おお、魔性なる者よ
「我が妻よ、このオレと逢瀬をせぬか。来週の金曜、放課後に、新宿駅で待つ」
「サモナー、来週の金曜日は空いているだろうか。良ければ俺と出かけてほしい」
「喜べ、我が花婿よ。翌週の金曜、放課後に、このクロードとの逢瀬を差し許す」
サモナーの端末に、ほぼ同時に届いたメッセージ。同じ日の同じ時間を指定したそれは、用件すらも同じだった。
示し合わせたようなタイミングで届いたそれらに、サモナーはすぐに返信ボタンをタップした。
メッセージを寄越してきた三人……オピオーン、トウジ、クロードに、全く同じ文面を打つ。
「何を目的に、何人で同じ文面を送ってるの?」
送信して三分も経たないうちに、返信は来た。真っ先にトウジから。次にクロードから。
「すまない。メッセージを送っているのは俺たち三人のみだ。ひょんなことから顔を合わせることになってな。誰が一番サモナーに相応しいかという話になったんだ」
「サモナーよ、貴様は我が花婿であり、青き剣士の背を預かる者であり、黄金の竜の妻である。皆、貴様に選ばれたという誉れを欲しているのだ」
その文面で、なんとなく察しがついた。
誰がサモナーにとっての特別かを、張り合ってでもいるのだろう。だから同じ誘いを、せえの、で送ってきたというわけだ。
サモナーの端末がメッセージの受信を告げる。オピオーンからだった。
「妻よ、貴様が誰を選ぼうとオレは構わぬ。最後にはこのオピオーンのもとへ戻って来るのだからな。浮気だなどと喚く、狭量なオレではない」
創世の竜と、退魔の剣士と、熱狂の皇帝。
誰もがサモナーからの「特別」を望んでいる。
誰もが他二人には負けぬと張り合っている。
サモナーはタタタと画面を叩き、メッセージを送信した。
「分かった。来週の金曜日、放課後に新宿駅で」
約束の日時、崎守トウジは新宿駅の前に立つオピオーンと目があった。木陰に目をやれば、優雅に足を組んで座るクロードの姿がある。
サモナーからの待ち合わせのメッセージを受け取ったのは、自分一人ではないと、そこで気づいた。全員を集めることにしたのだと分かり、自然とため息が漏れて出た。
向こうからサモナーが歩いてくる。
「お待たせ」
そう呑気に声をかけてくるサモナーに、崎守トウジは足早に歩み寄る。
「俺たちが張り合っていることは知っているはずだ。何故、全員を集めた。これならば三人とも断られた方が精神衛生上マシだったが?」
詰め寄られているサモナーは、トウジをまっすぐ見て返していた。
「誰か一人からのアプローチしか見ずに、好き合う対象を決めるだなんて、フェアじゃないでしょ」
三人はほぼ同じ解釈をした。
これは試験なのである、と。
三人の振る舞いをサモナーが見て、誰を自らの隣に据えるべきか見定めるつもりなのだ、と。
負けるわけにはいかない、とトウジが燃えた。
見事にエスコートをして見せて、サモナーの背中を、そして心を任されたいと切に願った。
負けるはずもない、とオピオーンが誇った。
至高の妻に産み出された自分が、今世の妻と定めしサモナーを満足させられぬはずがないと、胸を張った。
負けたくはないが、とクロードが思案した。
自分はエスコートされることを好む性質であるから、サモナーをもてなすことにおいては不利ではないか、と、考え込んでいた。
「じゃあ、そこら辺を歩こうか」
何の気なしにサモナーが言う。
三人は緊張感と覇気をまとい、サモナーの後ろをついて歩いた。端から見れば異様な集団に映ったことだろう。
思うままに行くサモナーを、三人が注視する。
「サモナー、その、日差しが強くはないだろうか? 日傘がある。差すがいい」
ぎこちなくも精一杯、サモナーを守ろうとするのはトウジである。彼は紺色の日傘を開き、サモナーの頭上へと掲げる。
「ありがとう、トウジ。でも、日差しに弱いのはクロードも一緒だから、クロードに日傘を貸してあげて」
トウジの好意を無碍にすることなく、真に必要としている者を手で指し示すサモナーは、渋々といった様子で日傘をクロードに渡すトウジに、微笑みを向けた。
そうして、トウジが羽織る学ランを貸してくれと要求。不思議そうな様子で貸してくれるトウジに再び礼を言い、そのまま、学ランをすっぽりと頭から被った。
「いい日除けになるよ、助かる!」
高校生のバイト代でソフトクリームを四人分買い求め、クロードたちに手渡すサモナーである。
道に段差があればクロードに手を差し伸べ、足元に気をつけて、と声を掛ける。
人通りが多ければ、クロードが歩き疲れないよう様子を見、適度に休憩を挟む。
いつもと変わらぬもてなしぶりに、花婿は本当に自分たちをテストしているのか疑わしくなるクロードだ。
「妻よ、歩き疲れてきたのではないか?」
歩くペースがやや落ちてきたサモナーに、オピオーンがそう声を掛けた。新宿のあちこちを歩き、何でもない会話をして歩いてきた。
サモナーは楽しそうであったが、だからといって疲れていないわけではあるまい。
オピオーンが両腕を広げ、サモナーを受け入れる姿勢を示せば、サモナーは素直に黄金の彼を頼ってきてくれた。
抱き上げられ、そのまま身を預ける。
魔性である、と、三人は感じてしまった。
自然体で、トウジに助けられ、クロードを導き、オピオーンに守られるサモナーを……三人はそれぞれ、魔性の魅力を持つ者であると、認識した。
そして、これが試験でも何でもないことにも、ようやく気がついた。
サモナーは三人を、それぞれ同程度好きなのだ。ただそれを伝えるためだけに街を歩いていた。
誰の勝ちでもなかった。
強いて言うなら、サモナーの一人勝ちだった。
オピオーンはトウジに目をやる。サモナーの背を預かろうと気負う、愚直な間男を。
対等な立場からサモナーを護っていくと決めているのだろう崎守トウジが、黄金竜の目には頼もしく映っていた。
トウジはクロードに意識を向ける。存外体力のない、花婿を待つ姫君のような男を。
サモナーの強さを認め、受け入れ、守られることを選べるクロードが、剣士の目には清々しく映っていた。
クロードはオピオーンに視線を寄越す。自分とは違い、サモナーを妻とする男を。
……やや、高慢な一面を持つ男を。
最後に自分の隣にサモナーが立っていれば、それで良いと……自分こそがサモナーにとって最初の男であり、最後の男でもあると誇るオピオーンが、皇帝の目にはたくましく映っていた。
皆、同じだった。
立場は違えども、皆、サモナーに抱く熱い思いは同じだったのだ。
サモナーは三人のうちの誰かを特別視はしないのだろう。皆、平等なのだろう。
それは分かったが。
この二人には、どうしたって負けてはいられない、と。お互いをライバルだと認め合った三人が、チリチリと熱い視線をお互いに向けて……。
不敵に笑んで、睨み合った。
「サモナー、来週の金曜日は空いているだろうか。良ければ俺と出かけてほしい」
「喜べ、我が花婿よ。翌週の金曜、放課後に、このクロードとの逢瀬を差し許す」
サモナーの端末に、ほぼ同時に届いたメッセージ。同じ日の同じ時間を指定したそれは、用件すらも同じだった。
示し合わせたようなタイミングで届いたそれらに、サモナーはすぐに返信ボタンをタップした。
メッセージを寄越してきた三人……オピオーン、トウジ、クロードに、全く同じ文面を打つ。
「何を目的に、何人で同じ文面を送ってるの?」
送信して三分も経たないうちに、返信は来た。真っ先にトウジから。次にクロードから。
「すまない。メッセージを送っているのは俺たち三人のみだ。ひょんなことから顔を合わせることになってな。誰が一番サモナーに相応しいかという話になったんだ」
「サモナーよ、貴様は我が花婿であり、青き剣士の背を預かる者であり、黄金の竜の妻である。皆、貴様に選ばれたという誉れを欲しているのだ」
その文面で、なんとなく察しがついた。
誰がサモナーにとっての特別かを、張り合ってでもいるのだろう。だから同じ誘いを、せえの、で送ってきたというわけだ。
サモナーの端末がメッセージの受信を告げる。オピオーンからだった。
「妻よ、貴様が誰を選ぼうとオレは構わぬ。最後にはこのオピオーンのもとへ戻って来るのだからな。浮気だなどと喚く、狭量なオレではない」
創世の竜と、退魔の剣士と、熱狂の皇帝。
誰もがサモナーからの「特別」を望んでいる。
誰もが他二人には負けぬと張り合っている。
サモナーはタタタと画面を叩き、メッセージを送信した。
「分かった。来週の金曜日、放課後に新宿駅で」
約束の日時、崎守トウジは新宿駅の前に立つオピオーンと目があった。木陰に目をやれば、優雅に足を組んで座るクロードの姿がある。
サモナーからの待ち合わせのメッセージを受け取ったのは、自分一人ではないと、そこで気づいた。全員を集めることにしたのだと分かり、自然とため息が漏れて出た。
向こうからサモナーが歩いてくる。
「お待たせ」
そう呑気に声をかけてくるサモナーに、崎守トウジは足早に歩み寄る。
「俺たちが張り合っていることは知っているはずだ。何故、全員を集めた。これならば三人とも断られた方が精神衛生上マシだったが?」
詰め寄られているサモナーは、トウジをまっすぐ見て返していた。
「誰か一人からのアプローチしか見ずに、好き合う対象を決めるだなんて、フェアじゃないでしょ」
三人はほぼ同じ解釈をした。
これは試験なのである、と。
三人の振る舞いをサモナーが見て、誰を自らの隣に据えるべきか見定めるつもりなのだ、と。
負けるわけにはいかない、とトウジが燃えた。
見事にエスコートをして見せて、サモナーの背中を、そして心を任されたいと切に願った。
負けるはずもない、とオピオーンが誇った。
至高の妻に産み出された自分が、今世の妻と定めしサモナーを満足させられぬはずがないと、胸を張った。
負けたくはないが、とクロードが思案した。
自分はエスコートされることを好む性質であるから、サモナーをもてなすことにおいては不利ではないか、と、考え込んでいた。
「じゃあ、そこら辺を歩こうか」
何の気なしにサモナーが言う。
三人は緊張感と覇気をまとい、サモナーの後ろをついて歩いた。端から見れば異様な集団に映ったことだろう。
思うままに行くサモナーを、三人が注視する。
「サモナー、その、日差しが強くはないだろうか? 日傘がある。差すがいい」
ぎこちなくも精一杯、サモナーを守ろうとするのはトウジである。彼は紺色の日傘を開き、サモナーの頭上へと掲げる。
「ありがとう、トウジ。でも、日差しに弱いのはクロードも一緒だから、クロードに日傘を貸してあげて」
トウジの好意を無碍にすることなく、真に必要としている者を手で指し示すサモナーは、渋々といった様子で日傘をクロードに渡すトウジに、微笑みを向けた。
そうして、トウジが羽織る学ランを貸してくれと要求。不思議そうな様子で貸してくれるトウジに再び礼を言い、そのまま、学ランをすっぽりと頭から被った。
「いい日除けになるよ、助かる!」
高校生のバイト代でソフトクリームを四人分買い求め、クロードたちに手渡すサモナーである。
道に段差があればクロードに手を差し伸べ、足元に気をつけて、と声を掛ける。
人通りが多ければ、クロードが歩き疲れないよう様子を見、適度に休憩を挟む。
いつもと変わらぬもてなしぶりに、花婿は本当に自分たちをテストしているのか疑わしくなるクロードだ。
「妻よ、歩き疲れてきたのではないか?」
歩くペースがやや落ちてきたサモナーに、オピオーンがそう声を掛けた。新宿のあちこちを歩き、何でもない会話をして歩いてきた。
サモナーは楽しそうであったが、だからといって疲れていないわけではあるまい。
オピオーンが両腕を広げ、サモナーを受け入れる姿勢を示せば、サモナーは素直に黄金の彼を頼ってきてくれた。
抱き上げられ、そのまま身を預ける。
魔性である、と、三人は感じてしまった。
自然体で、トウジに助けられ、クロードを導き、オピオーンに守られるサモナーを……三人はそれぞれ、魔性の魅力を持つ者であると、認識した。
そして、これが試験でも何でもないことにも、ようやく気がついた。
サモナーは三人を、それぞれ同程度好きなのだ。ただそれを伝えるためだけに街を歩いていた。
誰の勝ちでもなかった。
強いて言うなら、サモナーの一人勝ちだった。
オピオーンはトウジに目をやる。サモナーの背を預かろうと気負う、愚直な間男を。
対等な立場からサモナーを護っていくと決めているのだろう崎守トウジが、黄金竜の目には頼もしく映っていた。
トウジはクロードに意識を向ける。存外体力のない、花婿を待つ姫君のような男を。
サモナーの強さを認め、受け入れ、守られることを選べるクロードが、剣士の目には清々しく映っていた。
クロードはオピオーンに視線を寄越す。自分とは違い、サモナーを妻とする男を。
……やや、高慢な一面を持つ男を。
最後に自分の隣にサモナーが立っていれば、それで良いと……自分こそがサモナーにとって最初の男であり、最後の男でもあると誇るオピオーンが、皇帝の目にはたくましく映っていた。
皆、同じだった。
立場は違えども、皆、サモナーに抱く熱い思いは同じだったのだ。
サモナーは三人のうちの誰かを特別視はしないのだろう。皆、平等なのだろう。
それは分かったが。
この二人には、どうしたって負けてはいられない、と。お互いをライバルだと認め合った三人が、チリチリと熱い視線をお互いに向けて……。
不敵に笑んで、睨み合った。
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