つまらない冗談を

 最悪だ。

 三人中二人がそう思ったに違いない。
 真っ白な空間には窓がなく、大型のベッドが一つ置かれているだけだった。扉はあるが、力まかせに開けようとしてもうんともすんともいわない。
 そんな謎の空間に、世界代行者が三名、いつの間にか放り込まれていた。

「ふむ、きょうだいから聞いたことがある! これはいわゆる、出られない部屋だね!」

 なんだか楽しそうに縁起でもない発言をするのはテスカトリポカだ。
「何ですか、その珍妙な部屋は?」
 エルドラドの代行者の声量に眉をひそめながら尋ねるのは、フッキである。先のことが見える彼が眉間にシワを寄せている。ろくなことにはならなそうだった。
 ちなみにホウライの代行者であるフッキは、テスカトリポカの声量以外の要素にも不愉快そうであった。サモナーと親しくし、出られない部屋の概念を教えてもらえるそのポジションが、堪らなく気に食わないのだろう。

「部屋の中に閉じ込められた者同士でまぐわうと外に出られる、という概念だよ」

「……」
 フッキが真顔でテスカトリポカを見る。
 テスカトリポカはこんなことで嘘をつく男ではない。知っている。というか見えている。
 言われたその内容が、どうしても受け入れがたいのだ。フッキはサモナーからの情報を疑うなど、本当はしたくない。お兄ちゃんとして、かわいい妹を疑い、嘘つき呼ばわりすることなど、あってはならないと思っている。
 それでも……それでも、この最悪のメンツで「まぐわう」という言葉は聞きたくなかった。

「きょうだいが言うには、条件を達成するまでこの空間で暮らさねばならないらしくてね。生命維持のシステムは搭載されているらしいから、死んで逃げることもかなわんらしいよ!」

 まあ、私は既に死んでいるようなものだがね! と飛び出すエルドラドジョークを華麗にスルー。
 口を開いたのは、三人目の世界代行者だった。
「君は、あれと随分仲が良いようだ」
 声が若干引きつっているが、テスカトリポカとは反対に落ち着いた声音で話している。
 サモナーを「あれ」と称することにフッキが不満そうだが、そんなことは置いておいて、彼は悩ましげにため息をついた。
「その話が本当だとすると、些か困ったことになった。小生は誰とも褥を共にする気はないのだからね」
「ワノクニの代行者の君よ、それは僕とて同じことですよ。誰が好き好んで妹以外の者と寝ましょうか」
「ふむ、ホウライの代行者よ。君は近親者とそういった行為に及ぶのだね? 実に眉根をひそめる倫理観だね! 瓢箪の中で二人きり、やることもないからやったのかね?」
 一気に空気が固まって、バチバチと何かが弾ける音が響いた、ような気がした。
「落ち着き給え、血の気が多い君たちよ。ここは一刻も早く、このふざけた空間から出られるよう、話し合うべきではないかな?」
「さすが議員だけあってお話し合いが得意だね、君ィ? しかし、ならばどうするね? 条件を達成したと誤認識させようにも、頓知に使えそうなものは何もないよ?」
「あるのはベッド一つだけ……複雑なことを簡単に表現するのが得意なこの僕に、シンプルな現状をシンプルに突きつけてくるとは、気に入りませんね……ええ、とても」
 大の男三人が、それも世界代行者たちが、何があっても褥を共にしたくないと、距離をあけて話し合っている。空気は最悪だし、三人の仲もそこそこ悪いしで、膠着状態にあった。

「一抜けた」

 そう言い放つのはテスカトリポカだ。
 何を言ってるんだこいつは、と訝しげな二人に睨まれて、エルドラドのジャガー獣人はにこやかに口を開く。
「この体は義体なのだよ、君たち!」
「存じているが」
「ええ、壊れかけのガラク……失礼、いつ爆発するか分からない中途半端なボディでしたね?」
「言い直したほうが刺々しいぞう、君ィ! まあ、それは良い! 問題は義体の機能性についてだよ」
 一呼吸置く。そしてテスカトリポカは言う。
「何もない!!」
 それはもう、満面の笑みだった。

「フハハハ! 私の義体は最低限の機能しか有していなくてね! 勿論、当然のように、致すことは不可能なのだよ! よって! 答えは至ってシンプルだとも! 君たち二人でまぐわい給え!!」

 それが「一抜けた」の真相か。
 得意げにふんぞり返って、あとは任せた! と清々しく言い放つエルドラドの代行者。
 逃すまいと口を開くのはホウライの代行者だ。

「おや、高みの見物ですか? よく回る口があるのです。下半身が不能でも、奉仕くらいはできるでしょう? 静かに、大人しく、僕たちの前に跪いてもいいんですよ?」

 ニッコリと笑うフッキだが、目は笑っていない。逃げることを許してなるものかと、謎の根性が付与されていた。なぜここで踏ん張ってしまうのだ。

「君の前に跪く? 君、どうせスリットだろう? 破れ目からそれを引っ張り出す暇があるなら、破れ目を破れ目として活用してはどうだね?」

 サッカーしようぜ、お前ボールな。みたいなことをテスカトリポカに言われたフッキは青筋を浮かべた。ホウライの代行者として、男として、好みでもない男に足を開く真似だけはしたくない。
 ワノクニの代行者は、サモナーもいないのに腹が痛くなってきたし、頭も痛くなっていた。
 なんだ、この、血の気が多い猥談は。
「最低限の機能しかないなら、大人しく受け入れる側に回ったらどうです!」
「フハハハ! ネコ科の獣人だけに? なかなか寒いことを言ってくれるね、君ィ」
「僕はそんなつもりで言ったわけでは」
「さて、どうだろうね! それが君の、渾身のホウライジョークやもしれないぞう?」
 煽る。
 テスカトリポカはストレートに煽る。
 それはそうだ。戦の神だ。
 煽っていると分かりにくい煽りでは、相手の戦意も喪失しようというものだ。
 直球すぎてなかなかムカつけないという欠点はあるものの、この状況において、この二人にとって、テスカトリポカの軽口は最悪の煽りだった。
「それとも二人殺してこの状態を壊すかね!」

 それだ!

 フッキとヨリトモが妙案だとばかりに立ち上がる。いや、それだ! じゃない。全然それじゃないのだが。追い詰められた代行者二名はテスカトリポカの軽口を実行してしまおうと神器を取り出す準備を始め……。

「役割は竜蛇、権能は離断」

 空間外からの声を聞いた。
「いでよ、鉄刀迭尾!」
 ばぎゃん!! という凄まじい破壊音が空間に響く。どれだけ、何をしても開かなかった扉が、部屋の「外」からの攻撃によって砕け散った。
「みんな! 無事か!」
 飛び込んできたのはサモナーだ。
 扉が壊され、条件の達成不達成に関係なく出られるようになってしまった部屋は、徐々に崩壊を始める。空気に溶けるようにボロボロと崩れ去り、消えていった。
「きょうだい、来るのが早いぞう? もう少し待っていれば、それこそ最低最悪の大戦争が始まったというのに!」
「最低最悪すぎだろ、つまらない冗談を言うな」
 テスカトリポカの言葉にツッコミを入れつつ、誰も、何も、どこも傷ついていないことを確認したサモナーが、大きな大きなため息をつく。

「凄まじいメンツが死ぬほど下らないピンチを迎えてたの、笑うところ?」

「その前に! 君以外に体と心を許さなかったお兄ちゃんを褒めてください! 僕は君一筋ですからね! さあ、お兄ちゃん偉かったね、と言ってください!」
「ヨリトモさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大事ない。そのまま三人とも小生から離れて姿を消してくれれば、これ以上の僥倖もあるまいよ」
「相変わらずの距離感」
「お兄ちゃんを無視ですか?」
 世界代行者に挟まれながらサモナーが言うには、どうやら彼らは「出られない部屋」の概念がランダムに出現する怪異に巻き込まれたらしい。
 怪異すぎるだろ、というヨリトモとフッキのツッコミに、知りませんよ、とサモナーが返した。
「む! 外に出られたということはだよ、きょうだい! あの狭い空間ではなく、広々としたこの街全体を使って大戦争を」
「すんなすんな! 帰れ!」
 もう、胃が痛くなりそうだよ! というサモナーの叫びに、現在進行系で胃が痛いヨリトモが目眩を覚えたという。

 下らない部屋……もとい、出られない部屋からの、無傷の生還だった。
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