ノイズ
今日もまた夢を見た。
同じ夢だ。
ツァトグァは小さく息を吐いた。
黄金色の麦畑があたり一面に広がっている。風に揺られてさわさわと音を鳴らす麦たちは、豊穣、と呼ぶに相応しい光景を見せてくれる。
いつもそうだ。
夢の始まりは、いつもこの麦畑からなのだ。
ツァトグァの腰辺りまである麦たちをかき分けて歩くと、ぼんやりと人影のようなものが見えてくる。これもまた、いつも通りなのだ。
褐色の肌を持つその人は、麦畑の中央に立って、しっかりとこちらを見ていた。
「またか」
その男性が口を開く。
「底のない海に、また潜るというのか」
褐色の肌と、紫がかった頭髪。月桂冠だろうか……王冠のように、それが頭に載っている。
大きな布一枚を器用に服のように体に巻き付けた彼は、ツァトグァが頷くのを確認すると、そうか、と短く返してきた。
「我は待たれているのであーる」
ツァトグァは、自分でもよく分からない返答をする。
誰に待たれているのかを訊ねる者はいなかった。
次の瞬間には、麦畑は大きくうねりを上げて、ツァトグァを飲み込んだのだから。
ゴボゴボ、と水が撹拌される音が耳に届いた。視線を周りに向ける。景色は金色の麦畑から、紺碧の海原へと変わっていた。
この夢を見るたびに、ツァトグァは徐々に徐々に、海の奥深くへと潜っていけるようになっていった。最初はあっという間に苦しくなって水面に顔を出し、その勢いで目を覚ましていたというのに、今や長時間の潜水に耐えられる。
夢だから、だが。
現実ならば、怠惰を司るツァトグァが潜水などするはすがないのだ。
海の中を、深く、深く、潜っていく。
水底の岩場にたどり着いたとき、またも何者かの影に出会った。褐色の肌と、紫がかった頭髪。
しかし麦畑の彼ではない。
どことなくそう思える。
少々はだけた開襟シャツを着て、大きな岩に腰掛けていた。水流で髪が柔く揺れる。
「呼ばれるのは、羨ましいことだな」
月桂冠を載せていないほうの褐色肌の男は、そう言った。
何故かツァトグァの胸がチクリと痛む。
褐色の肌を持つ男を通り過ぎて、海中をさらに探索することにした。
何処かから呼ばれているような気がして、深く、深く潜っていく。やがて……何かの建物の支柱だろう、白い柱がポツポツと見えるようになった。
そこで、目が覚めた。
ゆっくりと体を起こす。ゴミや脱ぎ捨てた服だらけの部屋が目につく。
これはこれで海のようだと思えなくもないが、そんなことを言ったら、あの夢に出てきた男性に怒られるのだろう。
時計を見れば、短針は昼過ぎを知らせていた。
かれこれ十八時間眠っていたことになる。
ツァトグァは深く深く、ため息をついた。
次は何時間……いや、何日、あの夢に呼ばれるか、分かったものではないからだ。
死せるそれが眠れるままに待つ世界を旅してきた怠惰なる彼は、頭から疲労感にどっぷりとまみれ、今まで寝ていた布団に再び寝転がった。
未だに、呼び声がノイズのように、頭にこびりついていた。
同じ夢だ。
ツァトグァは小さく息を吐いた。
黄金色の麦畑があたり一面に広がっている。風に揺られてさわさわと音を鳴らす麦たちは、豊穣、と呼ぶに相応しい光景を見せてくれる。
いつもそうだ。
夢の始まりは、いつもこの麦畑からなのだ。
ツァトグァの腰辺りまである麦たちをかき分けて歩くと、ぼんやりと人影のようなものが見えてくる。これもまた、いつも通りなのだ。
褐色の肌を持つその人は、麦畑の中央に立って、しっかりとこちらを見ていた。
「またか」
その男性が口を開く。
「底のない海に、また潜るというのか」
褐色の肌と、紫がかった頭髪。月桂冠だろうか……王冠のように、それが頭に載っている。
大きな布一枚を器用に服のように体に巻き付けた彼は、ツァトグァが頷くのを確認すると、そうか、と短く返してきた。
「我は待たれているのであーる」
ツァトグァは、自分でもよく分からない返答をする。
誰に待たれているのかを訊ねる者はいなかった。
次の瞬間には、麦畑は大きくうねりを上げて、ツァトグァを飲み込んだのだから。
ゴボゴボ、と水が撹拌される音が耳に届いた。視線を周りに向ける。景色は金色の麦畑から、紺碧の海原へと変わっていた。
この夢を見るたびに、ツァトグァは徐々に徐々に、海の奥深くへと潜っていけるようになっていった。最初はあっという間に苦しくなって水面に顔を出し、その勢いで目を覚ましていたというのに、今や長時間の潜水に耐えられる。
夢だから、だが。
現実ならば、怠惰を司るツァトグァが潜水などするはすがないのだ。
海の中を、深く、深く、潜っていく。
水底の岩場にたどり着いたとき、またも何者かの影に出会った。褐色の肌と、紫がかった頭髪。
しかし麦畑の彼ではない。
どことなくそう思える。
少々はだけた開襟シャツを着て、大きな岩に腰掛けていた。水流で髪が柔く揺れる。
「呼ばれるのは、羨ましいことだな」
月桂冠を載せていないほうの褐色肌の男は、そう言った。
何故かツァトグァの胸がチクリと痛む。
褐色の肌を持つ男を通り過ぎて、海中をさらに探索することにした。
何処かから呼ばれているような気がして、深く、深く潜っていく。やがて……何かの建物の支柱だろう、白い柱がポツポツと見えるようになった。
そこで、目が覚めた。
ゆっくりと体を起こす。ゴミや脱ぎ捨てた服だらけの部屋が目につく。
これはこれで海のようだと思えなくもないが、そんなことを言ったら、あの夢に出てきた男性に怒られるのだろう。
時計を見れば、短針は昼過ぎを知らせていた。
かれこれ十八時間眠っていたことになる。
ツァトグァは深く深く、ため息をついた。
次は何時間……いや、何日、あの夢に呼ばれるか、分かったものではないからだ。
死せるそれが眠れるままに待つ世界を旅してきた怠惰なる彼は、頭から疲労感にどっぷりとまみれ、今まで寝ていた布団に再び寝転がった。
未だに、呼び声がノイズのように、頭にこびりついていた。
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