弾んで、沈んだ
東京には転光生を受け入れる住居がいくつもある。アパートであったり、マンションであったり、戸建てであったり……。
この二人が暮らすのに、アパートやマンションだと不都合だった。なにせ二人はしょっちゅう喧嘩をするのである。モノを投げるし殴り合うし、果てはお互いを投げ合う始末だ。
隣室の住人に、騒音問題として苦情を申し立てられては叶わないので、自然と戸建てを借り受けることとなった。蛇だか竜だかなほうは、別にどこでもいいのに、などと事の重大さが分かっていないコメントをもう片方に投げかけているが、冷静に振る舞えるほうのジャガー獣人は、まあ気負わず暮らせるほうがいいじゃないか、きょうだい、となだめるような言葉を紡いでいた。
広めの一戸建てである。
内装は至って普通だが、どうせ大喧嘩でボロボロになるので、二人とも特に気にしなかった。
黒と白、ジャガーと竜蛇という、似ても似つかない二人は確かにきょうだいである。共に世界代行者だったこともある。片方がエルドラドを去ってしまったから、過去形だが。
「ショロトルも呼べば良かったなあ」
「呼べばいいじゃないかね、この家は部屋数が多いようだから」
「でも六本木の学生寮暮らしだろう、ショロトルは。無理に連れてくるのも悪いからな」
スラリと首が長く、尻尾も同じように長い竜蛇が、双子の弟と共に暮らせないことを面白くなさそうに言う。極彩色の羽毛と毛髪を持つ彼は、隣にいる真っ黒な彼に目を向けた。
「テスカトリポカは一人暮らしでも良かったんだろう? 俺を受け入れる気になったのは何故だね」
「ケツァルコアトルが適当な物件に住んで備品を壊して追い出されたら、結局私が受け入れることになるからね。手間を省いたというわけだよ」
「……要らぬ世話だよ、それはぁ」
不貞腐れたケツァルコアトルが、テスカトリポカの脇腹に肘を入れる。ドスッと音を立ててねじ込まれた肘に、テスカトリポカは笑いをこらえきれなかったらしい。フハハ、と声を上げ、ケツァルコアトルの肩に腕を回した。
「怒るな、きょうだい」
「怒っていないとも。ああ、そうだとも!」
「フフ……激情に駆られる君も悪くないがね、私は争いたくて家を借りたわけではないのだよ」
ジャガーが白い竜蛇の首筋に額をこすりつけた。
親愛を示す行動に、ケツァルコアトルは、フン、と鼻を鳴らす。機嫌は直っていないのだと主張する表情とは裏腹に、彼の長くしなやかな尻尾は、テスカトリポカの腰にやわく巻き付いていた。
分かりやすい甘え方をしてくれる。
テスカトリポカは表情がコロコロと変わるケツァルコアトルを面白がるように見つめ、深い微笑みを向けていた。
「何かを企んでいるときの笑みだな、それは?」
「いや。ケツァル、私はね……やはり君と共に暮らすことになって良かったと思っているよ」
「俺の肩を抱く手から爪が伸びているんだが」
「おっと、失礼」
ケツァルコアトルはテスカトリポカの腕からスルリと抜ける。まだ抱きしめていたかったろうテスカトリポカは、ケツァルコアトルのそんな自由気ままなところが嫌いではないのだ。肩を竦めた。
寝室だろう部屋を覗き込むケツァルコアトル。
ふうん、と声を漏らして、それからチョイチョイとテスカトリポカを手招きした。
「何だね、きょうだい」
「こっち来い、きょうだい。ベッドが二つあるぞ」
「それはあるだろうよ。私たちは二人いるのだからね」
「つまらんとは思わないかね、テスカトリポカ」
「なぁにがだね、ケツァルコアトル?」
部屋の中央付近に設置されたベッドは、大柄な転光生用だ。二つ並んでいるのは、二人暮らしをするからだ。それの何がつまらんというのか、テスカトリポカにはいまいち分からない。
分からないが……ケツァルコアトルの思いつきは、いつも決まって下らないか面白いかするので、一応、聞くには聞こうと近づいた。
「この二つのベッドを合体させて、大きな一つのベッドにするのはどうだろうか? そうしたら弾み放題だと思わないか、きょうだい!」
わはは! と自信満々なケツァルコアトルに、テスカトリポカはフヘ……と妙な声を漏らして笑った。弾むのか。君みたいに大柄な転光生がベッドで弾んだら、スプリングが早々にお釈迦になってしまうよ、我が半身、ケツァルコアトル。
ケツァルコアトルはお構いなしにベッドの片方を押す。テスカトリポカは仕方ないとでも言うように、もう片方のベッドを押して、ケツァルいわく「合体」を手伝うことにしたのだった。
ちなみにケツァルは完成したベッドで弾んだ。
「明日は何があったっけ」
ベッドの上でくつろぐケツァルコアトルが、床に座って端末をいじっていたテスカトリポカに問いかける。
「特に何もないよ、きょうだい」
テスカトリポカは端末から目を離さない。
だから気づかなかった。
「テスカ」
「……ん?」
ちゅ。
振り向いたテスカトリポカの口と、身を乗り出してテスカトリポカに接近していたケツァルコアトルの口が重なる。
至近距離に半身がにじり寄っていたことに気づかなかったテスカトリポカは、不意をつかれる形で唇を奪われたのだ。
羽毛のある蛇は得意げである。
にんまりと笑って、「油断大敵だぞう?」などとからかってくる。
テスカトリポカの性質を分かっているのか、この竜蛇は。
テスカトリポカは鏡である。鏡写しの存在である。やられたらやり返すことをモットーとしている。つまり。
悪戯をされたら
「ケツァル」
し返すのみだ。
ケツァルの頭を鷲掴みにしたテスカが、竜蛇の歯列を舌でこじ開け、口内を蹂躙した。
ザラリとした舌がケツァルの舌を絡め取り、引っ掻くようにもつれ合う。唾液が口の端からこぼれたが、お構いなしに。
「ベッドの上というのは、丁度よいと思わんかね、ケツァルよ」
ニヤリと笑って押し倒してくるテスカトリポカを
「誰がそこまでやれと言ったよ、テスカ」
少々気恥ずかしそうなケツァルコアトルの尻尾が叩いた。
広いベッドは役に立った。
この二人が暮らすのに、アパートやマンションだと不都合だった。なにせ二人はしょっちゅう喧嘩をするのである。モノを投げるし殴り合うし、果てはお互いを投げ合う始末だ。
隣室の住人に、騒音問題として苦情を申し立てられては叶わないので、自然と戸建てを借り受けることとなった。蛇だか竜だかなほうは、別にどこでもいいのに、などと事の重大さが分かっていないコメントをもう片方に投げかけているが、冷静に振る舞えるほうのジャガー獣人は、まあ気負わず暮らせるほうがいいじゃないか、きょうだい、となだめるような言葉を紡いでいた。
広めの一戸建てである。
内装は至って普通だが、どうせ大喧嘩でボロボロになるので、二人とも特に気にしなかった。
黒と白、ジャガーと竜蛇という、似ても似つかない二人は確かにきょうだいである。共に世界代行者だったこともある。片方がエルドラドを去ってしまったから、過去形だが。
「ショロトルも呼べば良かったなあ」
「呼べばいいじゃないかね、この家は部屋数が多いようだから」
「でも六本木の学生寮暮らしだろう、ショロトルは。無理に連れてくるのも悪いからな」
スラリと首が長く、尻尾も同じように長い竜蛇が、双子の弟と共に暮らせないことを面白くなさそうに言う。極彩色の羽毛と毛髪を持つ彼は、隣にいる真っ黒な彼に目を向けた。
「テスカトリポカは一人暮らしでも良かったんだろう? 俺を受け入れる気になったのは何故だね」
「ケツァルコアトルが適当な物件に住んで備品を壊して追い出されたら、結局私が受け入れることになるからね。手間を省いたというわけだよ」
「……要らぬ世話だよ、それはぁ」
不貞腐れたケツァルコアトルが、テスカトリポカの脇腹に肘を入れる。ドスッと音を立ててねじ込まれた肘に、テスカトリポカは笑いをこらえきれなかったらしい。フハハ、と声を上げ、ケツァルコアトルの肩に腕を回した。
「怒るな、きょうだい」
「怒っていないとも。ああ、そうだとも!」
「フフ……激情に駆られる君も悪くないがね、私は争いたくて家を借りたわけではないのだよ」
ジャガーが白い竜蛇の首筋に額をこすりつけた。
親愛を示す行動に、ケツァルコアトルは、フン、と鼻を鳴らす。機嫌は直っていないのだと主張する表情とは裏腹に、彼の長くしなやかな尻尾は、テスカトリポカの腰にやわく巻き付いていた。
分かりやすい甘え方をしてくれる。
テスカトリポカは表情がコロコロと変わるケツァルコアトルを面白がるように見つめ、深い微笑みを向けていた。
「何かを企んでいるときの笑みだな、それは?」
「いや。ケツァル、私はね……やはり君と共に暮らすことになって良かったと思っているよ」
「俺の肩を抱く手から爪が伸びているんだが」
「おっと、失礼」
ケツァルコアトルはテスカトリポカの腕からスルリと抜ける。まだ抱きしめていたかったろうテスカトリポカは、ケツァルコアトルのそんな自由気ままなところが嫌いではないのだ。肩を竦めた。
寝室だろう部屋を覗き込むケツァルコアトル。
ふうん、と声を漏らして、それからチョイチョイとテスカトリポカを手招きした。
「何だね、きょうだい」
「こっち来い、きょうだい。ベッドが二つあるぞ」
「それはあるだろうよ。私たちは二人いるのだからね」
「つまらんとは思わないかね、テスカトリポカ」
「なぁにがだね、ケツァルコアトル?」
部屋の中央付近に設置されたベッドは、大柄な転光生用だ。二つ並んでいるのは、二人暮らしをするからだ。それの何がつまらんというのか、テスカトリポカにはいまいち分からない。
分からないが……ケツァルコアトルの思いつきは、いつも決まって下らないか面白いかするので、一応、聞くには聞こうと近づいた。
「この二つのベッドを合体させて、大きな一つのベッドにするのはどうだろうか? そうしたら弾み放題だと思わないか、きょうだい!」
わはは! と自信満々なケツァルコアトルに、テスカトリポカはフヘ……と妙な声を漏らして笑った。弾むのか。君みたいに大柄な転光生がベッドで弾んだら、スプリングが早々にお釈迦になってしまうよ、我が半身、ケツァルコアトル。
ケツァルコアトルはお構いなしにベッドの片方を押す。テスカトリポカは仕方ないとでも言うように、もう片方のベッドを押して、ケツァルいわく「合体」を手伝うことにしたのだった。
ちなみにケツァルは完成したベッドで弾んだ。
「明日は何があったっけ」
ベッドの上でくつろぐケツァルコアトルが、床に座って端末をいじっていたテスカトリポカに問いかける。
「特に何もないよ、きょうだい」
テスカトリポカは端末から目を離さない。
だから気づかなかった。
「テスカ」
「……ん?」
ちゅ。
振り向いたテスカトリポカの口と、身を乗り出してテスカトリポカに接近していたケツァルコアトルの口が重なる。
至近距離に半身がにじり寄っていたことに気づかなかったテスカトリポカは、不意をつかれる形で唇を奪われたのだ。
羽毛のある蛇は得意げである。
にんまりと笑って、「油断大敵だぞう?」などとからかってくる。
テスカトリポカの性質を分かっているのか、この竜蛇は。
テスカトリポカは鏡である。鏡写しの存在である。やられたらやり返すことをモットーとしている。つまり。
悪戯をされたら
「ケツァル」
し返すのみだ。
ケツァルの頭を鷲掴みにしたテスカが、竜蛇の歯列を舌でこじ開け、口内を蹂躙した。
ザラリとした舌がケツァルの舌を絡め取り、引っ掻くようにもつれ合う。唾液が口の端からこぼれたが、お構いなしに。
「ベッドの上というのは、丁度よいと思わんかね、ケツァルよ」
ニヤリと笑って押し倒してくるテスカトリポカを
「誰がそこまでやれと言ったよ、テスカ」
少々気恥ずかしそうなケツァルコアトルの尻尾が叩いた。
広いベッドは役に立った。
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