我が愛するきょうだいよ

「ごめんな」
 サモナーに不意に謝られ、エルドラドの世界代行者はきょとんとした顔つきになった。
「自分はケツァルコアトルじゃない」
 そんなことを言うサモナーをじっと見る。
 サモナーは何を言っているのだろう。
「だから、何度きょうだいと呼ばれても、応えられないんだ……本当にごめん」
 きょうだいは、何をそんなに申し訳なさそうにしているのだろう。
 何故そんな今更なことで謝るのか。
 既に分かりきっている、そんなことで。

 いや、まあ。
 最初は同一人物かと思っていた。
 それは認めよう。
 テスカトリポカは誰にするでもない言い訳を頭の中で述べる。
 どこからどう見てもケツァルコアトルだと思ったのだ。思ってしまったのだ。
 記憶を持たない以外は、何から何までケツァルコアトルだったのだ。
 だが
 何十回、何百回とループして……何度も初対面を繰り返して、様々なサモナーの一面を見てきて、テスカトリポカはようやく思った。
 |この子《圏》はサモナーなのだ、と。
 ケツァルコアトルそのものではないのだと。

 時折、ケツァルコアトルらしさが鎌首をもたげることもあるが、それもまあ、仕方ない。
 サモナーは周囲の影響を受けやすいのだ。
 どこかの竜蛇の面影に寄ってしまうことも何度かあって、その度にループして、この子の中にばかり目を向けていたら、それで機嫌を損ねて距離を置かれることもあって……。
 何度か繰り返して、学習した……はずだと、テスカトリポカは思う。
 ……勿論、ケツァルコアトルの面影は見て取れるし、望む望まざるとにかかわらず、重なる瞬間はあるのだが。

 目の前にいるサモナーに、意識と視線を戻したテスカトリポカは、申し訳なさそうに俯く高校生に向かって、どう声をかけたら良いものかと考えを巡らせた。
「サモナー」
 結局それだけ言ったが。
 呼ばれた高校生は顔を上げ、テスカトリポカを見上げるようにまっすぐ視線を向けてくる。
 いいかね、とテスカが訊ね
 サモナーが頷いた。

「君がケツァルコアトルそのものではない、ということは、よく分かっているつもりだよ。……時々、混合してしまうがね」
「混合されても応えてやれないんだよ」
「うん、まあ、それは申し訳ない。……で、だけどもね。私から見れば、君とは長い付き合いだ。サモナーとケツァルコアトルの区別はつけて呼んでいるとも、きょうだい」
 本当に? とサモナーの訝しげな声が上がる。
 じゃあ何故きょうだいだなどと呼ぶのだ、と問われたテスカトリポカは、きっぱりと返した。
「君は東京で調達したきょうだいだからね」
「きょうだいを現地調達するなよ」
「とれたてピチピチで新鮮なきょうだいだね」
「やめんか」
 サモナーのぐーパンチがテスカトリポカの鳩尾に繰り出された。

 思いの外力が強かったのか、殴られた鳩尾に手を当てながらテスカトリポカは言う。
「サモナー……君はもしかしたら、ケツァルコアトルにならなくて良いのやもしれないね」
 その言葉に不思議そうな顔をして、首を傾げるサモナーである。
「ならなくて良いも何も、自分は最初からケツァルじゃないし」
 テスカトリポカは頷く。そして口を開く。
「うん、君は……寂しいけど、ケツァルコアトルそのものではない。だから、ケツァルコアトルに寄っていく必要も、ないのやもしれない」
「さっきから何言ってるのか分からないんだけど」
「今はまだ分からなくともいいよ」
 エルドラドの世界代行者が、八の字眉で笑った。

 黒い太陽は考える。
 今はまだ、この高校生が満足に戦える場を用意できていない。だが、もし、この子がこの子の意志で進むことを決めたならば、その時は……
 ああ、我が愛するケツァルコアトルきょうだい
 どうか、途中まででいい、途中まででいいから
 我が愛するサモナーきょうだいを、助けてやってはくれまいか。

 その隣に、私が居なくとも構わないから。
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