放サモB級グルメ2話

「冷やし中華はじめました」
 その張り紙がガラス窓に貼られていた。
 暑くなってきたこの頃、冷やし中華の知らせは道行く人にとってありがたいものだったのだろう。
 人々は中華屋の前で小さな列をなし、扇子や手で自身を扇ぎながら、目当ての冷たい麺を今か今かと待っていた。

 外気温、二十九度を記録した、東京の昼。
 Tシャツにデニム姿のサモナーは、同じくTシャツにデニム姿のテスカトリポカと街をぶらついていた。
 特に何処へ行くわけでもない。ただの息抜きだ。仕事も課題も一旦置いておいて、気分転換をしているだけだった。
 暑くて気分転換どころではなかったが。
 ふと、サモナーがガラス窓に視線を寄越す。
 例の張り紙があった。

「冷やし中華やってる!」

 天の助けとはこの事か。オアシスを見つけたかのように喜ぶ高校生が、テスカトリポカの手を掴む。遠慮なく、自然に掴まれて、テスカトリポカの方は一瞬、言葉に詰まっていた。
 そんなリアクションなどお構い無しに、店の中へと入っていくサモナーである。

 案内された席に座る。四人がけのテーブル席だ。向かい合う二人は、中華屋のメニューを見ながら、何とはなしに会話していた。
「冷やし中華はそんなに良いものかね?」
 油淋鶏に、水餃子に、小籠包に、五目焼きそばに……とメニュー表を眺めながら訊ねるテスカトリポカ。
「こんな暑い日に巡り会えたら感動間違いないでしょ、神の食べ物だよ」
 高校生らしさを全面に出して、快活に笑って答えるサモナー。
 神ねえ……とサモナーを見つめて、テスカトリポカが呟いた。神の食べ物……どこからどう見ても庶民的な外観のあの麺類が。
「ついでに焼き餃子頼もう」
 サモナーの一言に頷いて、店員に声をかけた。

 ヘアゴムで髪を後ろで一纏めにしてから、冷やし中華へと向き直ったテスカトリポカである。髪が長いとこういう時に困る。
 酢醤油系統の汁は清涼感があるが、吸い込みすぎるとむせるので、程々の酸っぱさが良かったのにな、と思う世界代行者だ。

「……あっづ」

 テスカトリポカが苦々しげにそう言う。眉をひそめながら、焼き立ての餃子をかじるその様を見て、サモナーは笑いながら麺をすすっていた。
 甘酸っぱい醤油ダレ。それが絡んだ麺は冷たく、体温を下げると同時に、どこか懐かしい気分にさせてくれる。
 記憶がないサモナーさえも懐かしい気持ちになるので、これはもう、何らかの信仰が関係しているのではないかと、サモナーは疑っていた。
 そんな信仰、あっても困るのだが。
 ズル、ズルル、と冷やし中華をすすりながら、甘めの酢醤油のタレを味わう二人。彼らは、餃子も酢醤油で味わうのでは味に変化がないと、餃子の方は酢胡椒で堪能している。
 テスカトリポカは、自身の冷やし中華の皿の隅に避けられていた千切りのきゅうりを、まとめてサモナーの皿に寄越した。
「あっ! テスカ、きゅうり食べなよ、残すな」
 苦言を呈するサモナーに
「君が食べきれば残したことにはなりませんー」
 大人げない一言を返してくる。
「そういう屁理屈はいいから……あっ、錦糸卵を持っていくな! 返せ!」
「サモナー。ジャガーって肉食獣なのだよ」
「肉食獣と錦糸卵は関係ないだろ、返せ!」
「卵は動物性タンパク質だよ、君ィ」
「ああ言えばこう言う!」
 ワイワイと騒がしく、下らない争いを勃発させながら、サモナーとテスカトリポカは夏の涼味を楽しんだ。本当にしょうがないことに、冷やし中華に乗っている細切りのチャーシューを巡って、本気で睨み合ったりもした。

 中華屋の扇風機が、優しい風を送りながら、ゆっくりと首を振っていた。
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