その名賜ることの意味

「忍びさん」
 サモナーは、いわゆるモブの忍者全体をそう呼ぶ。
 サモナーにとって、個を消した忠義者の集団にわざわざ個を与えることは、忍びとして隠れ潜むことを選んだ彼らに失礼ではないかと考えてのことだった。
 だから、忍びさん、と呼ぶ。
 赤い忍びさん、紫の忍びさん、などと色をつけて呼ぶこともあるが、それもまた総称だった。同じ色の忍びなど、数え切れないほどいるのだから。
 忍びの[[rb:小頭 > こがしら]]として働く緑色の忍者がサモナーに呼ばれ、その足元にひざまずいた日も、当然、彼は忍びさんであるはずだった。
「いつも部下たちの指揮、お疲れさま」
 [[rb:労 > ねぎら]]われて、恐縮する。大したことはしていない、と恭しく返す緑色の忍びは、頭を上げることなく片膝をついている。
 さて、何の用命で放課後の図書室前に呼び出されたのか、と頭の片隅で考える小頭に、サモナーは口を開いた。
 おそらく、なんの気なしに。
「三郎さんって呼んでいい?」
「……は?」
 間の抜けた声を漏らしてしまった緑色の忍者が、は? とは失言以外の何物でもなかろうと慌てて顔を上げる。
 サモナーはひざまずいた状態の緑色の忍者……サモナーいわく、三郎さん、を少し照れくさそうに見下ろしていた。

「図書室で本を借りたんだ。忍者に関する本」

「……勉強熱心であられることは、称賛に値いたしまするな」
 でしょう? と得意げになるサモナーに頬が緩むが、ふと真顔に戻した緑色の忍者は、して、[[rb:何故 > なにゆえ]]三郎さんなので? と先を促した。
「よく働いてくれて、忠義も厚いし、オニワカもあなたのことを認めているふうだった」
 サモナーの言葉は彼の働きぶりを素直に褒めている。
 恐れ多くなった忍びは、再び頭を下げて、ははっ! と返した。
「オニワカが認めたなら、オニワカの主である自分もまた、あなたを認めよう」
 苛烈に戦場を駆け抜け、その剣でもってあらゆる苦難を立ち離さんともがく主人の、穏やかな話しぶりに、忍びは小さく息を吐いた。
 サモナーの右腕たるオニワカに認められている、というのも、寝耳に水で恐れ多くて肝が冷えるのだが、それ以上にサモナーの下した評価が身に余るものであったので、言葉を失っていたのである。
「四天王って知ってる?」
 図書室で借りてきたのだろう、忍びの書物を手にし、サモナーが問いかける。
「自分の中にも、四天王を使わせていた者がいてさ」
 ワノクニの。
 ひらり舞うように奇策を弄し、兄の心胆寒からしめた、[[rb:軍事 > いくさごと]]の天才児。
 それを思い起こしているのかは忍者にはわからなかった。懐かしむような、探るような目つきで笑うサモナーの、風さえもて遊ぶ立ち姿に、しばし見惚れた。
「そこで!」
 書物をすっと目の前に突き出してきたサモナーが、元気に言う。

「自分の元で目をみはる働きをしてくれる人たちを、四天王に据えようと思う」

 ああ、恐ろしい。
 ああ、恐れ多い。
 なぜ、拙者なぞが。
 忍びで言うならタダトモ殿は? 側近で言うならルキフゲ殿は? 道具で言うならザバーニーヤ殿は? 拙者ではなく。拙者なぞではなく。
 返す言葉に困っている忍びだが、サモナーは構わない。

「今日からあなたは三郎さんだからね。[[rb:義盛 > よしもり]]さんのほうがいい?」

 悪戯っぽく笑う主人に、勢いよく頭を下げた。

「三郎さん、敵の人数と大まかな武器種を確認してください」
「承知仕りましてござる、お頭様」
 [[rb:窃盗者 > しのびしゃ]]に敵をとひつつ下知をせよ、ただ危うきは推量のさた。

「三郎さん、あの集団に一時所属して、リーダーが何を考えているか探りを入れてきてください。タダトモでは別勢力だと勘付かれるから」
「はっ」
 はかりごとも敵の心によるぞかし、しのびを入れて物音をきけ。

「三郎さん、必ず生きて帰ってください。危なくなったら即、逃げて」
「承りまして候」
 敵にもし見つけられなば足はやににげてかへるぞ[[rb:盗人 > ぬすびと]]のかち。

 三郎さんの仕事ぶりは、他ギルドの耳にも届かんばかりだ。
 三郎さんは考えた。
 忍びとして目立ちすぎているのではないかと。
 名前がだ。
 三郎という呼び名を聞いた者は皆、サモナーズの忍びかと身構えるようになっていたのだから。それでは仕事がしにくい。
 たとえ名無しを演じていようとも、僅かばかり漏れ出る三郎さんとしてのプライドが、他ギルドの忍びやフェンサーたちに嗅ぎ取られるのではないかと、いささか心配になってきたのだ。

 三郎さんは、サモナーの前に自ら現れると、頭を下げて名を返上すると告げた。

「忠義者の証として贈った名は、ただの重荷だったかな?」
「いえ、そのような事は」
「それとも、名を呼ばれた程度で正体を隠せなくなるほど、驕り始めたのかな?」
「……そうやも知れませぬ」
 くすりと、サモナーが笑った。
 正直者だね、と、三郎を見下ろしていた。

「三郎さん」

「拙者には過ぎた名だと、今更ながら恥じ入る次第」
「自分の……自分だけの忍び。三郎さん」
 それは、気に入った道具に名前を書くように。
 それは、好んだ相手を愛称で呼ぶように。
 なんて主人に仕えてしまったのだろう、と、三郎さんは背筋をぞくりと粟立たせる。こんな……いわゆるモブの、背景に溶け込むような……いや、忍者なのだから溶け込んでいたほうが都合が良いのだが……有象無象にちょっと毛が生えた拙者などを目にかけて……。

「三郎さん」

 緑色の忍者は詫びる。
 非礼を。不敬を。無礼を。
 平身低頭で、詫びる。
「返上などと思い上がった真似を、お許し下され。拙者、お頭様の気の済むまで……否、お頭様のお命燃え尽きるまで、三郎の名を背負う所存に御座います」

 この名に込められた意味を。願いを。思いを。
 肝に銘じようと、心の臓に焼き刻もうと、緑色の忍者がそう言えば。
 サモナーは屈託なく笑って、もう一度、三郎さん、と呼ぶのだった。
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