勝ちも負けも甘美なれば
活気づいた町を歩く一人の姿があった。着流し姿で下駄を鳴らし、長屋を通り抜けて店屋の並ぶ通りに出る。高価そうな着物を幾重にも着込んだ転光生が、二階建ての建物の二階から、こちらを見下ろし、愛想よく会釈をしていた。
それに小さく会釈を返し、再び歩き出せば、魚の振り売りが忙しなく駆けていくのが目に入る。
着流し姿の人物……サモナーは、その光景を楽しみながら、指定された路地まで歩いていく。
漬物屋を通り過ぎ、大きな木がそびえるそこへ、ゆっくり進んでいった。
時折聞こえる音や声に耳を澄ませながら。
……待ち合わせをしているのだ。
待ち合わせの相手は、赤い格子状の飾り窓が目立つ建物に寄りかかっていた。
大きな木の木陰となるそこで腰を下ろし、器用に琵琶を弾き鳴らす。
彼からは怪しく、そして妖艶な香りが立っていた。おそらく香袋か何かを持っているのだろう。甘く誘うような香りが、サモナーを出迎えた。
琵琶を弾く指は太い。鳥の獣人だけあって、筋肉がしっかりとついたたくましい手をしている。しかし、そのたくましい手は、同時にしなやかでもあった。琵琶を鮮やかに掻き鳴らすその様は、リトルワノクニの風景とよく合っていた。
「お待ち申し上げたぜ、主人殿よ」
鳥獣人の彼が言う。
「さあ、今宵も一つ、酔狂な賭けといこうじゃねえか」
ゆらりと立ち上がった彼……ガンダルヴァは、琵琶の音に聞き入っていたサモナーの肩を抱き、案内するかのように歩を進めた。
琵琶の音が止まった今、きん、と張り詰めた静寂だけが、場を支配しているようだった。
連れてこられたのは、やはり賭場だった。
ここでは丼とサイコロが用いられる。
器の中にサイコロを投げ入れ、出目を競うのがここのルールのようだった。
ガンダルヴァの太い指がサイコロを二つつまむ。爪で繊細に弾いたサイコロは、チン、という音を立てて器の中に残った。
サモナーには分からないが、なかなかの出目が揃っているらしい。おお……とどよめく賭場で、ガンダルヴァが小さく笑う。
これを上回る出目を、待っているようだった。
次の賭場では、丁半博打を行っていた。
座り込むガンダルヴァから、甘く怪しげな香りが漂う。腕や首を動かすたびに、その動作に会わせて香りが立つ。なんとも怪しい魅力だ。
「あんたには、もうやり方を教えたろ……さあ、やってみな。俺も後に続く」
指先で自身のクチバシをなぞりながらガンダルヴァが告げる。こういうのは、思いきりが肝心だ。
サモナーが息を吸い込む。
ガンダルヴァも同じように。
「半」
二人の声が重なった。
それが、琵琶の旋律のように混ざりあった。
胴元が、壺を開ける。
結果は……
たんまりとコインが詰まった袋を手に、ガンダルヴァは本日の勝ちを味わっている。
「あんたの前で格好つけられて良かったぜ」
な? と片目を瞑ってニヤリと笑う彼は、相変わらずの勝ちっぷりを見せるサモナーを面白そうに見ている。
サモナーは握らされたコインの袋を眺めたあと、それを何でもないかのように、ガンダルヴァの目の前に突きつけた。
「あげるよ」
「いいのかい?」
「お金を稼ぐ事が目的じゃなかったもの」
やっぱり欲がねえ。面白そうな鳥獣人が、クチバシをサモナーの首筋に擦り付け、囁いた。
「たまにゃあ、悪くねえだろ? 浪漫をかけた、大人のデヱトってやつも」
大人すぎやしないだろうか。
刺激の強いこれを、デヱトだなどと称する彼に、サモナーは少しだけ笑う。
仕方のない大人もいるものだ。
「……ここでお別れ?」
賭け事ならば楽しみきった。これ以上、何もないならば、待つのは別れしかないだろう。
ガンダルヴァは口元をニヤリと持ち上げる。再びサモナーの耳元にクチバシを持っていく。琵琶の音のようにビリリと痺れる声で囁くのだ。
「宵越しの銭は持たねえ主義なんだ……どうだい? この有り金すべてと、あんたの一夜を交換するってのは」
甘く怪しい香りが、サモナーに移る。
「……いいよ」
頷く召喚主に、鳥獣人が笑った。
有り金を叩いて用意されたのは、少しお高めの宿だった。宿ならばどこでも良かったサモナーにとって、何を奮発する必要があるのかと不思議だったが……疑問はすぐに解けることとなったのだった。
芸子が踊る。
三味線の音に会わせて、芸子たちがしゃなりと踊る。これをもてなしとしている宿のようだ。
もてなしが終わると、部屋に通される。これもまた、広めの部屋だった。何かあったら芸子を呼べるように広く作られているのだろう。
敷かれた布団は一つだけ。
枕は二つあった。
なんとも艶やかな宿である。
ガンダルヴァが、琵琶を持ちながらサモナーにそっと話しかけてきた。
「共寝をするにはまだ早え。さっきの芸子の嬢ちゃんたちの真似事でもしてみねぇか、主人殿よ」
ベン……と、琵琶の音が響く。
甘く漂う香りの中。
芸子の真似事、と言われ、サモナーは見様見真似で腰を落とした。先程見た踊りを、不器用ながらも真似ていく。
「いいねえ、やるじゃねえか。あんたが俺の音で舞うひと時を、俺は勝ち取ったってわけだ」
甘く響く。彼の声が。
それに小さく会釈を返し、再び歩き出せば、魚の振り売りが忙しなく駆けていくのが目に入る。
着流し姿の人物……サモナーは、その光景を楽しみながら、指定された路地まで歩いていく。
漬物屋を通り過ぎ、大きな木がそびえるそこへ、ゆっくり進んでいった。
時折聞こえる音や声に耳を澄ませながら。
……待ち合わせをしているのだ。
待ち合わせの相手は、赤い格子状の飾り窓が目立つ建物に寄りかかっていた。
大きな木の木陰となるそこで腰を下ろし、器用に琵琶を弾き鳴らす。
彼からは怪しく、そして妖艶な香りが立っていた。おそらく香袋か何かを持っているのだろう。甘く誘うような香りが、サモナーを出迎えた。
琵琶を弾く指は太い。鳥の獣人だけあって、筋肉がしっかりとついたたくましい手をしている。しかし、そのたくましい手は、同時にしなやかでもあった。琵琶を鮮やかに掻き鳴らすその様は、リトルワノクニの風景とよく合っていた。
「お待ち申し上げたぜ、主人殿よ」
鳥獣人の彼が言う。
「さあ、今宵も一つ、酔狂な賭けといこうじゃねえか」
ゆらりと立ち上がった彼……ガンダルヴァは、琵琶の音に聞き入っていたサモナーの肩を抱き、案内するかのように歩を進めた。
琵琶の音が止まった今、きん、と張り詰めた静寂だけが、場を支配しているようだった。
連れてこられたのは、やはり賭場だった。
ここでは丼とサイコロが用いられる。
器の中にサイコロを投げ入れ、出目を競うのがここのルールのようだった。
ガンダルヴァの太い指がサイコロを二つつまむ。爪で繊細に弾いたサイコロは、チン、という音を立てて器の中に残った。
サモナーには分からないが、なかなかの出目が揃っているらしい。おお……とどよめく賭場で、ガンダルヴァが小さく笑う。
これを上回る出目を、待っているようだった。
次の賭場では、丁半博打を行っていた。
座り込むガンダルヴァから、甘く怪しげな香りが漂う。腕や首を動かすたびに、その動作に会わせて香りが立つ。なんとも怪しい魅力だ。
「あんたには、もうやり方を教えたろ……さあ、やってみな。俺も後に続く」
指先で自身のクチバシをなぞりながらガンダルヴァが告げる。こういうのは、思いきりが肝心だ。
サモナーが息を吸い込む。
ガンダルヴァも同じように。
「半」
二人の声が重なった。
それが、琵琶の旋律のように混ざりあった。
胴元が、壺を開ける。
結果は……
たんまりとコインが詰まった袋を手に、ガンダルヴァは本日の勝ちを味わっている。
「あんたの前で格好つけられて良かったぜ」
な? と片目を瞑ってニヤリと笑う彼は、相変わらずの勝ちっぷりを見せるサモナーを面白そうに見ている。
サモナーは握らされたコインの袋を眺めたあと、それを何でもないかのように、ガンダルヴァの目の前に突きつけた。
「あげるよ」
「いいのかい?」
「お金を稼ぐ事が目的じゃなかったもの」
やっぱり欲がねえ。面白そうな鳥獣人が、クチバシをサモナーの首筋に擦り付け、囁いた。
「たまにゃあ、悪くねえだろ? 浪漫をかけた、大人のデヱトってやつも」
大人すぎやしないだろうか。
刺激の強いこれを、デヱトだなどと称する彼に、サモナーは少しだけ笑う。
仕方のない大人もいるものだ。
「……ここでお別れ?」
賭け事ならば楽しみきった。これ以上、何もないならば、待つのは別れしかないだろう。
ガンダルヴァは口元をニヤリと持ち上げる。再びサモナーの耳元にクチバシを持っていく。琵琶の音のようにビリリと痺れる声で囁くのだ。
「宵越しの銭は持たねえ主義なんだ……どうだい? この有り金すべてと、あんたの一夜を交換するってのは」
甘く怪しい香りが、サモナーに移る。
「……いいよ」
頷く召喚主に、鳥獣人が笑った。
有り金を叩いて用意されたのは、少しお高めの宿だった。宿ならばどこでも良かったサモナーにとって、何を奮発する必要があるのかと不思議だったが……疑問はすぐに解けることとなったのだった。
芸子が踊る。
三味線の音に会わせて、芸子たちがしゃなりと踊る。これをもてなしとしている宿のようだ。
もてなしが終わると、部屋に通される。これもまた、広めの部屋だった。何かあったら芸子を呼べるように広く作られているのだろう。
敷かれた布団は一つだけ。
枕は二つあった。
なんとも艶やかな宿である。
ガンダルヴァが、琵琶を持ちながらサモナーにそっと話しかけてきた。
「共寝をするにはまだ早え。さっきの芸子の嬢ちゃんたちの真似事でもしてみねぇか、主人殿よ」
ベン……と、琵琶の音が響く。
甘く漂う香りの中。
芸子の真似事、と言われ、サモナーは見様見真似で腰を落とした。先程見た踊りを、不器用ながらも真似ていく。
「いいねえ、やるじゃねえか。あんたが俺の音で舞うひと時を、俺は勝ち取ったってわけだ」
甘く響く。彼の声が。
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