はした金など捨ててしまえ

 恐れや戸惑いで疲弊する商品たちの中、その者だけはただ、不機嫌そうに立っているだけだった。

 手枷と足枷がジャラジャラと音を立てる。
 ハンマープライス、という掛け声とともに商品立ちが競り落とされていく。
 闇オークションは賑わっていた。
 別の意味で、賑わっていた。
 商品たちの売れ行きは……悪い。
 客であるガヴァナーたちが、目の前の品に金を出し渋っている。
 普段そんな事は起こり得ないのだが、今回は違ったのだ。ガヴァナーたちの視線を独占する「上物」が入っていたのだから。

 ケツァルコアトルがそこにいた。

 手枷と足枷をつけてもなお怯まぬ彼が、不愉快そうに、不機嫌そうに、そこにいた。
 恐れの表情はない。手枷足枷など引き裂いて、今にもどこかに行きそうな雰囲気ばかりがある。
 ガヴァナーたちがざわつく。
 皆、ケツァルコアトルを狙っている。
「竜蛇だ」
「垂涎のレア物じゃないか」
「儂が競り落とす」
「いいや俺様だ」
 ワイワイガヤガヤ。仕方のない言い合いで、闇オークション会場は喧騒に包まれていた。

「それでは、次の商品」

 オークション会場の支配者が告げる。
 ケツァルコアトルが前に出される。
 ガヴァナーが息を呑んだその時、誰かがため息をついた。
「騒がしい会場だなあ。少しは静まるということを覚え給えよ」
 その声を聞いた時、ケツァルコアトルが噴き出した。おそらく声の主に、お前が言うな、とでも思ったのだろう。
 声の主は……ジャガー獣人の転光生は、無言で闇オークション内を歩く。靴音だけが響いていた。
「やあ、我が同盟者よ。随分と悪趣味な商品を仕入れているじゃあないかね」
 ケツァルコアトルを一瞥し、小さくため息をついて、彼はダイコクに問いかける。
 こういったものは需要が高いのでね。
 ダイコクの短い返答を鼻で笑っていた。
 彼は……テスカトリポカは、ガヴァナーたちの方へ一度だけ視線を向けた。いったい何をするつもりなのかと見守る支配者層たちの前で、おもむろに髪飾りを外し始める。
 さら、と髪が重力に従い、揺れた。
 一つ目の髪飾りで、客の五分の一が諦めた。
 二つ目の髪飾りで、残りの半分が負けを悟った。
 後ろ髪を止めている髪飾り全てで、会場にいる客のほぼ全員が唖然とした。
 テスカトリポカはそれにも構わず、尻尾の先にはめていた金の飾りをもダイコクの前に置く。

「競売開始の最低額は、こんなものでいいかね」

 では、始めようか。
 テスカトリポカの一言に、カン、とハンマーが打ち鳴らされた。他の誰にも競り落とすことができないと証明された瞬間だった。
 飾りだけでガヴァナーたちの資産を上回った男は、特に誇るでもなくケツァルコアトルに近づいていく。呆然としている客たちの前で、無遠慮に竜蛇を抱き上げた。
 そのまま。
 何も言わず。
 そう、あの喧しいはずの男が、何も言わず。
 ケツァルコアトルを横抱きに、オークション会場から出ていくのである。
 靴音だけが響いていた。

「大人げなかったんじゃないのか、今の」
 手枷を自力で壊しながら、ケツァルコアトルが問いかける。
 ワイルドだなあ、君。と、咎めるでも止めるでもなく眺めているだけのテスカトリポカが、つまらなそうに返した。
「私以外に買われるつもりもないくせに、要らぬ気遣いを見せるものではないよ、きょうだい」

 風が吹く。
 テスカトリポカの髪がさらりと揺れる。
 買われた竜蛇は、髪飾りのない彼を見て、たまには質素なお前も悪くないんじゃないか、などと好き勝手に言ってくれた。
 ジャガーの彼がようやく笑った。
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