ちょっと遊ぼうか
ちょっと泊めてくれまいか
その日、東京にケツァルコアトルの爆笑が響いた。
赤いランドセルを背負った少年が、練馬の住宅街を行く。
その容貌は美少年と呼ぶに差し支えがなく、長い髪を金の髪飾りで上品にまとめているのも相まって、良いところの子、という印象を見る者に与えていた。
服装も上品である。全体的にダークカラーでまとめてあるのが、その美少年を大人っぽく見せていた。
少年がチャイムを押す。
この家はたしか、エルドラドからの転光生に、家主が貸していたものだ。白い体で、毛先に近づくにつれ色が濃くなっていく不思議な髪と、極彩色の翼を持った竜だか蛇だかの青年が住んでいる。
大学生ではなかったか。
その大学生の家に、ランドセルを背負っているあたり小学生だろう。その年頃の子が何の用だと、近所の人々が興味深そうに眺めている。
少年はそんなこと知ったことではないというように澄まし顔で、住人が出てくるのを待っていた。
ガチャリ、と扉が開く。
「誰だね、今日は大学が休みだから、昼まで寝てるつもりだったっていうのに」
肩の部分がざっくりと開いたタートルネックに、スキニーパンツという出で立ち。若干眠そうではあるが、知性と美しさを感じさせる顔立ち。
竜の青年が玄関から出てくると、赤いランドセルの美少年はにっこりと笑って手を振った。
「ケツァルコアトル!! しばらく泊めてはくれまいかね!!」
少年の美貌に似つかわしくない大声に、ご近所の皆様は呆気にとられ……そして
「はぁ!? お前テスカトリポカかね!? ちっさ!! いや、何があったというのだよ!!」
美しい出で立ちの青年の大声に、ああ、親族だ、間違いない、親族だ、と確信するに至ったのだった。
二人ともうるさい。
練馬区の住宅街に、ケツァルコアトルの爆笑が響いている。近所の皆様はケツァルの騒々しさに慣れてらっしゃるのか、苦情も言わなければ通報もしない。
いや、苦情は言っていいと思うのだが。
家に上がった客であるテスカトリポカ……そう、練馬に拠点を持つギルド、ウォーモンガーズで最前線指揮官を務めている、あのテスカトリポカは、ずいぶんと小さくなった体で、出された茶をすすっていた。
「つまり、あれか? 大人の姿の義体が、稼働させすぎて大爆発したと! それが直るのに一ヶ月は要すると! くっ……はっはっはっは!」
「相変わらず君は品のない笑い方をするのだね、ケツァルよ」
義体を修理に出す羽目になったテスカトリポカは、蒲田にあるギルドのギルドマスターに、直るまでの間、これに入って待っててくれ、と子供の体を渡されたという。
恐らく、子供の体ならば無茶な動きはすまいという考えあってのことだろうが、甘いと言わざるを得ない。
テスカトリポカはどのような姿であっても一定の無茶はするのだ。
「学園軍獄では、幼い姿の私を気遣ってか、それとも仕事ができない幼子は邪魔なのか、やけに恭しく扱われてね……居づらくなってしまったのだよ」
「居づらい? 遠慮なんて概念がお前にあったとはね」
「遠慮ではないよ」
「じゃあ何だね?」
「私の親衛隊が大張り切りでね。まあ、美少年と化した私を見て士気が上がるのは悪いことではないんだが、どうにも私にべったりで、学業も兵士としての務めも疎かになる始末」
「ふふ……すまない、ちょっと想像できた」
「そうしたらタネトモ参謀が、事態の元凶は最前線指揮官でいらっしゃいますよね、と、こう言うのだよ」
「追い出されたのか」
「摘まみ出されたのだよ」
ふっははは!
ケツァルコアトルの爆笑が再び響く。
そこで、幼い姿のテスカトリポカは、学園軍獄の外にいる知人か家族に頼るほかなくなったというわけである。
ケツァルコアトルの家に来たのは、純粋に、学園軍獄と近いからだ。ショロトルやイツァムナーの住む場所まで行けるほど、幼子の体は丈夫ではない。
「しばらく泊めるのは構わんがね、きょうだい」
面白いものを見るかのようなニヤニヤ顔で、ケツァルコアトルは言う。
「そのランドセルは何だよ?」
「義体が直るまでの一ヶ月、小学生として過ごすことを提案されたのだよ。近くに大学附属の小学校があるから、そこに通ってはいかがです、とね」
「参謀に?」
「参謀に」
「面白がられてないか、それ」
「半分遊ばれているだろうね。悪くはないが」
普段溜まっている鬱憤をここで晴らしに来たか。
タネトモ参謀の意地が悪いとも言える提案に、テスカトリポカは乗った。別に小学生になりたいわけではない。その「大学附属の小学校」とやらに、用があるのだ。
「ケツァル。ここらで小学校が附属している大学といえば、君が通うそこ以外にあるまいよ」
「……あっ! あの参謀、テスカを押し付けるためにそんな提案を!」
「気づくのが遅いなあ、君ィ! 端から君をあてにする気でいたのだよ、参謀も、私もね」
「まあいいや。面白いし」
「君はそういう奴だった」
からからと笑うケツァルコアトルは、小さくなったテスカトリポカの頬を指先でつついて遊ぶ。ぷにぷにだな、と笑う竜に、やめふぁまえよ、と苦情を申し立てるジャガー獣人の、しょうのない同居生活が始まるのだった。
その日、東京にケツァルコアトルの爆笑が響いた。
赤いランドセルを背負った少年が、練馬の住宅街を行く。
その容貌は美少年と呼ぶに差し支えがなく、長い髪を金の髪飾りで上品にまとめているのも相まって、良いところの子、という印象を見る者に与えていた。
服装も上品である。全体的にダークカラーでまとめてあるのが、その美少年を大人っぽく見せていた。
少年がチャイムを押す。
この家はたしか、エルドラドからの転光生に、家主が貸していたものだ。白い体で、毛先に近づくにつれ色が濃くなっていく不思議な髪と、極彩色の翼を持った竜だか蛇だかの青年が住んでいる。
大学生ではなかったか。
その大学生の家に、ランドセルを背負っているあたり小学生だろう。その年頃の子が何の用だと、近所の人々が興味深そうに眺めている。
少年はそんなこと知ったことではないというように澄まし顔で、住人が出てくるのを待っていた。
ガチャリ、と扉が開く。
「誰だね、今日は大学が休みだから、昼まで寝てるつもりだったっていうのに」
肩の部分がざっくりと開いたタートルネックに、スキニーパンツという出で立ち。若干眠そうではあるが、知性と美しさを感じさせる顔立ち。
竜の青年が玄関から出てくると、赤いランドセルの美少年はにっこりと笑って手を振った。
「ケツァルコアトル!! しばらく泊めてはくれまいかね!!」
少年の美貌に似つかわしくない大声に、ご近所の皆様は呆気にとられ……そして
「はぁ!? お前テスカトリポカかね!? ちっさ!! いや、何があったというのだよ!!」
美しい出で立ちの青年の大声に、ああ、親族だ、間違いない、親族だ、と確信するに至ったのだった。
二人ともうるさい。
練馬区の住宅街に、ケツァルコアトルの爆笑が響いている。近所の皆様はケツァルの騒々しさに慣れてらっしゃるのか、苦情も言わなければ通報もしない。
いや、苦情は言っていいと思うのだが。
家に上がった客であるテスカトリポカ……そう、練馬に拠点を持つギルド、ウォーモンガーズで最前線指揮官を務めている、あのテスカトリポカは、ずいぶんと小さくなった体で、出された茶をすすっていた。
「つまり、あれか? 大人の姿の義体が、稼働させすぎて大爆発したと! それが直るのに一ヶ月は要すると! くっ……はっはっはっは!」
「相変わらず君は品のない笑い方をするのだね、ケツァルよ」
義体を修理に出す羽目になったテスカトリポカは、蒲田にあるギルドのギルドマスターに、直るまでの間、これに入って待っててくれ、と子供の体を渡されたという。
恐らく、子供の体ならば無茶な動きはすまいという考えあってのことだろうが、甘いと言わざるを得ない。
テスカトリポカはどのような姿であっても一定の無茶はするのだ。
「学園軍獄では、幼い姿の私を気遣ってか、それとも仕事ができない幼子は邪魔なのか、やけに恭しく扱われてね……居づらくなってしまったのだよ」
「居づらい? 遠慮なんて概念がお前にあったとはね」
「遠慮ではないよ」
「じゃあ何だね?」
「私の親衛隊が大張り切りでね。まあ、美少年と化した私を見て士気が上がるのは悪いことではないんだが、どうにも私にべったりで、学業も兵士としての務めも疎かになる始末」
「ふふ……すまない、ちょっと想像できた」
「そうしたらタネトモ参謀が、事態の元凶は最前線指揮官でいらっしゃいますよね、と、こう言うのだよ」
「追い出されたのか」
「摘まみ出されたのだよ」
ふっははは!
ケツァルコアトルの爆笑が再び響く。
そこで、幼い姿のテスカトリポカは、学園軍獄の外にいる知人か家族に頼るほかなくなったというわけである。
ケツァルコアトルの家に来たのは、純粋に、学園軍獄と近いからだ。ショロトルやイツァムナーの住む場所まで行けるほど、幼子の体は丈夫ではない。
「しばらく泊めるのは構わんがね、きょうだい」
面白いものを見るかのようなニヤニヤ顔で、ケツァルコアトルは言う。
「そのランドセルは何だよ?」
「義体が直るまでの一ヶ月、小学生として過ごすことを提案されたのだよ。近くに大学附属の小学校があるから、そこに通ってはいかがです、とね」
「参謀に?」
「参謀に」
「面白がられてないか、それ」
「半分遊ばれているだろうね。悪くはないが」
普段溜まっている鬱憤をここで晴らしに来たか。
タネトモ参謀の意地が悪いとも言える提案に、テスカトリポカは乗った。別に小学生になりたいわけではない。その「大学附属の小学校」とやらに、用があるのだ。
「ケツァル。ここらで小学校が附属している大学といえば、君が通うそこ以外にあるまいよ」
「……あっ! あの参謀、テスカを押し付けるためにそんな提案を!」
「気づくのが遅いなあ、君ィ! 端から君をあてにする気でいたのだよ、参謀も、私もね」
「まあいいや。面白いし」
「君はそういう奴だった」
からからと笑うケツァルコアトルは、小さくなったテスカトリポカの頬を指先でつついて遊ぶ。ぷにぷにだな、と笑う竜に、やめふぁまえよ、と苦情を申し立てるジャガー獣人の、しょうのない同居生活が始まるのだった。
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