爆弾かお前は

 汚れたぬいぐるみが、神宿学園の校庭に転がっていた。風に吹かれながら力なく横たわるそれを拾い上げたのは、シンノウだった。

「きょ……きょうだい」
「うわ、喋った……なんだ、テスカか」
 汚れたぬいぐるみを目の前に掲げられたサモナーが、訝しげな声を出す。泥と埃にまみれたそのぬいぐるみは、枯れた声で「きょうだい……」と呟くので、なんとも不気味である。
 サモナーくん、至急保健室に来なさい、と保険医であるシンノウの校内放送で呼び出されたサモナーは、なぜ自分が呼ばれたか、なぜ至急だったかの理由を一発で理解して、ため息をついていた。
 テスカトリポカが、やって来たからだ。
 なぜかボロボロの姿で。
「とりあえず洗濯機に放り込むか」
「待ち給えきょうだい、私は優しく手洗いを所望するよ!? このキュートなぬいぐるみボディを乱暴に雑に扱うというのかね!」
「手洗いだなんてそんなそんな、文明は発展しているんだよテスカトリポカ」
「嫌だ嫌だ、優しくモフモフ……してくれないと拗ねるぞう? いいのかね? 見たいのかね? いい年した大人の! 世界代行者の駄々こねを!」
「そんな斬新な脅迫しないでほしかった」

 大きめのタライにぬるま湯を張り、洗剤を溶かし、ぬいぐるみ姿のテスカトリポカをいれる。泥汚れのせいで湯が濁ったが、構わず揉みほぐして洗うことにした。
「っあー……」
「おっさんみたいな声を出すなよ、洗いにくい」
「そこそこ……もうちょっと下……ああー……」
「あー、じゃないんだよ」
 もふもふとしたボディを揉み洗いするたびに、テスカトリポカの口から、マッサージを受けるおっさんの声が漏れる。
 可愛い見た目をしているが、声はバッチリ低いのだ。濁点のついた声で、おああ、などと言われ、サモナーは非常にやりづらかった。
「……で?」
「む? で、とは何だね、きょうだい?」
「テスカはなんの用で来たんだって話だよ」
 ジャブジャブとぬいぐるみを洗いながら問いかけるサモナー。それに、あー、と返すテスカトリポカは、自身についた泡を拭いながら答える。
「遊びに来たのだよ!」
「それは分かるけど、いつもと違って泥だらけ埃まみれで、くたびれきってたじゃない」
「タネトモ参謀が張り巡らせた罠を掻い潜って外に出てきたからね! 疲れ切ってしまってだね!」
「また仕事サボったのか」
「タネトモ参謀も今頃、私のことを探し回っているだろうよ! ついでにレンジャー部隊を動員させたと聞いたから、彼らが乗り込んで来るんじゃないかな?」
 ないかな? ではない。
「ついでに、ここに来る前に血の気が多い若者たちをアプリバトルでボコボコにしてしまってねえ」
「しまってねえ、じゃない、何してんの」
 ぬいぐるみの姿で、しかもたった一人でよく勝てたものだ。そんなことはどうでも良いのか、テスカトリポカはニコニコとサモナーを見上げた。
「負けた彼らがお礼参りに来るかもしれないぞう、きょうだい」
「なんでテスカが原因なのにこっちにお礼参りに来るんだ! ていうか、何、ウォーモンガーズと見知らぬギルドが同時に神宿学園に来るわけ?」
「わけ」
「爆弾かお前は!!」
「あと我が同盟者ことバロールも、私を迎えに来るという名目で、君に会いに来るよ」
「爆弾度合いが上がっていく」
「オンブレティグレも来るよ」
「お礼参りに来たギルドと鉢合わせして派手にバトルが始まる予想がついちゃうじゃん」
「フハハハ!」
「笑い事じゃないんだよ!」
 すすぎのために、新しいぬるま湯に沈める。
 おぼぼごぼぶく、と水中で何かを喋るテスカトリポカが、ザバン、と水面に勢いよく顔を出して、サモナーにこう告げた。

「匿ってくれんかね!」

「もおー!! 匿わないよ、帰れよぉ!」
「まだ遊んでいないのだが!? それに、ほら! まだ濡れている! 乾かさねばなるまいよ! ね! 乾くまでここに居させてほしいのだよ!」
 ウォーモンガーズと騒動をまとめて引き連れてくる男が、茶目っ気たっぷりにゴネるので。
 サモナーはとりあえず、こいつを乾燥機に突っ込むべきかどうかを考えた。
 爆弾がタオルにくるまってゴロゴロし始めたので、全てを諦めるほかなかったが……。
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