突撃、隣の大戦争
べっ、と音を立てて吐き出された血の中に、欠けた犬歯の一部が転がっていた。
右下の糸切り歯を失ったサモナーが、鼻血を手の甲で雑に拭って、笑いながら問う。
「テスカ、生きてるか?」
崩れて倒れたコンクリートの壁を蹴り壊して乱暴に立ち上がったテスカトリポカが、晴れやかに、胸を張って答えた。
「うむ! 実に生き生きとしているとも、きょうだい! まあ既に生きてはいないのだがね!」
お決まりのエルドラドジョーク。
笑いどころに困るそれを吐き出す彼の翼は、片方、痛々しいまでにへし折れていた。
これでは飛ぶことも叶うまい。
だが、その惨状を気にしている者はいなかった。ただの一人も。テスカトリポカも、サモナーも。
どちらも口角は上がっていた。
テスカトリポカは邪魔な存在ではいか。
そう考えた者たちがいた。
ヨリトモとメフィストフェレスである。
彼らは、邪魔である可能性を考え、テスカトリポカがいなくなった際のウォーモンガーズ部隊の損失と、彼がいない分動きやすくなるだろう自分たちの環境を天秤にかけ、後者を取ったのだ。
試しに一度潰してみるか、と。
竜蛇や流者は下に見るものだ。大半の世界代行者はあのトロフィーを見下している。いや、見下さざるを得ない。トロフィーとはそのようなものであるからだ。序列が下の者を尊重することは、世界を、信仰をひっくり返すやもしれぬ蛮行だ。
しかしテスカトリポカはどうであろうか。彼はその流者と対等でいたがる。目には目を歯には歯をとは聞くが、拳には拳を、悪態には悪態を返す徹底ぶりである。サモナーと同格である風に振る舞う太陽神は、世界代行者たちから見ても異質と言わざるを得なかった。
あの戦争狂いは、全ての障害になるやもしれない。ならば消そう。今回のループ限りの、短絡的なお遊びでしかないが、一度、戦力外として弾き出してみよう。
内ゲバというやつだ。
南も東も捨て置いて、思いきりドンパチしてやろう。勝手なことをしてくれるエルドラドの彼に、勝手なことをし返して、苦汁を飲むか辛酸をなめるかしてもらおう。そういう喧嘩である。
統率の取れた部隊を多数派遣した。
もしかしたらバロールがテスカトリポカを援護するやもしれないとも考えたが、意外にもバロールは関心を示さなかった。自身の盟友だろうに。どうなっても構わないということか。
ヨリトモとメフィストフェレスには関係ないことだ。徹底的に潰してみるだけだ。ついでに、この闘争でテスカトリポカの身勝手が大人しくなれば儲けものなのだが、おそらく望み薄だろうことは分かっていた。
統率の取れた兵たちが、入れ代わり立ち代わり攻撃を加えては、ポジションを変えて遮蔽物の裏へと隠れる。サモナーとテスカトリポカ、たった二人に対して過剰なまでの全力で攻め込んでくる兵たちに、サモナーも、テスカトリポカも……
ゲラゲラと笑っていた。
何がそんなに面白いのか、何故そんなにご機嫌なのかは分からないが、二人は腹を抱えて笑っている。手を叩いて喜んでいるし、何ならじゃんけんをして、どちらが目の前の相手を殴り飛ばすか小競り合いをしている。
「あっ、後出ししたな、ズルい! もう一回」
ケラケラ笑うサモナーと
「駄目。駄ぁ目。決まったことだよ、君ィ」
ゲラゲラ笑うテスカトリポカが
揃って兵たちの方を向く。
兵士たちが一斉に身構えた。怖気を感じてのことだった。猛獣が獲物を見つけたような、やんちゃ小僧たちがイタズラしがいのある対象を見つけたときのような、身の危険を感じさせる笑みを浮かべた二人を、見たからだった。
バロールが見たら、何と言っただろうか。
孫を巻き込むな馬鹿野郎、だろうか。
それとも、勝手にしろ馬鹿共、だろうか。
満身創痍のはずなのに、サモナーもテスカトリポカも神器を構えることをやめないし、腕が、足が、青黒くなっていようとも、戦う意志を捨てていなくて……その光景が、ヨリトモの胃痛を呼び覚まし、メフィストフェレスに頭痛を起こさせていたのを、知る者はあまりいない。
「フハハハハハハ! サモナーよ! これが限界だとは、よもや言うまいね!?」
「そっちこそ! 最後の最後まで死力を尽くす覚悟はあるな、テスカトリポカ!?」
二人は笑った。
もちろんだ、と揃って答えた。
銃弾が飛び交う。剣が舞う。棍棒が振り下ろされて地面が抉れる。コンクリートが降り注ぐ。
サモナーの頬がざくりと切れる。テスカトリポカの片方の耳が吹き飛ばされる。血が出る。関節が捩れる。骨にヒビが入る。
そんな惨状で。
いや。
そんな戦場で。
サモナーとテスカトリポカは、まるで競争をしているかのように「こちらの勝ちだ」と言い合い、イタズラをしているかのように敵方の懐に飛び込み、斬って、撃って、兵たちを飛び越して、叩いて蹴って殴ってなぶって、笑って、敵地のど真ん中に飛び込んでいくのだった。
刹那的に享楽して、歯が折れようと、小指が飛ぼうと、何処吹く風で暴れまわり、これで命を散らしても本望であると駆け回る二人が、銃後で見ているだろう彼らに向かって指を二本立てて笑ったりなどするものだから。
ヨリトモもメフィストフェレスも、大きなため息をついて額に手を当てる羽目になったのである。
右下の糸切り歯を失ったサモナーが、鼻血を手の甲で雑に拭って、笑いながら問う。
「テスカ、生きてるか?」
崩れて倒れたコンクリートの壁を蹴り壊して乱暴に立ち上がったテスカトリポカが、晴れやかに、胸を張って答えた。
「うむ! 実に生き生きとしているとも、きょうだい! まあ既に生きてはいないのだがね!」
お決まりのエルドラドジョーク。
笑いどころに困るそれを吐き出す彼の翼は、片方、痛々しいまでにへし折れていた。
これでは飛ぶことも叶うまい。
だが、その惨状を気にしている者はいなかった。ただの一人も。テスカトリポカも、サモナーも。
どちらも口角は上がっていた。
テスカトリポカは邪魔な存在ではいか。
そう考えた者たちがいた。
ヨリトモとメフィストフェレスである。
彼らは、邪魔である可能性を考え、テスカトリポカがいなくなった際のウォーモンガーズ部隊の損失と、彼がいない分動きやすくなるだろう自分たちの環境を天秤にかけ、後者を取ったのだ。
試しに一度潰してみるか、と。
竜蛇や流者は下に見るものだ。大半の世界代行者はあのトロフィーを見下している。いや、見下さざるを得ない。トロフィーとはそのようなものであるからだ。序列が下の者を尊重することは、世界を、信仰をひっくり返すやもしれぬ蛮行だ。
しかしテスカトリポカはどうであろうか。彼はその流者と対等でいたがる。目には目を歯には歯をとは聞くが、拳には拳を、悪態には悪態を返す徹底ぶりである。サモナーと同格である風に振る舞う太陽神は、世界代行者たちから見ても異質と言わざるを得なかった。
あの戦争狂いは、全ての障害になるやもしれない。ならば消そう。今回のループ限りの、短絡的なお遊びでしかないが、一度、戦力外として弾き出してみよう。
内ゲバというやつだ。
南も東も捨て置いて、思いきりドンパチしてやろう。勝手なことをしてくれるエルドラドの彼に、勝手なことをし返して、苦汁を飲むか辛酸をなめるかしてもらおう。そういう喧嘩である。
統率の取れた部隊を多数派遣した。
もしかしたらバロールがテスカトリポカを援護するやもしれないとも考えたが、意外にもバロールは関心を示さなかった。自身の盟友だろうに。どうなっても構わないということか。
ヨリトモとメフィストフェレスには関係ないことだ。徹底的に潰してみるだけだ。ついでに、この闘争でテスカトリポカの身勝手が大人しくなれば儲けものなのだが、おそらく望み薄だろうことは分かっていた。
統率の取れた兵たちが、入れ代わり立ち代わり攻撃を加えては、ポジションを変えて遮蔽物の裏へと隠れる。サモナーとテスカトリポカ、たった二人に対して過剰なまでの全力で攻め込んでくる兵たちに、サモナーも、テスカトリポカも……
ゲラゲラと笑っていた。
何がそんなに面白いのか、何故そんなにご機嫌なのかは分からないが、二人は腹を抱えて笑っている。手を叩いて喜んでいるし、何ならじゃんけんをして、どちらが目の前の相手を殴り飛ばすか小競り合いをしている。
「あっ、後出ししたな、ズルい! もう一回」
ケラケラ笑うサモナーと
「駄目。駄ぁ目。決まったことだよ、君ィ」
ゲラゲラ笑うテスカトリポカが
揃って兵たちの方を向く。
兵士たちが一斉に身構えた。怖気を感じてのことだった。猛獣が獲物を見つけたような、やんちゃ小僧たちがイタズラしがいのある対象を見つけたときのような、身の危険を感じさせる笑みを浮かべた二人を、見たからだった。
バロールが見たら、何と言っただろうか。
孫を巻き込むな馬鹿野郎、だろうか。
それとも、勝手にしろ馬鹿共、だろうか。
満身創痍のはずなのに、サモナーもテスカトリポカも神器を構えることをやめないし、腕が、足が、青黒くなっていようとも、戦う意志を捨てていなくて……その光景が、ヨリトモの胃痛を呼び覚まし、メフィストフェレスに頭痛を起こさせていたのを、知る者はあまりいない。
「フハハハハハハ! サモナーよ! これが限界だとは、よもや言うまいね!?」
「そっちこそ! 最後の最後まで死力を尽くす覚悟はあるな、テスカトリポカ!?」
二人は笑った。
もちろんだ、と揃って答えた。
銃弾が飛び交う。剣が舞う。棍棒が振り下ろされて地面が抉れる。コンクリートが降り注ぐ。
サモナーの頬がざくりと切れる。テスカトリポカの片方の耳が吹き飛ばされる。血が出る。関節が捩れる。骨にヒビが入る。
そんな惨状で。
いや。
そんな戦場で。
サモナーとテスカトリポカは、まるで競争をしているかのように「こちらの勝ちだ」と言い合い、イタズラをしているかのように敵方の懐に飛び込み、斬って、撃って、兵たちを飛び越して、叩いて蹴って殴ってなぶって、笑って、敵地のど真ん中に飛び込んでいくのだった。
刹那的に享楽して、歯が折れようと、小指が飛ぼうと、何処吹く風で暴れまわり、これで命を散らしても本望であると駆け回る二人が、銃後で見ているだろう彼らに向かって指を二本立てて笑ったりなどするものだから。
ヨリトモもメフィストフェレスも、大きなため息をついて額に手を当てる羽目になったのである。
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