つま先のしびれに

「二人とも、ちと、ここに座りなさい」

 十一回目のアプリバトルを終えた時のことだった。テスカトリポカ率いるルチャドールたち対、サモナー率いるセンリたちの全力の戦いが、ちょうど終わった時のこと。
 イツァムナーが代表二名……つまり、テスカトリポカとサモナーに声をかけたのは。
 五勝五敗一引き分けの状態であった二人は、不服そうにイツァムナーを見て、それからイツァムナーが正座しているのも見て、眉根を潜めていた。
「……え、怒られるの?」
 サモナーが戸惑いながら声を出す。
「怒る、というより、叱る、といったほうが近いやもしれんの」
 イツァムナーは静かにそう返した。
「私たちが何かしたかね」
 今から叱られるとあって、いささか気まずそうだが、テスカトリポカが尋ねる。
「自覚がないのなら、尚の事話を聞きなさい」
 イツァムナーは説教をやめるつもりはないようで、正座した自分の前を指さして、ここへ。と二人に促した。
 サモナーとテスカトリポカが互いに顔を見合わせる。どうする? とでも言いたげな視線を交わし合う。サモナーが一歩、後退りをした直後だった。

「二人とも」

 イツァムナーの声が険しくなったのは。
 ……渋々イツァムナーの前に座り、二人は彼の言葉を待った。
「良いか、ぬしら」
 大小の正座を見据えながら、イグアナと呼べるか疑わしい赤い老爺が口を開く。
「事象が巻き戻るからといって、破壊行為をして良いというわけではないぞ?」
 アプリバトルの根本を否定しているのか、イツァムナーは。何をどう返そうか迷っているサモナーを置いて、イツァムナーは更に言葉を続ける。
「ぬしらの戦いは他のユーザーたちのそれよりも規模が大きく、破壊力も大きい。それを意識したことがない、とは言わせんよ」
 それは、そうかもしれない。
 流者と世界代行者が、真っ向から力をぶつけ合っているのだから、その破壊力や被害の規模は他ユーザーと比べるまでもなく大きいだろう。
「巻き戻るからといって、何をやってもいいと、何度やってもいいというわけでは、あるまいよ」
 それに、見てごらん。とイツァムナーは二人の背後を指さして言う。
 高校生と最前線指揮官がちらりと振り向いて見た先には、何度もアプリバトルを繰り返したせいで疲労している、センリたちとルチャドールたちの姿があった。

「ぬしらがピンピンしておるからといって、周りを繰り返し巻き込むのは感心せんの」

「なら……次からは二人きりで行うことにするのだよ、はい、話終わ」
「勝手に終わらせるでない」
「はい」
 テスカトリポカの訴えをピシャリとはねのけて、イツァムナーがため息を一つついた。そうしてサモナーとテスカトリポカに向かって、まったく、と言葉を紡いだ。
「ぬしらの喧嘩は、いつも周りを巻き込む。いいや、違う。周りを巻き込まなんだことがない。どちらもお互いにだけは遠慮なく振る舞い、気遣いなどせず戦いを起こす」
 お前のせいで叱られてるんじゃないのか? とサモナーが小声でテスカトリポカに囁いた。
 太陽神は気分を害したと言わんばかりに眉根を潜め、自分のことを棚に上げるのは良くないぞう君ィ、と隣の流者に小声で返す。
「聞いておるのかね」
「はい」
 二人揃って返事をすると、イツァムナーはやれやれと言わんばかりに首を横に振り、良いかね、と話し始めた。
 まだ終わらないんだ……という二人からの視線をあえて無視しているのか、目を閉じて朗々と語りだす。
「ぬしらを信奉する者は多い。支持者が多いということは、それなりに責任が生じている、ということでもある。信奉者たちを振り回し、自分たちの喧嘩に巻き込むなど、あってはならんことだと思わんかね」
 それ、十一回も戦う前に注意してくれたって良かったのではないか。散々信奉者たちを振り回しまくったあとで言うか。
 後の祭りという言葉が、と言おうとしたテスカトリポカが、口答えは慎んでくれるとありがたいのだが、とイツァムナーに言われて黙り込んだ。

「それから、深夜に大声で喧嘩するのもやめなさい。アプリバトルでない分、余計に近所迷惑であろ」

 シンプルに正論。
 あ、それは、ごめんなさい。とサモナーが頭を下げる。サモナーと鏡写しであるテスカトリポカもまた、渋々だが頭を下げていた。
「扉や窓を壊さんばかりの勢いで開けるのもやめなさい。ぬしらは力が強いのだから」
 喧嘩を吹っ掛けるためにお互いの部屋に殴り込みに行った際のことだ。争おうか、きょうだい! と勢いよく扉を、窓を、力まかせに開けたことがあった。
 破壊音かと思ったよ、とイツァムナーが言う通り、ものすごい音がした。
 というか、ほぼ破壊音だった。
「あと、それから」
「待って、まだあるの……?」
「イツァムナー、少し休んだらどうだね。喋り倒しで喉が渇いたろう」
「茶化さんで聞きなさい」
「あ、はい」
「……すみません」
 説教が始まって、十分が経過していた。
 その間、ずっと正座している三人である。つま先が痺れてきたサモナーとテスカトリポカは、きれいに正座をして姿勢を乱していないイツァムナーを見て、これ、説教が終わるのにもう少しかかるやつだ……と察した。
 そろそろ二人の集中力が切れかけてきた。

「して、ぬしらよ」

 イツァムナーがまっすぐ、サモナーとテスカトリポカを見据えている。

「課題や仕事はどうしたね? 終わらせてから喧嘩をしているのであろうな?」

 返るのは無言……。ただ無言……。無言……で、視線をそらすサモナーと、テスカトリポカ。
 お察しの通り、課題も仕事も手つかずである。
 イツァムナーの声が、若干低くなった。
「課題は学生の義務、仕事は指揮官の義務であろうて。放り出して良いものではなかろう」 
 返す言葉もない、とはこのことだ。
「子供ではないのだから、少しは周りのことも考えて、配慮ある行動をだね……そこ、説教は終わっておらん、逃げるでないよ」
「だそうですよ、テスカさん」
「君も立とうとしていたじゃないかね、サモナー」
「責任のなすりつけ合いはやめなさい」
「すみませんでした」
 イツァムナーの口から次々に溢れ出す文句と説教と苦言と苦情に、うなだれた二人は力なく返すほかなかった。
 足が痺れる。
 まだ説教は終わる気配を見せない。
「……お説教はここらで切り上げて、課題や仕事に取り掛かるというのはどうだね」
「そうだね、溜まってるのを片付けたくなってきたし」
 二人の訴えに、じっとりした目を向けるイツァムナーが、そうだのう、と言いながら、指を三本立てた。
「そういうことなら、あと三分で終わらせよう」
「待って待って足が限界だから頼む終わらせて」
「もう充分反省はしたのだよ、きょうだい」
「そもそも」
「ああーっ! ここに来てそもそもなんて出てきたら終わらないじゃん!」
「面白がってないかね、きょうだい! お説教で遊ぶものではないぞう!?」
「こらこら、聞きなさい」
 つま先のしびれにつける薬はない。
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