ちょっと遊ぼうか

ちょっと待とうか

 音利間ねりま大学附属小学校では、黄色い声援が飛び交っていた。転校してきた直後から文武両道ぶりを見せつけ、外見も眉目秀麗であり、口調も大人っぽい……その名もヨワリ・エエカトルくんが、体育の授業を受けているからである。
 ヨワリ・エエカトル。
 テスカトリポカの別名である。
 クラスの大半の目を奪う運動神経で、ドッジボールを無双している。中休みにはサッカーに誘われ、しかし文化系の生徒から共に読書をしようとせがまれ、悩ましい思いの人気者だ。
 中身が大人であるので、小学生の憧れの的になるのも頷ける。

 下校時間になり、ケツァルコアトルがヨワリ・エエカトルを……彼を迎えに小学校の校舎に足を踏み入れたときのこと。
 甘い匂いが漂うのを感じた。
 ああ、そうか、意識してはいなかったが、今週はバレンタインデーがあるのだ。一足早くチョコレートを交換する子もいるのだろう。
 二年四組の教室を覗いた。
 そこには、男子、女子に関わらず、チョコレートを持った子供に囲まれている、ヨワリ・エエカトルの姿があった。
「エエくん、これ、受け取って!」
 カボチャをかぶった女子生徒が興奮気味にチョコレートのパッケージを手渡している。
「ありがとう、感謝するのだよ」
 穏やかな愛想笑いを返して、ヨワリ・エエカトルが返す。その言葉に小学生たちが、わっと沸いた。自分も、自分も、とジャガー獣人の彼にチョコレートを押し付けていく。
「今日のハットトリック格好よかったぜ!」
「君のアシストがあればこそじゃないかね」
 獣の耳を生やしているのか、つけているのか、そんな少年が友情のチョコレートを渡すと、ヨワリ・エエカトルは冷静に、実力を認めて誉めるように返した。
 わいわいと生徒たちに囲まれるヨワリ・エエカトル。
 ……ふうん。
 ケツァルコアトルは、幼い姿のテスカトリポカを見て、少し鼻を鳴らした。心なしか不機嫌になっているような、そんな雰囲気を醸し出している。テスカトリポカに声をかけることなく、廊下に出た。
「あれ、エエカトルくんのお兄ちゃんだ」
 キョンシー姿の男の子に声をかけられ、ケツァルコアトルは顔を下へ向ける。きれいにラッピングされたチョコレートを持った子は、ぱちくりと瞬きをしていた。
「エエカトルくんを迎えに来たの?」
「ああ、そうなんだけど……人気者はなかなか帰れないらしくてね。こうして待っているのだよ」
 目線を合わせるために座り込んだケツァルが、苦笑しながら返す。ふうん、とキョンシーの子が声を漏らした。
 そうして、持っていたチョコレートを見て、教室の中を見て、そわそわし始める。
 ああ、この子もテスカトリポカにチョコレートを贈るのか……。
 テスカトリポカはみんなに人気なのだ。自分だけのテスカでは、もうないのだ。
 そんな寂しい気持ちに蓋をする。ケツァルは笑った。
「いいよ、渡しておいで。ここでゆっくり待っているから」
 大学生のお兄さんに優しく言われ、キョンシーの男の子の表情は、ぱあっと明るくなっていく。
「うん!」
 にこにこと笑顔で見送るケツァルコアトルの心の隅。およそ小学生に向けるものではない感情が、チリチリと渦巻いていた。
 子供の姿のテスカトリポカに、浮気者、なんて……どうして言えるだろうか。
 彼を置いてエルドラドから出ていったのは自分なのに、それを棚に上げて、俺のことも見て、だなんて、厚かましくはないか。

「モテるんだな」
 帰り道、何となくそう話しかけた。小学校の教員が用意してくれた紙袋にチョコレートを詰め込んで持ち帰っているヨワリ・エエカトルに。
 ケツァルコアトルはからかいの気持ち半分、何やらよく分からない薄暗い気持ち半分で、彼の返答を待つ。
「それで?」
 ヨワリ・エエカトルは。
 テスカトリポカは。
 少し得意気に、疑問系の言葉を返すのみだった。
「それでって?」
「私がモテると、君は困るのかね?」
「困りはしないだろ。何を突然言い出すんだね、きょうだい」
 呆けたように瞬きをするケツァルの目の前で、赤いランドセルが揺れる。テスカトリポカは口角を上げて、上機嫌のようだ。
 ケツァルを見上げて言うのだ。
「不機嫌のようではないか、ケツァルコアトルよ? 私が不特定多数から愛されることを、望んでいないかのようだよ」
 挑発だ。ケツァルは察した。この男は、ケツァルコアトルが若干拗ねていることを分かっている。分かっていて、得意になっている。
 ケツァルコアトルの一番は私だろう?
 そう言わんばかりに胸を張っているし、再確認するために問いを投げ掛けてきているのだ。
 ……意地悪。
 ケツァルの不機嫌度が、少しだけ上がった。
「で。ケツァルからのチョコレートはないのかね? 心待ちにしているのだが?」
 さらりとそんなことを言うテスカトリポカは、片手をうんと伸ばして、ケツァルコアトルに向けていた。
「……ちょっと待とうか、テスカトリポカ」
「何だね?」
「それだけ貰っておいて、まだほしいのかね?」
「何を言うのだよ、君ィ。私がほしいのはチョコレートではなく、君からの……そう、他ならぬ君からの心からの贈り物だとも。ないのかね?」
「……バレンタイン当日に、渡すつもりだったんだが」
「ふむ、なるほど? ならばその日を楽しみに過ごすとしようか」
 ガサリと紙袋が鳴る。
 赤いランドセルがすたすたと歩き出す。
 ケツァルコアトルは、自分の拗ねた気持ちが見透かされているような気になって、口を手でおおって大いに照れた。
 ケツァルコアトルからの愛情を疑いもしないのだろう小学生姿の彼は、家の前で立ち止まり、こちらを振り返り、少し自慢げに笑っていた。

「……小学生の癖に」

 ちょっと悔しい。
 子供の姿のジャガー獣人に、あっさりと愛をささやかれるなんて。
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