お前だけは、守らない

 その名を呼ばれた。だからやって来た。
 アカオニ、オニワカ、シノ。三者三様の忠義者たちが、サモナーの前に躍り出る。たかがアプリバトルと、侮る者はいなかった。
 下手を打てば主の首が落ちる。時間が巻き戻るとはいえ、その惨状を目にしたい従者などいるはずもなく、殺気にまみれた戦闘が今始まった。

 アカオニと戯れているサモナーを横目で見ながら、アプリバトルを終えたオニワカは小さく息をついていた。主様はお強くなっていきやがる。と独り言をこぼす。強くなって、戦闘することに慣れていっても、何の躊躇もなく従者を呼び出し、頼るのだ。その勘の良さは称賛する以外にない。
 然り。と隣で低い声が返った。
 視線だけをそちらへ寄越せば、今回のバトルに由来したものではないだろう、古い血の匂いをまとった獣が、にやりと口角を上げている。
 同じ主に仕える忠義者だった。
 二八センチほどの身長の差がある彼と目線を合わせようと、オニワカはしゃがんだ。下駄を履くと二メートル強にもなる宝蔵院オニワカは、ごく自然にその場に座るようにしてシノ……こと、アウトローズの新入りの顔をまじまじと見つめた。
「|貴《たっと》き御方は、日々その実力を磨いておられる。従者として鼻が高いというものよな」
 はじめのうちは、気遣いなど無用、とオニワカがしゃがみこむのを遠慮していたシノだったが、今はもう慣れたものだ。自然にそれを受け入れ、何でもないことだと流すようになってきた。
 貴き御方。
 シノの一言に、オニワカは少しばかり考える。
 確かに貴いことに違いはない。サモナーは過去、オニワカに向かって真正面から「君がほしい」と言ってのけた豪の者だ。そこに異論はない。
 ないが……。
 オニワカの視線が、シノをまっすぐに捉えた。敵意はなく、ただ真摯に見据えるその瞳に、シノは真面目な顔になり、いかがした、とだけ言う。
 宝蔵院オニワカの唇が、一拍置いて開かれる。
「あんたは……あんたは、主様の何にお仕えしていやがるんだ」

 オニワカの問いかけはシノを数秒だけ黙らせる。主様の何に仕えているのか。忠義を疑われての問いではないだろう。オニワカの目は濁っても、光を失ってもいない。ただ、質問の範囲が広すぎる。
「何が言いたいのか、某には分からぬ。すまぬが要点を絞ってくれ。某の身の上話を一から聞きたい訳でもなかろう?」
「身の上話……ね」
 オニワカはサモナーの姿を見る。先ほどのバトルで筋肉を変なふうに酷使したらしい。体に違和感があるよ、とアカオニに訴えているのが見えた。
 対するアカオニは、神宿学園のシンノウだかいう保険医に頼ろうと、自分の先輩にあたるサモナーを抱き上げている。アカオニがちらりとこちらを見たので、宝蔵院は手をヒラヒラと振って、行け、と合図しておいた。
 そうしてシノと向かい合う。
「主様の何に……ってのは、たしかにぼんやりした問いだったな、わりい」
「いや」
「要点を言うとだな。あんたは、主様の魂に惹かれてんのか、主様個人に惹かれてんのか、それとも、主様じゃねえ別の誰かの代わりにしてんのかっつう話だ。どの動機で主様に仕えてる?」
 シノは、なにも言わない。オニワカが姿勢をもとに戻し、身長差がぐんと開くのを、ただ見ていた。魂……サモナーの中に眠る、何者かの欠片。個人……魂の欠片ではない、サモナー個人。別の誰か……サモナーの外にいる、縁者や親族。
「……其許は、どうなのだ」
 静かに問い返すシノの視線は、目の前の男の首に注がれていた。

「俺は……分からねえよ」

「は?」
 間の抜けた声が、シノの喉の奥から滑り出る。
 オニワカは目を伏せて、アカオニに連れていかれた主人がいるだろう方向に体を向けている。
 分からねえとは、何だ。御大層に選択肢まで並べておいて、どれだか分からんなどという答えが許されていいものか。
 しかし宝蔵院オニワカは、思慮なくそのような言葉を吐く男ではないと、シノには分かっている。むしろ思慮が深いあまり、とっさの一歩を踏み出せない……そんな理性の男だと認識していた。
 何が言いたいのか、とんと分からぬ。ならば答えが出るまで待つのみだ。最短で答えにたどり着く首狩りの獣の本性をなだめ、遠回りな会話に身を委ねることにした。
「主様は、俺のことをほしいって言ったんだ」
 大男の声は、小さい。
「俺はあの方と契約したとき、ああ、俺が仕えるべき方は、このお方だったんだと、強く思った」
「うむ」
「もしかしたら、主様の中にあるなんかの欠片を見たのかもしれねえ」
「それは……ワノクニの?」
「かもしれねえ。っつっても俺は、ワノクニを詳しくは知らねえけどな。生まれてすぐに転光しちまったからよ」
 その話は、シノの耳にも届いていた。オニワカが許可したからだろう、サモナーが教えてくれたのだ。幼くして故郷から離れた者であるので、ワノクニに対する思い入れもそれほど無いと見た。
 ワノクニに思い入れのない者が、サモナーの中身である欠片に目を向けるものだろうか。
 だから「分からねえ」のか。シノの腑に落ちた。

 オニワカは恐らく、ワノクニの貴き人の気配は感じているだろう。しかし、だから仕えているわけではあるまい。
 サモナー個人の意思を見て、行動を見て、瞳を見て、この人だと決めたに違いない。ならば彼は、サモナー個人に惹かれていると言っても良い。
 では、シノは。
 自分自身に目を向けたシノは、少しばかり苦い顔つきになった。源の血筋を持つ御方。サモナーのことを、いつしか、そう認識した。
 源たる血筋……つまることろ、サモナーの中にある欠片を見ていたのではないか。
 しかし、サモナー個人に魅力を感じていないといえば嘘になる。
 貴き御方が生まれるきっかけであることも事実。
 どれをどう答えればいい。
 獣はどの言い訳を選べばいい。
 いや……卑しき獣に、言い訳など必要あるまい。
 シノの視線が、ぐ、と上げられる。目を伏せて語っていたオニワカと、自然と目と目がかち合う。なにかを言うつもりだ、と察したオニワカは、口を閉じた。

「全てだ」

「は?」
 今度はオニワカの喉から、間の抜けた声が滑り出る番だった。
 覚悟を決めたような顔つきで、シノは言う。
 どう詰ってくれても構わぬと、意を決した彼がオニワカを見据えて口を開く。
「あの御方は、某にとって、一言では言い表せぬ方でな。この思いも一枚岩ではない。不純であると笑わば笑え……某に、返す言葉はない」
「笑うかよ」
「……」
「羨ましいとは思っても、馬鹿にして笑うことなんざ、するもんかよ」
 シノの目は見開かれた。
 音で表すなら、ぽかん、としているに違いない。
 羨ましい。
 この、卑しい獣の、浅ましい欲求が?
 オニワカは、照れたようにシノを見下ろしていた。その視線は逸らされることなくシノを捉えているが、何だか気後れしているように見える。
「羨ましいだろ」
 サモナーの右腕である巨漢は言う。
「最初がどんな動機だったかは知らねえよ。でもな。主様を形作る要素全部を好ましいと思うんなら、主様の中も外も全部に惹かれたって言うんなら、それは、俺にとって羨ましい以外の何物でもねえよ」
 オニワカは、知らない。
 源たる方とは、どういった存在なのかを。
 オニワカは、知らない。
 サモナーの血を受け継ぐ縁者の存在を。

「羨ましいのは、某も同じことよ」

 シノは思わず口に出していた。背が高い彼がこちらを呆然としながら見ている。言い訳ではないが、言いたいことは言わせてもらおうと思った。
「その一本筋の通った忠義心」
 やめろよ、そんなんじゃねえよ、と目の前の相手がうろたえるのを、傾奇者はしっかりと見据えた。にやりと口角が上がる。
「いいや、たった一つの理由で忠誠を誓うその様は、従者の鑑と言わずばなるまい。目移りせず主君一点のみに忠義を尽くすは、理想の従者よな」
「……要するに、何だ」
「言いたいことは同じと見たぞ、荒法師よ」
 はは、とオニワカの肩から力が抜ける。
 シノも自嘲するかのように、ふ、と息を漏らす。
「お互い、無い物ねだりしてたってわけか?」
「相手が自らより勝っていると誤解を抱いてな」
「くっだらねぇ!」
 湿っぽい話は終わりだ、と、二人揃って苦笑した。
 視線が再び交差する。
「あんたは主様の、多くの要素に到達してたんだ。それが従者として妬ましくってよ」
「何を言うか。其許とて、主君の背を守り、共に戦地を駆ける猛者であろう」

 手を組もう、と言ったのは、オニワカのほうだった。一本義な従者と、主の多くを見守る従者、二人、同盟のようなものを組もうと言うのだ。

 全ては、サモナーただ一人のために。
「俺は主様の背を守る」
「某は主君の首を守ろう」
 鋭くなった視線がかち合う。
 不敵に笑い合った。

 良い酒が呑めそうな相手を見つけたものだ。
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