勝ちの色花

 サモナーからのメッセージが届いてから、ガンダルヴァの調子は崩れた。宵越しの銭は持たないはずだった彼が、派手な攻め方をしなくなったことに、周囲は戸惑っていた。
 ギャンブルのキレが悪い。といえば、いいのだろうか。
 中途半端に勝っては賭け事をやめるし、中途半端に負けてもやめるようになっていた。
 どうやら小金を貯め込んでいるらしいと噂になったが、あのガンダルヴァが? という疑問には誰も答えられず、まさかなあ、と流された。

 どうとでも言いな。

 ガンダルヴァが明日を憂うように、慎重に賭けに興じる。少し勝ってはやめて、賭場を後にした。
 ガンダルヴァらしくない。
 そんな事は、ガンダルヴァ本人が一番分かっていた。

 サモナーがリトルワノクニに呼び出されたのは、ガンダルヴァがサモナーからのメッセージを受信して、七日後のことだった。
 あまりにも慎重に賭けすぎたせいで時間がかかってしまったのだと、ガンダルヴァはサモナーへのメッセージに言い訳のように書いた。
 会いたかったのは嘘じゃねえよ、と。
 ……着流しと下駄姿で、サモナーはリトルワノクニの町並みを歩く。獣人たちが着流しの上に羽織ものを着込んでいたのが見えた。
 時間は夜である。冷え込む時間帯に差し掛かっていた。上着を持ってくるべきだったと考えるサモナー。そんなサモナーに、声がかけられた。
 拳の効いた、色気ある男の声だ。

「その格好で寒くはねえのかい」

 井戸端に座り込んでサモナーを待っていた彼が……ガンダルヴァが、立ち上がるのが見えた。
 ガンダルヴァは翼を広げる。そのままサモナーを、翼の中にすっぽりと隠してしまう。夜気に当たらぬよう。人々の視線に晒されぬよう。
「なあ、主人殿よ」
 ガンダルヴァの声が、サモナーの耳元で響く。
「勝ちがほぼ決まったギャンブルなんぞに、心くすぐられることはねえんだが……一応、賭けさせてくれ」
 ガンダルヴァがサモナーの目の前に掲げたのは、ガンダルヴァが持っている端末。サモナーから受信したメッセージを、ご丁寧に表示させていた。

「自分を買っておきながら、何も手を出さないのは紳士だから? それとも、こういう一か八かは嫌いだったから?」

 高校生の、背伸びをした……そして、少しむくれたような文面。これを見てから、ガンダルヴァの調子は狂ったのだ。
 あんたがその気なら見せてやろうと、大人の底意地で賭け事に興じ、皆が疑うように小金を貯め込んだ。
 十中八九ガンダルヴァの勝ちだろうが、もしも勝ったならば、今宵、一銭も残さず金子を使い果たすつもりでいる。

「主人殿……あんたは俺にやられちまってる。……要するに、惚れてる。そうだろ?」

 でなければ、こんなにも挑戦的なメッセージを送るものか。
 有り金すべてを賭けてやる、さあ答えてくれ、とガンダルヴァはサモナーに、貯め込んてきたコインを押し付けた。
 サモナーの肩を優しく抱くガンダルヴァ。
 そんな彼に
 サモナーが静かに頷いた。
「……ガンダルヴァの、勝ちだよ。確かに自分は、ガンダルヴァにやられてる。……やられたかった。なのに、共寝はまだ早いなんて言われたもんたから」
「すまねえ。健全な青少年の明日を守ったつもりだった……余計なお世話ってやつだったがな……お前さんが俺に買われることを拒まなかった時点で、覚悟を決めるべきだったんだ」
 厚い胸板にサモナーの顔を押し付けるように、ガンダルヴァがサモナーを抱きしめる。甘く怪しい香りを吸い込むことになったサモナーは、目を半分閉じて問うた。
「覚悟は……決まった?」
「応よ」
 即座に返る、博徒の声。
 辛抱堪らなくなったか、サモナーがガンダルヴァに飛びかかるようにして、彼のクチバシを唇で食んだ。
 熱烈なキッスに、ガンダルヴァも腹を決めた。クチバシをぱくりと開けて、サモナーの口元を食み返す。
 ちゅ、と音を立てて、ガンダルヴァの舌がサモナーの舌を絡め取った。

「……お待たせした、主人殿。遅い共寝と行こうじゃねえか」

 花街にある宿屋まで、ガンダルヴァがサモナーの手を引き、連れて行く。猛禽類の瞳が、自分を好いて唇を明け渡した召喚主を捉え、ふと笑う。
「お前さんが着流しで良かったなぁ……脱がす手間が省けるってもんだ」
「恥ずかしくなるよ、そういう事言われると」
「なぁに。琵琶の音で踊り踊らせた仲じゃねえか。今度は別の踊りに耽るだけだ。緊張することはねえ」

 ガンダルヴァが貯め込んだ金子の額は、一等高い宿の、一等良い部屋の、一日分であったという。
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