明日、息が止まったとして
庭を掘り返し、土を耕し、石を取り除き、そうしてとにかく柔らかくした土地に指先で穴を開けて、花の種を撒いていく。
そんな妹を見て、ホウライの世界代行者は穏やかな口調で告げた。
「二ヶ月後にはみんな咲きますよ」
泥だらけになりながら、種を埋めた場所へ水をかけているジョカに、そんなに一生懸命にならなくても、と苦笑いのようなものを浮かべて。
ジョカは優しい声音の兄を、呆れたように見た。鼻の頭に泥をつけながら、やれやれ、と言わんばかりに首を横に振り、そして返す。
「分かってないわ、何も分かってない」
咲くのは事実なのに、とキョトン顔のフッキ。
そんな彼を、ジョカは指差す。
「それは、あたくしが毎日水をやって、陽の光を当て続けて、虫を除けて、雑草を抜いて、世話をし続けたら、という話でしょう、兄様?」
「それは勿論、そうですが……」
何が妹の癪に障ったのか、いまいち分からない兄は、妹の剣幕に押されながら首を傾げるしかできない。
ジョカは大きくため息をつくと、なら、お聞きしますわ? と高飛車に言い放った。
「何日目に葉が虫に食われて、あたくしの機嫌が最悪になるか、兄様は分かっておられて?」
それは……分からない。
ジョカは構わずに続ける。
「何日後に最初の一輪が花開いて、あたくしの機嫌が良くなって鼻歌を歌い始めるかも、兄様は分かっておられて?」
そんな小さな出来事は、予知していない。
大局を見て、物の流れを把握して、視えた結果を頭に叩き込んできた兄には、途中経過がよく分からない。
待っていれば成果が向こうからやって来る。
そういう事ならばよく分かる兄だが、待たなかった場合の結果を見たことはないし、待たない性分の妹を正しく推し量れた事もあまり無かった。
「では……今から占いましょうか?」
ジョカに向かってそう訊ねると、ジョカは首を大きく横に振る。
そして、違う違う、違いましてよ兄様! と声を張り上げた。
「何も分からずぶつかっていくのが良いのではありませんこと? 先の事など分からないほうが、面白くってよ!」
面白い?
面白きことも無き世がか。
フッキから見たジョカはいつもそうだった。
帝になるわけでもない一市民が生まれただけで、ジョカはそれを祝いに赴いた。
飼い犬同士が喧嘩したという、フッキにとってはどうでもいい事件に心を痛め、飼い主たちを直接、叱りに行った事もある。
桃の花が咲けば花見をしに行った。
酔っぱらいが歌えば手を叩いて笑った。
性質の合わない相手に恋をして、破れて帰ってきては泣いた。
フッキにとっては、あまりにも理解不能な行動の数々で……あまりにも、市井に肩まで浸かった行動の数々で……。
ジョカは言うのだ。
「明日、息が止まったとして、あたくしは一向に後悔いたしませんわ」
大局とは全く関係のない些事に関心を示し、泣いて、笑って、怒って、呆れて、それでも関わることを諦めない妹を、フッキは理解できなかったし、寄り添えもしなかった。
そのうち僕の考えを理解してくれるでしょうと、妹の意思を見ないふりで、待ちの姿勢を貫く事しか出来なかった。
一瞬、一瞬を生きる妹が。
今を、この数秒を生きる妹が。
何でも見通せるフッキにとって、唯一、理解できない存在であったのだ。
それでも愛しいと、フッキは確かに思う。
愛情は確実に存在していた。
やや独りよがりな愛情ではあったが、妹へと、確かに注がれている愛だった。
ジョカは笑う。胸を張る。
明日、息が止まったとして。
そこに悔いは無いのだと言わんばかりに。
そんな妹を見て、ホウライの世界代行者は穏やかな口調で告げた。
「二ヶ月後にはみんな咲きますよ」
泥だらけになりながら、種を埋めた場所へ水をかけているジョカに、そんなに一生懸命にならなくても、と苦笑いのようなものを浮かべて。
ジョカは優しい声音の兄を、呆れたように見た。鼻の頭に泥をつけながら、やれやれ、と言わんばかりに首を横に振り、そして返す。
「分かってないわ、何も分かってない」
咲くのは事実なのに、とキョトン顔のフッキ。
そんな彼を、ジョカは指差す。
「それは、あたくしが毎日水をやって、陽の光を当て続けて、虫を除けて、雑草を抜いて、世話をし続けたら、という話でしょう、兄様?」
「それは勿論、そうですが……」
何が妹の癪に障ったのか、いまいち分からない兄は、妹の剣幕に押されながら首を傾げるしかできない。
ジョカは大きくため息をつくと、なら、お聞きしますわ? と高飛車に言い放った。
「何日目に葉が虫に食われて、あたくしの機嫌が最悪になるか、兄様は分かっておられて?」
それは……分からない。
ジョカは構わずに続ける。
「何日後に最初の一輪が花開いて、あたくしの機嫌が良くなって鼻歌を歌い始めるかも、兄様は分かっておられて?」
そんな小さな出来事は、予知していない。
大局を見て、物の流れを把握して、視えた結果を頭に叩き込んできた兄には、途中経過がよく分からない。
待っていれば成果が向こうからやって来る。
そういう事ならばよく分かる兄だが、待たなかった場合の結果を見たことはないし、待たない性分の妹を正しく推し量れた事もあまり無かった。
「では……今から占いましょうか?」
ジョカに向かってそう訊ねると、ジョカは首を大きく横に振る。
そして、違う違う、違いましてよ兄様! と声を張り上げた。
「何も分からずぶつかっていくのが良いのではありませんこと? 先の事など分からないほうが、面白くってよ!」
面白い?
面白きことも無き世がか。
フッキから見たジョカはいつもそうだった。
帝になるわけでもない一市民が生まれただけで、ジョカはそれを祝いに赴いた。
飼い犬同士が喧嘩したという、フッキにとってはどうでもいい事件に心を痛め、飼い主たちを直接、叱りに行った事もある。
桃の花が咲けば花見をしに行った。
酔っぱらいが歌えば手を叩いて笑った。
性質の合わない相手に恋をして、破れて帰ってきては泣いた。
フッキにとっては、あまりにも理解不能な行動の数々で……あまりにも、市井に肩まで浸かった行動の数々で……。
ジョカは言うのだ。
「明日、息が止まったとして、あたくしは一向に後悔いたしませんわ」
大局とは全く関係のない些事に関心を示し、泣いて、笑って、怒って、呆れて、それでも関わることを諦めない妹を、フッキは理解できなかったし、寄り添えもしなかった。
そのうち僕の考えを理解してくれるでしょうと、妹の意思を見ないふりで、待ちの姿勢を貫く事しか出来なかった。
一瞬、一瞬を生きる妹が。
今を、この数秒を生きる妹が。
何でも見通せるフッキにとって、唯一、理解できない存在であったのだ。
それでも愛しいと、フッキは確かに思う。
愛情は確実に存在していた。
やや独りよがりな愛情ではあったが、妹へと、確かに注がれている愛だった。
ジョカは笑う。胸を張る。
明日、息が止まったとして。
そこに悔いは無いのだと言わんばかりに。
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