負けを認めよう、おめでとう
自由気ままな片割れを好いた。
戦争とは常に、自由な方が勝つのだから。
何でもないことで大喧嘩を繰り返し、手が出て、足が出て、勝ち誇って、負け惜しみを吐いた。
どちらが勝っても清々しかったし、どちらが負けても悔しかった。仲直りをするときもあれば、しないまま二回戦に突入することもあった。
謝罪などしない。それは相手への侮辱になる。謝罪などできない。それは自己への否定になる。
「あっ……づぅ……君ィ、加減を覚え給えよ」
今回の戦争の敗者が、勝者を睨みつけながら文句を吐いた。勝者はどこ吹く風だ。構わず敗者の手当てをしていく。よく沁みる薬草で。
「いっ」
「痛いか?」
からかうようにテスカトリポカへ問いかけるケツァルコアトルが、白い髪を揺らして笑った。極彩色に染まった翼が、おかしそうに震えていた。
この戦争での勝敗に意味など無かった。
いつもは意味があるのかと問われれば、首を横に振る以外にはできないが……今回の争いは、最も意味をなさないそれだと言うことができる。
どちらが自由でいられるか。
戦争とは常に、自由な方が勝つ。
ならば、この戦争で勝った方が、相手よりも遥かに自由な戦士というわけだ。
実に下らない。
テスカトリポカにできた傷にすり潰した薬草を塗り込むケツァルコアトルは、痛い! という悲鳴に笑い、そして真剣な様子で手当てを再開させる。まるで、テスカトリポカが傷つくことに、悲しみを抱いているかのように。
「これで分かったろう? 俺は自由なんだよ」
ケツァルコアトルはそう言う。黒い太陽の機嫌を損ねるようなことを、平気で言う。
ムッとしたジャガーが薬草でできた液体に自身の指を突っ込んだ。無遠慮に引き抜いたそれを、ケツァルコアトルの脇腹へ、容赦なく塗りたくった。……まだ癒えていない、怪我の部分に。
「いっ!!」
「フハハハ!」
青筋が浮かんだ白い竜蛇の拳骨が、ジャガーの脳天に落ちたのは直後のこと。
「大人しく手当ても受けられないのかお前!!」
「やられたらやり返すのが私の流儀でね!!」
「次やり返したらその羽もぎ取るからな!」
およそ治療時のやり取りとは思えない言い合いが、エルドラドの神殿に響き渡っていた。
「……もぎ取られることは、なかったがね」
ナワルの体の中に入り込み、意識を表層に出している彼が、昔を思い出しながら呟く。
あの騒々しい片割れとの毎日は、思い出そうと思えばいくらでも浮かんでくるというものだ。
……思い出そうと思えば。
自身の神殿を焼き払い、痕跡を全て消し去り、この世界からいなくなった片割れ。
……思い出したく……ない。
オンブレティグレは……いや、彼の中に入っているテスカトリポカは、その体で外に出た。
鮮烈に輝く白い彼がいなくなってからというもの、世界が色褪せて見えている。灰色の草を踏んでいるような、黒い大地を踏みしめているような、そんな錯覚の中歩いた。
ふと、視界に緑が揺れる。
あ、と声が出た。
これは薬草である。よく沁みて、忌々しい。
記憶の中で、テスカトリポカに、ケツァルコアトルが塗り込んでいた、それ。
ケツァルコアトルの笑い声が聞こえたような気がした。
「これで分かったろう? 俺は自由なんだよ」
そんな声が、聞こえたような気がした。
……何度も何度も争った。
何度も何度も喧嘩をして。
何度も何度も、笑い合って。
テスカトリポカは目を閉じる。久しぶりに目の奥が痛い。久しぶりに目の奥が熱い。
「……君の勝ちだな、きょうだい」
静かに呟いた声は、風に乗って消えていった。
もう、届くことはない言葉は、そうして散り散りになり、世界代行者の胸を熱くした。
薬草を摘む。
チクチクと痛む胸に押し付ける。
……ひどく沁みた、気がした。
自由気ままな片割れを好いた。
戦争とは常に、自由な方が勝つのだから。
戦争とは常に、自由な方が勝つのだから。
何でもないことで大喧嘩を繰り返し、手が出て、足が出て、勝ち誇って、負け惜しみを吐いた。
どちらが勝っても清々しかったし、どちらが負けても悔しかった。仲直りをするときもあれば、しないまま二回戦に突入することもあった。
謝罪などしない。それは相手への侮辱になる。謝罪などできない。それは自己への否定になる。
「あっ……づぅ……君ィ、加減を覚え給えよ」
今回の戦争の敗者が、勝者を睨みつけながら文句を吐いた。勝者はどこ吹く風だ。構わず敗者の手当てをしていく。よく沁みる薬草で。
「いっ」
「痛いか?」
からかうようにテスカトリポカへ問いかけるケツァルコアトルが、白い髪を揺らして笑った。極彩色に染まった翼が、おかしそうに震えていた。
この戦争での勝敗に意味など無かった。
いつもは意味があるのかと問われれば、首を横に振る以外にはできないが……今回の争いは、最も意味をなさないそれだと言うことができる。
どちらが自由でいられるか。
戦争とは常に、自由な方が勝つ。
ならば、この戦争で勝った方が、相手よりも遥かに自由な戦士というわけだ。
実に下らない。
テスカトリポカにできた傷にすり潰した薬草を塗り込むケツァルコアトルは、痛い! という悲鳴に笑い、そして真剣な様子で手当てを再開させる。まるで、テスカトリポカが傷つくことに、悲しみを抱いているかのように。
「これで分かったろう? 俺は自由なんだよ」
ケツァルコアトルはそう言う。黒い太陽の機嫌を損ねるようなことを、平気で言う。
ムッとしたジャガーが薬草でできた液体に自身の指を突っ込んだ。無遠慮に引き抜いたそれを、ケツァルコアトルの脇腹へ、容赦なく塗りたくった。……まだ癒えていない、怪我の部分に。
「いっ!!」
「フハハハ!」
青筋が浮かんだ白い竜蛇の拳骨が、ジャガーの脳天に落ちたのは直後のこと。
「大人しく手当ても受けられないのかお前!!」
「やられたらやり返すのが私の流儀でね!!」
「次やり返したらその羽もぎ取るからな!」
およそ治療時のやり取りとは思えない言い合いが、エルドラドの神殿に響き渡っていた。
「……もぎ取られることは、なかったがね」
ナワルの体の中に入り込み、意識を表層に出している彼が、昔を思い出しながら呟く。
あの騒々しい片割れとの毎日は、思い出そうと思えばいくらでも浮かんでくるというものだ。
……思い出そうと思えば。
自身の神殿を焼き払い、痕跡を全て消し去り、この世界からいなくなった片割れ。
……思い出したく……ない。
オンブレティグレは……いや、彼の中に入っているテスカトリポカは、その体で外に出た。
鮮烈に輝く白い彼がいなくなってからというもの、世界が色褪せて見えている。灰色の草を踏んでいるような、黒い大地を踏みしめているような、そんな錯覚の中歩いた。
ふと、視界に緑が揺れる。
あ、と声が出た。
これは薬草である。よく沁みて、忌々しい。
記憶の中で、テスカトリポカに、ケツァルコアトルが塗り込んでいた、それ。
ケツァルコアトルの笑い声が聞こえたような気がした。
「これで分かったろう? 俺は自由なんだよ」
そんな声が、聞こえたような気がした。
……何度も何度も争った。
何度も何度も喧嘩をして。
何度も何度も、笑い合って。
テスカトリポカは目を閉じる。久しぶりに目の奥が痛い。久しぶりに目の奥が熱い。
「……君の勝ちだな、きょうだい」
静かに呟いた声は、風に乗って消えていった。
もう、届くことはない言葉は、そうして散り散りになり、世界代行者の胸を熱くした。
薬草を摘む。
チクチクと痛む胸に押し付ける。
……ひどく沁みた、気がした。
自由気ままな片割れを好いた。
戦争とは常に、自由な方が勝つのだから。
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