ちょっと遊ぼうか

ちょっと諍おうか

 テスカトリポカが帰ってこない。
 ケツァルコアトルは、冷たくなった夕食を前に頬杖をついていた。
 午後七時半。
 小学生が帰ってくるには遅い。
 ケツァルコアトルは端末をいじり、メッセージツールの画面を起動した。そこにはテスカトリポカからのメッセージが確かに存在している。
「すまない。帰るのが遅れる」
 それだけだ。
 何がどうして帰るのが遅れるのか、理由の説明はなかった。それに不満を募らせて、ケツァルコアトルは冷めきった夕食を一口頬張る。
 冷めているからか、一人で食べているからか、なんとも味気なかった。

 ガチャリ。

 鍵を開けておいた玄関扉が開かれる。
 ふとそちらへ視線を向ける。ケツァルコアトルは立ち上がり、ゆっくりと玄関へ向かって歩いた。
 黒っぽいローファーを脱いでいる、赤いランドセルの少年の姿があった。
「……きょうだい」
 低い声を作って、ケツァルコアトルが腕を組む。ピタリと動きを止めて顔だけで振り向くテスカトリポカは、不満げな大学生のお兄さんに、同じく不満げな表情をした。
「遅れると連絡を入れたじゃないかね……あぶぁっ!?」
 変な悲鳴がテスカトリポカから上がる。
 脳天に落ちたのはケツァルコアトルのチョップだった。
「どういう理由で遅れるかを伝えなきゃ心配かけるだけだろ!」
「だからってチョップはなかろうよ! チョップは!」
「反省しろ! 俺がどれだけ……」
「……どれだけって何だね……あぶぁっ!?」
 再びチョップが振り下ろされる。
 脳天にもろに食らったテスカトリポカは、頭を押さえてしゃがみ込む。
 ケツァルコアトルは少しだけ頬を膨らませて、目の前の少年を見下ろしていた。

「ヨワリ・エエカトルくん、お別れ会ぃ……?」
 リビングで温め直した夕食を二人で摂りながら、ケツァルコアトルは怪訝そうな声を上げた。
 頭をさすりながら、不満そうに頷くテスカトリポカ。もぐもぐごくん、と咀嚼して飲み込んでから、ジャガーの少年は口を開く。
「来週の金曜に義体が納品されると連絡を受けたからね、小学校に通うのもそれまでだ。だからそれを担任の教員に伝えねばならなかったのだよ」
「どう伝えたんだ?」
「一身上の都合により所属先を変えることとなったよ、って」
「ふっ……一身上の都合ってお前」
 担任の教員に転校を伝えたところ、クラスメートたちが大いに寂しがってしまったのだという。何せ運動神経が良く、文武両道、大人びていて見目麗しい、みんなの人気者だ。
 と、テスカトリポカは自称している。
 本当かなぁ? と話半分に聞くケツァルコアトルである。
「そうしたら、ヨワリ・エエカトルくんお別れ会を開こうということになってね、この時間まで拘束されていたのだよ。連絡が簡素になってしまったのは、クラスメートに干渉されていたからでね」
「ふぅーん? ……楽しかったかね、お別れ会」
「愛想笑いが上手くなった気がするよ」
 ゴフッ! とケツァルコアトルがむせた。
 遠い目をしているテスカトリポカがツボに入ったようである。
「……ケツァルコアトルは、私が帰らなくて寂しかったかね?」
「寂し……心、配、したんだよ! 子供の体でこんな時間まで外出してたら、事故か事件を疑うだろう!」
「てっきり夫の帰りを待つ妻の気持ちでも味わっていたのかと」
「……チョップのおかわりはいかがかね、テスカ」
「ごはんのおかわりなら頂こうか、ケツァル」
「……よぉーし、ちょっと諍おうか、きょうだい」
 夕食そっちのけで睨み合う二人。
 小学生にだって人付き合いというものがあるのだよ、というテスカトリポカ。
 だからって簡素な連絡だけじゃ駄目だろ、ちゃんと教えてくれよ、というケツァルコアトル。
 週一で学園軍獄に泊まる際の練習だと思いたまえよ、というテスカトリポカ。
 予告もなく帰ってこなくなることのどこが練習だ! というケツァルコアトル。
 寂しかったかね! というテスカトリポカ。
 寂しかったよ! というケツァルコアトル。
 端から見るとだんだん惚気けていっているのだが、二人が気づくこともなく。
「テスカは俺が帰ってこなくなったらどう思うよ!」
「またか、と思うよ! エルドラドから出ていったときの二の舞いかとね!」
「それはごめん!」

 これでも走って帰ってきたのだよ。と少年姿のテスカトリポカは言う。ムスッとした表情でテスカトリポカを抱きしめて、床に転がるケツァルコアトルに。
 ……知らんよ、そんなこと。と拗ねたようにケツァルコアトルは返す。身動きが取れなくてジタバタしているテスカトリポカを押さえつけて。
「甘えただなあ、君」
 テスカトリポカがケツァルコアトルの頭を撫でながら言った。まるで子供扱いだ。不満そうにテスカを見て、ケツァルはボソリと呟いた。
「……駄目か?」
「……駄目とは、言ってなかろう?」
 小学生が、大学生の鼻の頭にキスを落とす。
 機嫌を直したまえよ、と優しくささやきかける。
 大学生は……ケツァルコアトルは、慰めるように頬に触れてくる小学生から、少しだけ目をそらした。
「……お互いに、束縛されるの好きじゃないのにな。お前のことを、束縛しようとしてた」
「いいとも。気にしてない。ケツァル、君になら束縛されても文句はないさ」
「……ん」

 その日の夜は、なかなか明けなかった。
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