対等アンバランス
バランバランにはなれない
怖い夢を見た。
誰もいない夢だ。
ショロトルがいなくなった。イツァムナーも申し訳なさそうな顔をして出ていった。そして。
テスカトリポカは、振り向くことなく姿を消した。
ベッドの上で飛び起きる。ど、ど、ど、ど。脈拍が早くなっていた。心なしか呼吸も荒い。涙が込み上げてきた。
あのテスカトリポカは、自分だ。
順番は前後するが、あれは、テスカトリポカが見た光景だ。
置いていかれたのは、彼だ。
置いていったのは、自分だ。
ばくん、ばくん、ばくん、ばくん。心臓が痛いくらい跳ねている。
夢の中のケツァルコアトルは、ただ呆然としていた。置いていかれる覚悟もできていないうちに、みんな消えてしまったからだ。
何もなかった。夢の中は、あまりにも何もなかった。神殿ですらなかった。広い広い空間で、一人、ぽつねんと立って、きょうだいが揃っていなくなるのを、何も言えずに見ているしかできなかった。
テスカトリポカも、こんな気持ちだったのだろうか……。
虚しかった。どうして、と口に出そうとして、どうしてもこうしても、自分のせいなのではないかと怖くなった。
毛布を被る。毛布ごと、自分を抱き締める。何がなんだか分からない涙が出てきて、ひっ、とひきつった呼吸が肺を震わせた。
「俺のせいなのかな……俺のせいなのか……だってお前が悪いんだ、俺は悲しかった……これで痛み分けだと思ったんだ……体の真ん中にヒビが入るくらい苦しいなんて……思わなくて……」
半身が振り返りもせず自分の前からいなくなる。
よく考えればそれは、相当につらい状況のはずだ。
だが、出ていった側だってつらかったのだ。ケツァルコアトルだって、何も考えずにエルドラドを去った訳ではないだろう。
自分がいなくなって悔しがれ、とは思っていた。
お前がいなくなって痛んだ心の分、お前の心も痛めばいい、と思っていた。
こんな。
こんな、引き裂くような痛みが走っていたなんて、思わなかった。
「あっ……ああっ……」
嗚咽を漏らしてベッドにうずくまるケツァルコアトルの背を、やわい肉球がさらりと撫でた。
「夢見が悪かったのだね、きょうだい」
上から降ってくる声に、ケツァルコアトルは涙を流しながら体勢を変える。テスカトリポカの顔を見ようと、ぐっと顔を持ち上げた。
「……鼻水出てるよ、ケツァルコアトル」
「出してんだよ、うっさい」
「どういう買い言葉だね、それは」
テスカトリポカがベッドに座り込む。彼の体重分、ベッドが沈んだ。ジャガーの獣人は泣きじゃくる竜蛇に、両腕を広げる。おいで、と一言。ハグをしてくれるらしかった。
ケツァルコアトルは迷わずテスカトリポカの腕の中に飛び込む。服に涙と鼻水がつこうと、お構いなしに。それはテスカトリポカも同じことだったようで、べそべそと泣くケツァルの顔を胸に押し当てて、大丈夫、大丈夫だよ、と珍しく静かにささやいていた。
「俺を殴っていい」
涙ながらに訴えるケツァツコアトルに、テスカトリポカはポカンとした。寝起きで泣きじゃくるきょうだいが、いきなり殴っていいぞなんて言うのだ。意味が分からない。
「俺は、お前を置いていったから! 独りに、してしまったから! 何も……お前だけを、置き去りにすること、なかったんだ! ごめん、ごめん、出ていってごめん、でも、俺は、出ていいかなきゃって……」
「私のほうこそ、出ていかせてすまなかったね」
水を吸って色が変わったテスカトリポカの服は、テスカトリポカとケツァルコアトルの体温を揃って奪っていった。寒くて、悲しくて、テスカトリポカにぎゅう、と密着するケツァルは、まるで駄々をこねる子供のように声なき声で唸っている。
「だがね、もう離さないよ。離すものかね。君は今、ここにいる。私の前にいる。掴んだからには離さぬよ……分かるね?」
「うん……うん……」
「二度とバラバラにならぬよう、君のほうからも私を掴んでいてくれると喜ばしいのだがね。どうだね、きょうだい」
「うん!」
ひぐっ、と下手な呼吸をして、ケツァルコアトルはテスカトリポカを抱き締めた。顔を埋めた彼の肩は、水浸しで冷たかった。
「風呂を沸かそう。寝起きで泣いたから疲れただろう? 温まっておいで、きょうだい」
「……お前も、あったまれよ。ビッショビショの服なんか脱いで……今日は、寒いから」
「ふむ……そうしようか。一緒に入るかね? なんて」
「……うん」
「本気かね、君ィ」
男二人で入るにはいささか狭いぞう? あの浴槽。
テスカトリポカの言葉に、彼の服を掴んで、ケツァルコアトルが返した。
「俺だって、掴んだからには離さぬよ」
「お見それした」
立てるかい? と尋ねられ、竜蛇は頷いた。
風呂の前に、コーヒーでも淹れよう。
そしてテスカトリポカはケツァルコアトルに話すのだ。
置いていかれた者など、もういない、と。
怖い夢を見た。
誰もいない夢だ。
ショロトルがいなくなった。イツァムナーも申し訳なさそうな顔をして出ていった。そして。
テスカトリポカは、振り向くことなく姿を消した。
ベッドの上で飛び起きる。ど、ど、ど、ど。脈拍が早くなっていた。心なしか呼吸も荒い。涙が込み上げてきた。
あのテスカトリポカは、自分だ。
順番は前後するが、あれは、テスカトリポカが見た光景だ。
置いていかれたのは、彼だ。
置いていったのは、自分だ。
ばくん、ばくん、ばくん、ばくん。心臓が痛いくらい跳ねている。
夢の中のケツァルコアトルは、ただ呆然としていた。置いていかれる覚悟もできていないうちに、みんな消えてしまったからだ。
何もなかった。夢の中は、あまりにも何もなかった。神殿ですらなかった。広い広い空間で、一人、ぽつねんと立って、きょうだいが揃っていなくなるのを、何も言えずに見ているしかできなかった。
テスカトリポカも、こんな気持ちだったのだろうか……。
虚しかった。どうして、と口に出そうとして、どうしてもこうしても、自分のせいなのではないかと怖くなった。
毛布を被る。毛布ごと、自分を抱き締める。何がなんだか分からない涙が出てきて、ひっ、とひきつった呼吸が肺を震わせた。
「俺のせいなのかな……俺のせいなのか……だってお前が悪いんだ、俺は悲しかった……これで痛み分けだと思ったんだ……体の真ん中にヒビが入るくらい苦しいなんて……思わなくて……」
半身が振り返りもせず自分の前からいなくなる。
よく考えればそれは、相当につらい状況のはずだ。
だが、出ていった側だってつらかったのだ。ケツァルコアトルだって、何も考えずにエルドラドを去った訳ではないだろう。
自分がいなくなって悔しがれ、とは思っていた。
お前がいなくなって痛んだ心の分、お前の心も痛めばいい、と思っていた。
こんな。
こんな、引き裂くような痛みが走っていたなんて、思わなかった。
「あっ……ああっ……」
嗚咽を漏らしてベッドにうずくまるケツァルコアトルの背を、やわい肉球がさらりと撫でた。
「夢見が悪かったのだね、きょうだい」
上から降ってくる声に、ケツァルコアトルは涙を流しながら体勢を変える。テスカトリポカの顔を見ようと、ぐっと顔を持ち上げた。
「……鼻水出てるよ、ケツァルコアトル」
「出してんだよ、うっさい」
「どういう買い言葉だね、それは」
テスカトリポカがベッドに座り込む。彼の体重分、ベッドが沈んだ。ジャガーの獣人は泣きじゃくる竜蛇に、両腕を広げる。おいで、と一言。ハグをしてくれるらしかった。
ケツァルコアトルは迷わずテスカトリポカの腕の中に飛び込む。服に涙と鼻水がつこうと、お構いなしに。それはテスカトリポカも同じことだったようで、べそべそと泣くケツァルの顔を胸に押し当てて、大丈夫、大丈夫だよ、と珍しく静かにささやいていた。
「俺を殴っていい」
涙ながらに訴えるケツァツコアトルに、テスカトリポカはポカンとした。寝起きで泣きじゃくるきょうだいが、いきなり殴っていいぞなんて言うのだ。意味が分からない。
「俺は、お前を置いていったから! 独りに、してしまったから! 何も……お前だけを、置き去りにすること、なかったんだ! ごめん、ごめん、出ていってごめん、でも、俺は、出ていいかなきゃって……」
「私のほうこそ、出ていかせてすまなかったね」
水を吸って色が変わったテスカトリポカの服は、テスカトリポカとケツァルコアトルの体温を揃って奪っていった。寒くて、悲しくて、テスカトリポカにぎゅう、と密着するケツァルは、まるで駄々をこねる子供のように声なき声で唸っている。
「だがね、もう離さないよ。離すものかね。君は今、ここにいる。私の前にいる。掴んだからには離さぬよ……分かるね?」
「うん……うん……」
「二度とバラバラにならぬよう、君のほうからも私を掴んでいてくれると喜ばしいのだがね。どうだね、きょうだい」
「うん!」
ひぐっ、と下手な呼吸をして、ケツァルコアトルはテスカトリポカを抱き締めた。顔を埋めた彼の肩は、水浸しで冷たかった。
「風呂を沸かそう。寝起きで泣いたから疲れただろう? 温まっておいで、きょうだい」
「……お前も、あったまれよ。ビッショビショの服なんか脱いで……今日は、寒いから」
「ふむ……そうしようか。一緒に入るかね? なんて」
「……うん」
「本気かね、君ィ」
男二人で入るにはいささか狭いぞう? あの浴槽。
テスカトリポカの言葉に、彼の服を掴んで、ケツァルコアトルが返した。
「俺だって、掴んだからには離さぬよ」
「お見それした」
立てるかい? と尋ねられ、竜蛇は頷いた。
風呂の前に、コーヒーでも淹れよう。
そしてテスカトリポカはケツァルコアトルに話すのだ。
置いていかれた者など、もういない、と。
