赤い魔法を昼下がりに

 踏切の隅に赤いものがチラチラと揺れているのを見かけて、列車が轟音で走り抜けていくのを横目にそれを眺めた。
 風圧で大きく揺れる彼岸花が、オニワカの視界で踊っていた。

 縁起でもない花だ。
 第一印象はそうだった。
 別名を死人花しびとばな捨子花すてごばなと言って、彼岸花の気味の悪さを物語っているようだ。
 特に、捨子花。
 元の世界から一人、東京へと流れ着いてしまった赤子としては、眉をひそめたくなる名称だ。……まあ、花ごときに心乱れてやる義理もないが。
 踏切の遮断器が上がる。
 オニワカは歩き出さない。
 揺れる彼岸花を見つめていた。

 彼岸花にも花言葉はある。花なのだから当然だ。
 誰が決めたかは知らないが、「あきらめ」だの「悲しい思い出」だのと、辛気臭い文言が並んでいるのを、鼻で笑った覚えがある。
 遮断器が下りて、警報が鳴る。
 警報機の赤いランプの光が彼岸花に降り注ぎ、余計に赤くしていた。

 彼岸花の花言葉。もう一つは「独立」だ。
 自分は幼い頃から大食らいで、縁の力をも食らいに食らってしまって、大きな負担をかけてしまっていた。そう、オニワカは過去を振り返る。
 独立。そうだ、独立だ。
 独りで立つのだ。自分は昔から独りだった。
 理解者はいたかもしれないが、深く思い出すことはできない。もしかしたら、あの人だったやも。あの一言だったやも。おぼろげな記憶を引っ張り出す。
 遮断器が上がる。
 足音が近づいてくる。

「お待たせ、オニワカ!」

 踏切の前で待ち合わせだなんて、妙な場所指定もあったものだ。
 サモナーが向こう側から駆けてくる。
 オニワカが軽く手を上げて迎えると、サモナーは先程まで彼が見ていたほうへと視線を移し、わあ、と声を上げた。

「曼珠沙華じゃん! 綺麗だな!」

 あんたにはそう映るのか。
 死人花でも捨子花でも、ましてや彼岸花でもなく、曼珠沙華と呼ぶのか。
 天界に咲く花、という意味のその名を呼ぶのか。
 小さく笑ったオニワカに、主人の目が向いた。
 上機嫌に笑っていた。

「曼珠沙華ってオニワカみたいだよな」
「どこがだよ。俺を花に例えるなんざ、随分センチメンタルな趣味してるな」

 あきらめ。悲しい思い出。独立。
 花言葉が脳裏をよぎって、目を伏せる。
 サモナーは不思議そうな顔をしたあと、再び笑った。

「花言葉だよ。再会っていうんだ」
「……再会」
「知らなかった? ほら、オニワカは自分と再会してくれたろ?」

 ああ、あのときか……。
 池袋ギルドでのあの騒動の際、オニワカはそんなことを言ったような気がする。

「あと情熱って花言葉もあるんだって。オニワカは情熱ってイメージあんまりないけどね。静かな炎って感じかな」
「へいへい、で? 今日はどこに行くんだ、主様よ」
「いつもの猫カフェに寄ったあと、欲しかったぬいぐるみのストラップを買いに行く。ほら、オニワカとお揃いで持ちたいなって話してたやつ」
「あれか。俺はピンクのがいいな」
「うん」

 彼岸花が揺れる。
 二人が花に背を向けて歩き出す。

「……まあ、主様も彼岸花みてえだけどな」

 オニワカの呟きに、サモナーは目を瞬かせ、首を傾げた。
 何が? どこが? と背の高い彼に尋ねる主人に、笑い声だけが返る。

「教えてくれたっていいじゃん、オニワカ! こら、先に行くな!」
「主様の足が遅えんだ」

 彼岸花の花言葉。
「想うはあなた一人」
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