあとは笑うのだよ」
 ……ふむ。
 ケツァルコアトルが、重い目蓋を閉じかけながら鼻を鳴らす。
 一理あるかもしれない。
「おやすみ、ケツァル」
 体温があるようでないような義理の体で、テスカトリポカはケツァルコアトルを包み込んだ。泣き疲れて眠たくなっていたケツァルは、抵抗することもなく、ゆっくりと意識を手放す。
「テスカ」
 眠りに落ちる間際、ケツァルコアトルは言った。

「俺が起きたら……馬鹿みたいに笑おうか」

 ああ、いい考えだね。テスカトリポカの囁き声に、ケツァルコアトルは満足げに微笑んで眠った。
 そうだとも、笑おう。
 君に笑っていてほしいから私は笑ったのだ。
 テスカトリポカは眠れる片割れを腕に、自身もまた目を閉じた。

「笑おうか、私のダーリン」
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