階段の怪談
「オニワカ、頼んだ!」
真夜中の神宿学園校舎で、サモナーが意気揚々とそう言うので、呼び出された宝蔵院オニワカは断ることもできず、主様の好奇心に水をささないよう頷くほかなかった。
きっかけは些細なことだった。
休み時間の廊下で、フェンサーやメイジたちが、昔こんな噂があったよね、などと話しながらサモナーとすれ違ったのだ。
「理科室の人体模型が勝手に動くとか」
「あったあった! 三階のトイレの個室に幽霊が出るとかな!」
それをサモナーズの面々に確認すると、彼らは非常に淡白な反応を返すばかりだった。
「あー、うん」
小学生の頃に散々聞かされた噂話に、今さら反応することもないのだろう。
しかしサモナーには記憶がない。小学生レベルの噂話も、初めて耳にするものばかりだ。
サモナーズに頼れないならば……そうだ。
彼に頼ろう。
こうして、オニワカを呼び出したサモナーは、二人きりの七不思議調査隊を結成したのだった。
「ガキの頃にやったなあ、七不思議の調査なんてよ……まったく、懐かしい限りだぜ」
呆れたような小声でオニワカが言う。
サモナーに聞こえないように最新の注意を払って。否定もツッコミもせず、主人のあとをついて来てくれている。忠義者である。
「三階の男子トイレの個室に幽霊が出るんだって、ちょっと見てくるね」
サモナーが張り切って中に入ろうとするので
「ちょっと待った、主様。俺が用を足しに行くがてら調べて来てやるよ」
オニワカがそれを制し、サモナーを外で待たせる事にした。頼りになる忠義者にサモナーは目を輝かせ、「何か出たら教えてね」などと見送った。
五分後、水が流れる音がして、それからオニワカが出てきた。手をパンパンと払っている。
「オニワカ、ハンカチ持ってないの?」
「手は拭いたっての」
「じゃあなんで、手を払ってるの? 何か出た?」
「いいや、何もなかったぜ。個室のドアを全部開けて確かめたけど、幽霊のゆの字もなかった」
そうか、拍子抜けだね、とサモナー。
オニワカは小さく息をつくと、口の中で念仏のようなものを小さく唱えて男子トイレを後にした。
続いて、理科室の人体模型である。
夜になると勝手に動くのだという。
しかし、人体模型はピクリとも動かず、姿勢をまっすぐにして立っていた。
「何もなかったな、主様よ」
「うーん、空振りかあ……」
笑いながらサモナーを理科室の外に出し、オニワカが振り向く。人体模型は微動だにしていない。
しかし嫌な予感はする。
「あ、わりい、主様。理科室にぬいぐるみのストラップ落としてきた。拾ってくるから待っててくれや」
「えっ? 分かった、大切だもんね!」
すんなり信じて外で待っていてくれる主人に心の中で感謝をしつつ、オニワカは理科室へと舞い戻る。
途端に、ガタガタ! と動くものがあった。
骨格標本だった。
「お前の方かよ!」
小声でツッコミを飛ばしつつ、骨格標本にチョップを入れて黙らせたオニワカである。
多数決の信仰。
そうである、と多数の者に信じられていることは、現実として、実存するものとして現れる。
サンタクロースも魔女もドラゴンもいる東京で、なぜ七不思議が発生しないと言えようか。
学校では七不思議を信じる者が多数派なようで、実際に不思議な現象が起こっていた。
七不思議を知っていて、うっすらと意識しているだけでも、効力があるのかもしれない。
「こりゃあ……本格的に護らねえといけなくなってきたな……主様に妙な真似しやがったら、俺がタダじゃおかねえ」
夜中の校舎を歩いて回るサモナーの背中に向かって、オニワカの独り言が投げかけられる。
サモナーは、くるりとオニワカの方を振り向いた。無邪気な顔をしていた。
「階段に行ってみよう」
階段の踊り場にある鏡を覗き込むと、上りと下りで階段の段数が変わる。
数え間違いをしたんじゃないかと疑わしい噂だったが、サモナーは興味津々だった。
躊躇わずに鏡を覗こうとする。
片手でサモナーの目を隠し、オニワカは言う。
「こういうのは夜中に鏡を見る怖さに動転して、段数を余計に数えちまう奴がいるってだけの話だ」
「そうなの?」
「そうなんだよ、ほら、次の噂に行こうぜ」
「なあんだ」
素直に信じてくれる高校生の主人に安堵の息を吐き、宝蔵院オニワカは鏡を睨みつける。
鏡の中の階段は、こちらの階段の段数よりも、一つ多かった。
「ええと、二階の階段の四段目を踏むと地獄に落ちるんだって!」
「そんなお手軽に行けるもんかよ」
二階に到達した二人が、階段を前にそんな事を話し合う。サモナーは動いた。
オニワカが止める前に四段目を踏んだ。
「何も起こらないね!」
「だぁから、お手軽に行くもんじゃねえんだよ、地獄なんてのはよ」
残念だなあ、と肩を落とすサモナーに、オニワカが笑う声がした。
「結局、何もなかったね」
退屈そうに言うサモナーの隣で、オニワカが苦笑する。だから言ったろ、噂だよ、と、ぶっきらぼうだが優しい声音で返す。
サモナーはあくびを一つ。
「夜中に呼んじゃってごめんね、オニワカ」
そう口にした。
「いや、良いってことよ」
オニワカが軽く返す。
真夜中の神宿学園校舎で、サモナーが意気揚々とそう言うので、呼び出された宝蔵院オニワカは断ることもできず、主様の好奇心に水をささないよう頷くほかなかった。
きっかけは些細なことだった。
休み時間の廊下で、フェンサーやメイジたちが、昔こんな噂があったよね、などと話しながらサモナーとすれ違ったのだ。
「理科室の人体模型が勝手に動くとか」
「あったあった! 三階のトイレの個室に幽霊が出るとかな!」
それをサモナーズの面々に確認すると、彼らは非常に淡白な反応を返すばかりだった。
「あー、うん」
小学生の頃に散々聞かされた噂話に、今さら反応することもないのだろう。
しかしサモナーには記憶がない。小学生レベルの噂話も、初めて耳にするものばかりだ。
サモナーズに頼れないならば……そうだ。
彼に頼ろう。
こうして、オニワカを呼び出したサモナーは、二人きりの七不思議調査隊を結成したのだった。
「ガキの頃にやったなあ、七不思議の調査なんてよ……まったく、懐かしい限りだぜ」
呆れたような小声でオニワカが言う。
サモナーに聞こえないように最新の注意を払って。否定もツッコミもせず、主人のあとをついて来てくれている。忠義者である。
「三階の男子トイレの個室に幽霊が出るんだって、ちょっと見てくるね」
サモナーが張り切って中に入ろうとするので
「ちょっと待った、主様。俺が用を足しに行くがてら調べて来てやるよ」
オニワカがそれを制し、サモナーを外で待たせる事にした。頼りになる忠義者にサモナーは目を輝かせ、「何か出たら教えてね」などと見送った。
五分後、水が流れる音がして、それからオニワカが出てきた。手をパンパンと払っている。
「オニワカ、ハンカチ持ってないの?」
「手は拭いたっての」
「じゃあなんで、手を払ってるの? 何か出た?」
「いいや、何もなかったぜ。個室のドアを全部開けて確かめたけど、幽霊のゆの字もなかった」
そうか、拍子抜けだね、とサモナー。
オニワカは小さく息をつくと、口の中で念仏のようなものを小さく唱えて男子トイレを後にした。
続いて、理科室の人体模型である。
夜になると勝手に動くのだという。
しかし、人体模型はピクリとも動かず、姿勢をまっすぐにして立っていた。
「何もなかったな、主様よ」
「うーん、空振りかあ……」
笑いながらサモナーを理科室の外に出し、オニワカが振り向く。人体模型は微動だにしていない。
しかし嫌な予感はする。
「あ、わりい、主様。理科室にぬいぐるみのストラップ落としてきた。拾ってくるから待っててくれや」
「えっ? 分かった、大切だもんね!」
すんなり信じて外で待っていてくれる主人に心の中で感謝をしつつ、オニワカは理科室へと舞い戻る。
途端に、ガタガタ! と動くものがあった。
骨格標本だった。
「お前の方かよ!」
小声でツッコミを飛ばしつつ、骨格標本にチョップを入れて黙らせたオニワカである。
多数決の信仰。
そうである、と多数の者に信じられていることは、現実として、実存するものとして現れる。
サンタクロースも魔女もドラゴンもいる東京で、なぜ七不思議が発生しないと言えようか。
学校では七不思議を信じる者が多数派なようで、実際に不思議な現象が起こっていた。
七不思議を知っていて、うっすらと意識しているだけでも、効力があるのかもしれない。
「こりゃあ……本格的に護らねえといけなくなってきたな……主様に妙な真似しやがったら、俺がタダじゃおかねえ」
夜中の校舎を歩いて回るサモナーの背中に向かって、オニワカの独り言が投げかけられる。
サモナーは、くるりとオニワカの方を振り向いた。無邪気な顔をしていた。
「階段に行ってみよう」
階段の踊り場にある鏡を覗き込むと、上りと下りで階段の段数が変わる。
数え間違いをしたんじゃないかと疑わしい噂だったが、サモナーは興味津々だった。
躊躇わずに鏡を覗こうとする。
片手でサモナーの目を隠し、オニワカは言う。
「こういうのは夜中に鏡を見る怖さに動転して、段数を余計に数えちまう奴がいるってだけの話だ」
「そうなの?」
「そうなんだよ、ほら、次の噂に行こうぜ」
「なあんだ」
素直に信じてくれる高校生の主人に安堵の息を吐き、宝蔵院オニワカは鏡を睨みつける。
鏡の中の階段は、こちらの階段の段数よりも、一つ多かった。
「ええと、二階の階段の四段目を踏むと地獄に落ちるんだって!」
「そんなお手軽に行けるもんかよ」
二階に到達した二人が、階段を前にそんな事を話し合う。サモナーは動いた。
オニワカが止める前に四段目を踏んだ。
「何も起こらないね!」
「だぁから、お手軽に行くもんじゃねえんだよ、地獄なんてのはよ」
残念だなあ、と肩を落とすサモナーに、オニワカが笑う声がした。
「結局、何もなかったね」
退屈そうに言うサモナーの隣で、オニワカが苦笑する。だから言ったろ、噂だよ、と、ぶっきらぼうだが優しい声音で返す。
サモナーはあくびを一つ。
「夜中に呼んじゃってごめんね、オニワカ」
そう口にした。
「いや、良いってことよ」
オニワカが軽く返す。
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