頑是ない
「変な常識もあったものだね?」
記憶喪失の高校生が放った言葉は、テスカトリポカを苦笑させた。
記憶喪失といったところで、基本的な常識や、前提となる知識は持ち合わせているのが、このサモナーである。
もともと居た世界の東京と勝手が違う、などと言っているが、どの東京に居たというのかは本人を含め、誰も分からない。
高校生であるので授業にも出席するし、数学や現代文などの成績は悪くないのだが、やはり引っかかる科目は存在したのだった。
「東京史」
日本史のようなものだろうか。壁に囲まれたこの東京の、二十年あまりの歴史を説くものだ。
なぜ壁に囲まれることになったのかは語られない。壁に囲まれ、転光生たちが堂々出現するようになってから変わってきた法律、人々の生活、世の中の常識を中心に、各異世界の特徴を大まかに語ったりしているようだ。
ようだ、と曖昧に濁しているのは、サモナーがそれについて行けていないからである。
転光生法、という法律のことなど知らないし、小学生の頃に教わる内容も勿論インストールされていない。
だから時折、世界代行者を巻き込んでお勉強会を開いているのである。
今回の教師役はテスカトリポカだった。
サモナーに「教えてほしい事がある」と言われたテスカトリポカは、内容を聞く前に「いいよ」と返したのだ。
サモナーに何を教えればいいのか、あらかじめ知っているかのように。
「転光生は転光生たる象徴……つまり身体的特徴を隠してはならない、という決まりがあってだね」
薄ら寒い差別のようなものを説明する転光生に、現地人……だろうと思われる高校生が、不思議そうに首を傾げている。
「なんでそんなルールがあるんだろう?」
「東京の政治に関わっているわけではないから深くは知らんがね……現地人に近しい見た目の転光生などは、その特徴をどう晒したものか悩ましかったろう。私なんかは隠しようがないから楽だよ」
「いいなあ、テスカは」
「そこ羨ましがられてもね」
異質な者への恐怖か、制限か。
それは分からないが、現地人との間には、たしかに深い溝がある。
そう語るテスカトリポカに、サモナーらやはり首を傾げていた。
そうして。
「変な常識もあったものだね?」
記憶喪失の高校生が放った言葉は、テスカトリポカを苦笑させた。
今のサモナーに、この東京の歩き方を教えたのは、この東京での注意事項を伝えたのは、この東京での常識的な振る舞いを説いたのは、テスカトリポカだ。
以前のサモナーに教わった通りの知識を、そのまま現在のサモナーに返しているだけに過ぎない。
テスカトリポカだって何も知らなかった。
不思議そうに首を傾げて、サモナーと全く同じ言葉を口にした事だってある。そうすると、以前のループのサモナーは苦笑して、そして、今のテスカトリポカと同じ事を返したのだ。
「君は変に頑是ないね、きょうだい」
頑是ない、と言われて不服だったらしい。
サモナーは口を尖らせてテスカトリポカを見る。
テスカトリポカも昔そうしたように。
「常識なんて、所変われば品変わる、だよ」
生き物のように変遷していくべきものだと、サモナーは主張する。それはお説ご尤もなのだが、今の常識はこれなのだから致し方あるまいと、テスカトリポカは笑う。
高校生は、まだ不服そうだった。
「そうだ、政治家になろうかな?」
「ほう?」
「転光生と現地人の架け橋になれるように! それで、転光生の制限された権利を拡大して、現地人には不安を与えないようケア政策を」
「うちの学生議員が聞いたら泡を吹きそうだなあ」
いい考えだと思うんだけどな、と言う高校生に、エルドラドの世界代行者は少しばかり目を細める。……今まで一度だって、成人を迎えられていない東京のきょうだいに、眼差しを向ける。
「やっぱり、君は変に頑是ないよ」
ジャガーの言葉に、サモナーが返した。
「鏡写しの関係だって忘れてないよね、それ?」
「おっと」
二人が、ふ、と吹き出すのは同時だった。
ひとしきり可笑しそうに笑って、顔を見合わす。
「勉強会はおしまい。テスカ、何か食べに行こう。バイト代が入ったから奢ってあげよう!」
「カレーが食べたい」
「うわ出た、辛いの平気で食べるんだもんお前」
何だね私の勝手だろうきょうだい!
見てるこっちまで辛くなるんだよ!
そんな、しょうのないやり取りをしながら外に出る二人は、同世代の悪友かのようにカラカラと笑い合っていて。
もう少し……もう少しだけ、頑是ない振る舞いを許されたいと、世界代行者は思ってしまうのだ。
記憶喪失の高校生が放った言葉は、テスカトリポカを苦笑させた。
記憶喪失といったところで、基本的な常識や、前提となる知識は持ち合わせているのが、このサモナーである。
もともと居た世界の東京と勝手が違う、などと言っているが、どの東京に居たというのかは本人を含め、誰も分からない。
高校生であるので授業にも出席するし、数学や現代文などの成績は悪くないのだが、やはり引っかかる科目は存在したのだった。
「東京史」
日本史のようなものだろうか。壁に囲まれたこの東京の、二十年あまりの歴史を説くものだ。
なぜ壁に囲まれることになったのかは語られない。壁に囲まれ、転光生たちが堂々出現するようになってから変わってきた法律、人々の生活、世の中の常識を中心に、各異世界の特徴を大まかに語ったりしているようだ。
ようだ、と曖昧に濁しているのは、サモナーがそれについて行けていないからである。
転光生法、という法律のことなど知らないし、小学生の頃に教わる内容も勿論インストールされていない。
だから時折、世界代行者を巻き込んでお勉強会を開いているのである。
今回の教師役はテスカトリポカだった。
サモナーに「教えてほしい事がある」と言われたテスカトリポカは、内容を聞く前に「いいよ」と返したのだ。
サモナーに何を教えればいいのか、あらかじめ知っているかのように。
「転光生は転光生たる象徴……つまり身体的特徴を隠してはならない、という決まりがあってだね」
薄ら寒い差別のようなものを説明する転光生に、現地人……だろうと思われる高校生が、不思議そうに首を傾げている。
「なんでそんなルールがあるんだろう?」
「東京の政治に関わっているわけではないから深くは知らんがね……現地人に近しい見た目の転光生などは、その特徴をどう晒したものか悩ましかったろう。私なんかは隠しようがないから楽だよ」
「いいなあ、テスカは」
「そこ羨ましがられてもね」
異質な者への恐怖か、制限か。
それは分からないが、現地人との間には、たしかに深い溝がある。
そう語るテスカトリポカに、サモナーらやはり首を傾げていた。
そうして。
「変な常識もあったものだね?」
記憶喪失の高校生が放った言葉は、テスカトリポカを苦笑させた。
今のサモナーに、この東京の歩き方を教えたのは、この東京での注意事項を伝えたのは、この東京での常識的な振る舞いを説いたのは、テスカトリポカだ。
以前のサモナーに教わった通りの知識を、そのまま現在のサモナーに返しているだけに過ぎない。
テスカトリポカだって何も知らなかった。
不思議そうに首を傾げて、サモナーと全く同じ言葉を口にした事だってある。そうすると、以前のループのサモナーは苦笑して、そして、今のテスカトリポカと同じ事を返したのだ。
「君は変に頑是ないね、きょうだい」
頑是ない、と言われて不服だったらしい。
サモナーは口を尖らせてテスカトリポカを見る。
テスカトリポカも昔そうしたように。
「常識なんて、所変われば品変わる、だよ」
生き物のように変遷していくべきものだと、サモナーは主張する。それはお説ご尤もなのだが、今の常識はこれなのだから致し方あるまいと、テスカトリポカは笑う。
高校生は、まだ不服そうだった。
「そうだ、政治家になろうかな?」
「ほう?」
「転光生と現地人の架け橋になれるように! それで、転光生の制限された権利を拡大して、現地人には不安を与えないようケア政策を」
「うちの学生議員が聞いたら泡を吹きそうだなあ」
いい考えだと思うんだけどな、と言う高校生に、エルドラドの世界代行者は少しばかり目を細める。……今まで一度だって、成人を迎えられていない東京のきょうだいに、眼差しを向ける。
「やっぱり、君は変に頑是ないよ」
ジャガーの言葉に、サモナーが返した。
「鏡写しの関係だって忘れてないよね、それ?」
「おっと」
二人が、ふ、と吹き出すのは同時だった。
ひとしきり可笑しそうに笑って、顔を見合わす。
「勉強会はおしまい。テスカ、何か食べに行こう。バイト代が入ったから奢ってあげよう!」
「カレーが食べたい」
「うわ出た、辛いの平気で食べるんだもんお前」
何だね私の勝手だろうきょうだい!
見てるこっちまで辛くなるんだよ!
そんな、しょうのないやり取りをしながら外に出る二人は、同世代の悪友かのようにカラカラと笑い合っていて。
もう少し……もう少しだけ、頑是ない振る舞いを許されたいと、世界代行者は思ってしまうのだ。
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