ひどく寒い日のこと

「お母さんって、こんな感じなのかな?」
 サモナーが本居シロウを見て言った。

 教室の清掃を済ませ、帰り支度を整えている時のことだった。本から飛び出してきたエビル一人一人に小さなマフラーを巻いてやって、それでも寒そうなら手編みのカーディガンを羽織らせてやる本居シロウに、サモナーが口を開いたのだ。
「お母さんって、こんな感じなのかな?」
 シロウはきょとんとした表情でサモナーを見て、それから、俺はお母さんなのかい? と苦笑した。
 サモナーの記憶の中に母はいない。だから、これが正しい母親像なのかは分からない。
 父親の代わりのような担任はいる。おそらく担任の先生も、手編みではないが上着を羽織らせてはくれるだろう。
 だが、シロウを見ていると、何となく「母親」という言葉が浮かんできてしまうのだ。
「ギィ!」
 エビルたちが嬉しそうにしている。
 お母さんという言葉に喜んでいるのだろうか。
 シロウの足にムギュムギュとしがみついて甘えていた。シロウは動きにくそうだった。
「サモナーがそう言うなら、そうなのかも知れないな。俺はエビルたちにとって、父であり、母であり、主人なんだと思うよ」
「そんなに|役割《ロール》があったら忙しいね」
 サモナーが返した言葉に、シロウは笑った。慈しみを感じる微笑みで、エビルとサモナーを交互に見ていた。
 サモナーが、ふと思いつく。
 思いついたことを口にする。
「一つくらい代わろうか?」
「代わる? 何をだい、サモナー?」
 不思議そうに瞬きをするシロウに、サモナーは静かに近づいた。口元は微笑んでいるが、目は真剣な様子で……ああ、大切な事を言うのだな、とシロウは察した。

「例えば……例えばね……エビルたちの、父親役……とか、どうだろう?」

 シロウの頬が朱に染まる。
 そんな大胆な事を口にした張本人は、照れた様子もなくシロウの両肩を優しく掴んでいた。
「……駄目かな?」
「……い、いいと思う……」
 緊張した様子でシロウが返す。
 身を固くしているシロウに、サモナーはにこりと笑いかけ、「良かった」と言った。
 そうして、本居シロウの唇に、自身の唇を重ね、体温を交換するかのようにゆっくりと、静かに吐息を混ぜ合った。
 エビルたちが、ポテポテと拍手をしている。
 小さな使い魔たちの目の前で行われたそれに、サモナーは小声で、自分の人差し指をシロウの唇に当てながら、言葉を紡ぐ。

「自分と、シロウと、エビルたちだけの秘密だよ」

 目を潤ませ、頬を赤くしたシロウが、小さく頷いて……学生寮まで、同じ歩調で帰っていった、ある日の事。
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