ああ、それは許されざる
同族を狩るのは、いけない事だ。
人間社会で暮らす以上、同族を討ち倒す事などあってはならない。そう、思っていたのだが。
「鬼め! 鬼めぇ!」
叫びながら、人が剣を抜く様を見た。
「人じゃないくせに! 人の言葉なんか話しやがって! 話が通じないくせに! 人の言葉なんか話しやがって!」
恨みと怯えと軽蔑が、多分に含まれた罵詈雑言に、アカオニはチクリとした痛みを胸に感じた。
「人メ、人メ!」
笑いながら人を倒す、オニを見た。
「下等ナ種族ガドウ抵抗スルトイウノカ!」
食うためでも、縁をつなぐためでもなく。
弱き者を嘲笑いながら屠る同族の姿に、アカオニはチリリと胸が燃える感覚を味わった。
同族であるオニたちに、苦言を呈しても良いものか、アカオニには分からない。
転光生への差別や偏見は完全になくなった訳ではないし、火種となるものがあればすぐに燃え上がり、現地人と転光生、双方への嫌悪や憎悪に結びつく。今までの経験で知っている。
アカオニ自身も、人間の事を嘲り、見くびっていた過去はないと言えない。
アカオニだって人を襲って死なせた事がある。……ただし、食って自分の糧にするため、だが。
そうしないとこの土地との縁が切れるから。縁を繋がないと、苦しくてたまらなかったから。
だが、やった事はやった事なのだ。
楽しくなかろうと、苦しかろうと、生きるために必死であろうと、アカオニは、今目の前で人間たちを嘲る同族と、同等の事をしていたのだから。
だから、悩む。
自分なんかが、同族を止めていいのかと。
人間社会で暮らす以上、同族を討ち倒すなどという、社会性をかなぐり捨てる行為をして、良いものなのかと。
隣に立つ主人は、アカオニに目を向けた。
神宿学園の制服を着た高校生は、苦しそうに、悔しそうに悩み抜く従者に、声をかけた。
「オニとして、じゃなくって」
アカオニが、サモナーを見る。
まっすぐな視線をこちらに向ける主人を見る。
サモナーはアカオニの背中に、そっと手を回し、それから再び口を開いた。
「オニとして、じゃなくって、アカオニ個人の価値観で動いていいよ」
目の前で起きている、人間とオニとの憎み合いを指しているのだと、アカオニには分かった。
「シカシ……昔、同族ト同ジ事ヲシタ身デアリナガラ、今更……今更ナニヲ言エトイウノカ……」
「お前の心は、誰にも侵させてはいけない」
「……主」
「アカオニの大切な思いを、オニだからという理由で封印していい事にはならないよ」
大切な思い。
まっすぐ……まっすぐに言ってくる高校生は、しっかりとアカオニを見て、頷いた。
お前のやりたいようにやって来い。
それがもし間違いならば、主人である自分が対処するから。
語られこそしないが、目が物語っている。
アカオニは、一歩を踏み出した。
人間社会で暮らす以上、同族を狩るのはいけない事だろう。
しかし自分自身の中で芽吹いた、人間への好意や庇護欲に蓋をする事もまた、社会性をかなぐり捨てる行為だろう。
何より、自分を信じて送り出してくれた主の気持ちをふいにする事は、従者である自分が、最も許せない事だ。
どれもがアカオニの中で大きな比重を持っていた。どれか一つに傾く事は許されなかった。
ああ、それは、きっと許されざる事なのだ。
どれを選んでもアカオニは、自分を責めるのだ。
それを覚悟の上で。
彼は、同族に拳を振り上げた。
人間社会で暮らす以上、同族を討ち倒す事などあってはならない。そう、思っていたのだが。
「鬼め! 鬼めぇ!」
叫びながら、人が剣を抜く様を見た。
「人じゃないくせに! 人の言葉なんか話しやがって! 話が通じないくせに! 人の言葉なんか話しやがって!」
恨みと怯えと軽蔑が、多分に含まれた罵詈雑言に、アカオニはチクリとした痛みを胸に感じた。
「人メ、人メ!」
笑いながら人を倒す、オニを見た。
「下等ナ種族ガドウ抵抗スルトイウノカ!」
食うためでも、縁をつなぐためでもなく。
弱き者を嘲笑いながら屠る同族の姿に、アカオニはチリリと胸が燃える感覚を味わった。
同族であるオニたちに、苦言を呈しても良いものか、アカオニには分からない。
転光生への差別や偏見は完全になくなった訳ではないし、火種となるものがあればすぐに燃え上がり、現地人と転光生、双方への嫌悪や憎悪に結びつく。今までの経験で知っている。
アカオニ自身も、人間の事を嘲り、見くびっていた過去はないと言えない。
アカオニだって人を襲って死なせた事がある。……ただし、食って自分の糧にするため、だが。
そうしないとこの土地との縁が切れるから。縁を繋がないと、苦しくてたまらなかったから。
だが、やった事はやった事なのだ。
楽しくなかろうと、苦しかろうと、生きるために必死であろうと、アカオニは、今目の前で人間たちを嘲る同族と、同等の事をしていたのだから。
だから、悩む。
自分なんかが、同族を止めていいのかと。
人間社会で暮らす以上、同族を討ち倒すなどという、社会性をかなぐり捨てる行為をして、良いものなのかと。
隣に立つ主人は、アカオニに目を向けた。
神宿学園の制服を着た高校生は、苦しそうに、悔しそうに悩み抜く従者に、声をかけた。
「オニとして、じゃなくって」
アカオニが、サモナーを見る。
まっすぐな視線をこちらに向ける主人を見る。
サモナーはアカオニの背中に、そっと手を回し、それから再び口を開いた。
「オニとして、じゃなくって、アカオニ個人の価値観で動いていいよ」
目の前で起きている、人間とオニとの憎み合いを指しているのだと、アカオニには分かった。
「シカシ……昔、同族ト同ジ事ヲシタ身デアリナガラ、今更……今更ナニヲ言エトイウノカ……」
「お前の心は、誰にも侵させてはいけない」
「……主」
「アカオニの大切な思いを、オニだからという理由で封印していい事にはならないよ」
大切な思い。
まっすぐ……まっすぐに言ってくる高校生は、しっかりとアカオニを見て、頷いた。
お前のやりたいようにやって来い。
それがもし間違いならば、主人である自分が対処するから。
語られこそしないが、目が物語っている。
アカオニは、一歩を踏み出した。
人間社会で暮らす以上、同族を狩るのはいけない事だろう。
しかし自分自身の中で芽吹いた、人間への好意や庇護欲に蓋をする事もまた、社会性をかなぐり捨てる行為だろう。
何より、自分を信じて送り出してくれた主の気持ちをふいにする事は、従者である自分が、最も許せない事だ。
どれもがアカオニの中で大きな比重を持っていた。どれか一つに傾く事は許されなかった。
ああ、それは、きっと許されざる事なのだ。
どれを選んでもアカオニは、自分を責めるのだ。
それを覚悟の上で。
彼は、同族に拳を振り上げた。
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