珍しく穏やかな

 ケツァルコアトルは何かに巻き付いて眠る癖でもあるのだろうか。

 尻尾がぐるぐると絡みついてきて、眠るに眠れないテスカトリポカが、ムスッとした表情をしていた。隣で熟睡しているケツァルコアトルを見る。
 頭を叩いて起こしてやっても良かったが、寝ぼけ眼でカウンターパンチを繰り出されたら避けられないほど至近距離にいるわけで。
 殴るに殴れない状況で、じっと片割れを見た。
 お互いの翼が邪魔にならぬよう向き合って眠っているので、ケツァルコアトルの優美な顔立ちや、白く艶めく肌、案外長いまつ毛などがよく見える。
 たまに身じろぎするが、その際に聞こえる「ん」という柔らかな声が懐かしく、愛しかった。
 それはそれ、これはこれ。
 尻尾が体に絡みついているのだ。
 気にしないように意識していても、尻尾は好き勝手に動く。シュルリと腰に柔らかく当たり、撫で擦るように滑る。……腹が立つ。
 起きるつもりがないのなら、こちらにだって考えがあるのだよ、きょうだい。
 心でそう呟くと、テスカトリポカは絡みついてくる尻尾を手に取り──

 口に含んだ。

 口内で、尻尾の先を舐め回す。
 時々軽く噛む。
「ん……ふ……」
 眠るケツァルが、眉間にシワを寄せた。
 そうかね、嫌かね。と嫌がらせに成功したテスカトリポカは内心でほくそ笑み、ケツァルへの仕返し……という名の悪戯を続ける。
 尻尾を食むのをやめて、ケツァルコアトルが着る上衣の中へ手を這わせた。
 ツルリとした感触。腹の側は鱗もなく、弾力のある筋肉の凹凸が指に伝わってくる。
「んん……」
 ケツァルが嫌がるように寝返りを打とうとするも、翼が邪魔でうまくいかなかった。
 テスカトリポカはなおもケツァルの腹や胸に指を這わせている。ツゥ、と撫ぜて、ピク、とケツァルが小さく跳ねたのを見て、上機嫌に笑った。
 眠れなくなれ、きょうだい。
 地味な嫌がらせは続く。
 ケツァルコアトルの鼻先にキスを落とした。
「……何を……してるんだね、お前は」
 ケツァルコアトルが、うっすらと目を開ける。おや、起きてしまったかね。とテスカトリポカは悪びれもせずに答えた。

 ゴンッ!! と拳が振り下ろされた。

「寝込みを襲うとはいい度胸じゃないか、テスカぁ!! 喧嘩なら買うぞ!! 今すぐだ!!」
「元はと言えば君の尻尾が絡みついて安眠妨害してくるから意趣返しをだね!!」
「だからって眠る相手に悪戯するか!!」
「君の顔が美しくて起こすに起こせなかったのだよ!!」
 美し……。
 固まるケツァルを、テスカが睨む。
「別々の部屋で眠ったほうが良くないかね、きょうだい? 少なくとも私の安眠は妨害されんと思うのだよ?」
 不平を口にしたジャガーに、
「俺は……お前が、そばにいたほうが……安心して、眠れるんだけど……」
 躊躇いがちに返すのは、竜蛇。
 何だね……何だね、それは。ちょっと気まずそうに言うんじゃないよ、君ィ。などと、テスカトリポカは狼狽した。ケツァルコアトルのそんな顔を見てしまっては、部屋を分ける選択などできそうになかった。
「……テスカは、俺と寝るの、嫌いかね?」
「ずるいなぁ、その訊き方。嫌いだったら何も言わず別の部屋に移動しているとも」
 そうか……そうだよな。
 ケツァルコアトルが、少し安心したように呟く。そして力が抜けたように、ベッドに横たわった。
 テスカトリポカがため息をつき、ケツァルの隣に横たわる。ケツァルコアトルのさらりとした髪を指で掬い、静かに言うのだ。
「尻尾で甘えていたのかね? 私に」
 ケツァルコアトルは、渋い表情になって返す。
「……知らんよ。あまり調子に乗るな」
 クツクツと喉の奥で笑うジャガーが、羽毛ある蛇の鼻先に再びキスを落とし、尻尾で頭を叩かれたのは、直後のことだ。
「おやすみ!!」
 不貞腐れたように告げるケツァルコアトルに
「尻尾を使って捕まえていなくとも、どこにも行かんよ、私は」
 意地悪なことを返して、テスカは目を閉じた。

「うるさい……知ってるわ、そんなことくらい」

 次にムスッとするのは、ケツァルコアトルの番だ。白い彼は、黒い彼の脇腹を尻尾で一度叩くと、まったくもう、と呟いて目を閉じた。
 ジャガーが竜蛇を抱き寄せる。
 お互い、そのまま朝まで起きなかった。
1/1ページ
    拍手