終末を迎えて終末

 そこら辺にあるものを投げつけて、それが顔面に当たったりして、鼻血を出しても、口の端が切れても、痣ができても喧嘩を止めることはなかった。怒鳴りあって、煽りあって、言葉尻をとらえて揚げ足をとって罵りあった。
「その言葉、今考えたな!? それは無責任というものだろ! 後になってひっくり返されるのはごめんだからな!」
 サモナーが怒り狂って叫べば
「君とて後だしの理屈が多いぞう、きょうだい! そんなことで私を打ち負かすことができると本気で思っているのかね!?」
 テスカトリポカが嘲笑う。
 お互いがお互いにだけは遠慮なく喧嘩を吹っ掛けたし、遠慮なく喧嘩を買った。
 ムッとなったら即その場で文句を言うし、平気で、大人げなく、声を荒らげた。
 お互いが、顔を見れば身構えて、口許をきゅっと引き結ぶものだから、そんなに喧嘩をするのだったら距離を開けたらどうだとウォーモンガーズとサモナーズの参謀が提案するほどだったが、二人は了承しなかった。
 ふてくされたように視線を合わせないこともあったし、むっつりと黙り込んだまま言い争いもなにもない不気味なひとときを演出したことだってあった。周囲にはすこぶる不評だったが、本人たちはどこ吹く風だ。
 主にテスカトリポカが注意を受けた。当然だ。高校生と創世神だ。どちらが大人かという話だ。お前まで精神年齢を幼くしてどうするという話だ。
 それでも二人の喧嘩は止まらなかった。
 止まるわけがなかった。
 何せ「初めての」喧嘩なのだから。

「ケツァルコアトルのことを思い出して喧嘩するのは結構だがなぁ、ちと険悪すぎねえか、貴様ら」
 盟友であるバロールの言葉に、テスカトリポカは不機嫌そうに口を尖らせる。大の男がやっても可愛くないそれは、気分を害した時のサモナーの癖と酷似していた。
「違う」
 いつもの喧しさはどこへやら。一言だけ返すテスカトリポカである。彼はバロールを見上げて、それからサモナーを思い起こして口を開いた。
「私が今、喧嘩している相手は、ケツァルコアトルではないよ、盟友。サモナーだ」
 バロールは一瞬キョトンとした。
 この男が何を言っているのか、いまいち分からない……そんなふうな表情だった。
「ケツァルとは喧嘩をし尽くした。あれの行動は読めるし、あれにも私の次の台詞が手に取るように分かることだろうよ。だが! 私が今対峙しているのはケツァルではなく! サモナーなのだよ! 何者なのかとんと分からぬ、本質が読めぬ、何を考えているか未だに理解できぬ、サモナーと、私は喧嘩しているのだとも!」
 ならなおのこと辞めやがれ。
 バロールはそうツッコみたくなったが、堪えた。
 白熱しているテスカトリポカに声をかけたところで焼け石に水なのだから。
「私は! ケツァルをその身に宿した、あの子供と! 真剣に分かりあっている最中なのだ!」
 邪魔はしてくれるな。
 ジャガー獣人は鋭い目でそう告げた。

「ケツァルコアトルさんが表出しすぎじゃないか、サモナー」
 心配そうに声をかけるシロウに、サモナーは何の気なしに振り向いた。テスカトリポカとの言い争いを気にかけての言葉だろうと見当はついた。
「テスカトリポカさんに勝ちたいようだけど、経験値の差もあるし、彼が手加減してくれているようにも見えるし、どうにも劣勢だ。少し冷静になって、距離を置くなり話し合うなりしたらどうだ?」
 参謀として申し分のない言葉だ。
「そうだね」
 サモナーはそれを肯定した。
 今にも人を刺しそうな目付きで。
 シロウの言葉が気にくわないわけではない。本居シロウ参謀の言い分はもっともだし、実に理にかなっているし、事実だし、頷ける要素しかない。
 それがいけなかった。
 彼が手加減しているようにも見えるし、
 その一言がサモナーの怒りの導火線に火をつけた。誰への怒りか? テスカトリポカと自分自身、二人への怒りだ。二人分なのだから導火線の距離も二倍になっていればいいのに、サモナーの場合、なぜか二分の一になっていた。本当になぜだ。
「そう。手加減されてる。何かを探っているかのように。まるで前足でネズミを転がす猫みたいに、こちらの同行をうかがっては煽り散らしてくる」
 やる気スイッチを押してしまった。
 その事に気がついた学級委員長が蒼白な面持ちでサモナーを見ていた。
「シロウ、自分はね。ケツァルコアトルを表出させたことなんて、ただの一度もないんだ。奥に引っ込んでいてくれと切に願いながら、アイツと喧嘩をしてるんだよ。この怒りは自分の物だ。他の竜蛇に渡したりするもんか」
 でも、とシロウが言い募ろうとしたときだ。
「自分は、テスカトリポカと、腹の探り合いをして、お互いの価値観を、知識を、意識をぶつけ合っている最中なんだ」
 邪魔をしないでくれ。
 サモナーの真剣な視線が、シロウをとらえた。

「さて、第二七回、我らが大戦争を始めようじゃないか、君ィ」
 どこから拾ってきたのか、ブラウン管の真四角なテレビを片手で持ち上げつつテスカトリポカが言う。始め、の合図と共にぶん投げる気満々のようだ。顔は冷静を装っていても、服の下では投擲に備えて筋肉が盛り上がっているに違いない。
「その前に聞きたいことがある」
 本当にどこから拾ってきたのか、大きな陶器製の招き猫を小脇に抱えながらサモナーが言う。恐らく喧嘩が始まった直後にサッカーボールよろしく蹴り飛ばすつもりでいるのだろう。陶器だぞ。
「……我らのいさかいに水を差してくれるな」
「差さなきゃいけない水がある」
「何だね。聞くだけ聞こうじゃないか」
 お互いムスッとした表情で話すものだから、喧嘩の巻き添えを食わないよう遠くで眺めていたシロウは、どうか流血沙汰にはなりませんようにと祈るほかなかった。
 タネトモは涼しい顔で、流血してもいいですが事務処理に支障がありませんように、などと言う。どうせ支障がある体になっても椅子に縛り付けて仕事をさせるつもりなのだ。
「なめてんのか?」
 サモナーが口を開いた。
 テスカトリポカの眉間にシワが寄った。
「なめる……私の嫌いな言葉だぞう、君? 私は常に全力での戦争を望むのだよ。どちらが勝つか分からぬ泥仕合こそ喜びと言えよう!!」
「ならどうしうて全力で潰しに来ない!! 自分ばっかり頭に来て、自分ばっかり剣を振り回して、馬鹿みたいじゃないかよ!!」
「それは……」
 ジャガーの転光生の言葉が詰まった。
 そんなつもりじゃなかった、などと便利な言い訳をすることもできたが、そういった無作法を自分に対して許せるテスカトリポカではなかった。
 隙をついてサモナーはさらに続ける。
「お前の大好きなケツァルコアトルと、お前の大好きな戦争をしたいなら、お前の大好きな全力でもって臨むのが道理じゃないのかよ!」
「私はケツァルとではなく、君と話しているのだよ、サモナー!」
「え」
 今度はサモナーの声が詰まる番だった。
 サモナーはケツァルコアトルに奥へ引っ込んでいてくれるよう頼んでいた。届いているかは知らないが、心で強く念じていた。それはひとえに、テスカトリポカに、ケツァルコアトルと自分の違いを見せたかったからに他ならない。
 混同しないでほしかった。
 目の前の彼がどうしてもケツァルと戦いたいというなら、そのときは表出させることもやぶさかではなかったが……。
「ケツァルの手の内などとうに知り尽くしているよ、サモナー。私が今挑んでいるのは、君だ。君に他ならぬ! 君の事はまだ知らぬ! 君の心のうちはまだ分からぬ! だから探っているんじゃあ、ないかね!! この喧嘩で君の内側をさらけ出してくれたならば……この探り探りの戦争を早く終わらせることができたならば、それを祝って次の戦争へと進もうじゃあないか!」
 この戦争が、ずっと続きますように。
「面白い!! なら自分が何を考えているか! 何を思って、何を抱いているか、腹の中をさらけ出してやろうじゃないか!! ケツァル以外に見るものがあること、教えてやるよ!! さっさと次に進むぞ、テスカトリポカ!!」
 この戦争が、早く終わりますように。

「最後の最後に衝突した際、ズタボロになるのはきっと私だ、そのときにサモナー、君をきちんと見ていられるように、君の全てを知っておきたい」
「うるさい、とっとと自爆しろ。お前の神話はもう終わったんだ。それでもまだ足りないって言うなら、そのときはこっちが呼び出してお前を殴ってやる」
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