照らしたまえ、愛を
校舎裏。
それは、けしからん者たちの溜まり場。
校舎裏に呼び出すというシチュエーションは、愛の告白を想起させる。
それすなわち、告白という本番の前に、既に浮わついた気持ちにさせる破廉恥な行為である。
このシチュエーションの特異性に流され、大して好きでもない相手と「とりあえず付き合ってみる」などという、誠実さの欠片もない展開を許すは愚の骨頂と言えよう!
インスタントな愛欲に溺れ、相手を好きだと勘違いするなど、看過できようはずもない!
港区・六本城学園の風紀委員を務める男、アイゼンが手にした鞭が、空を切った。
校舎裏では、今まさに告白をしようとしている男と、呼び出されてそわそわとしている女……そして、陰からこそこそと覗いて囃し立てている者どもの姿が見える。
告白が上手くいったら胴上げでもするつもりではあるまいな。アイゼンの眉間にしわが寄る。
今や校舎裏は、お手軽に愛を伝える絶好のスポットと化している。けしからん。たまにタイマンの勝負を挑む場にもなるが、それはそれでけしからんので粛清していた。
俺たちのアプリバトルに文句は言わせない!
いきり立った六本城学生に絡まれたときには、アイゼンの宝珠がビームを放った。
学生の本文とは、学業にあるはずだ。未だによく分からん東京のルールを学び、異なる種族の常識を知る。そうやって手に手を取り合って、愛をあまねく満遍なく皆に分け与えることを学ぶのだ。
もちろん色恋の愛を伝えるのは悪いことではない。まことの愛は慈愛に繋がり、そしてそれは悟りにも通ずるところであるからだ。
だが、今のこの状況は何だ。
アイゼンは嘆息する。
校舎裏に呼び出された者は、愛を囁かれることを期待して浮き足立っている。
校舎裏に呼び出した者は、校舎裏という場の特殊性を利用して、断られることはないだろうと慢心しているようにも見える。
そして何より野次馬! 人の恋路に茶々を入れ、娯楽として消費せんと囃し立てる無関係な者!
まったく健全ではない!
アイゼンは力強く拳を握った。
そうして全校集会の最中に、自身の価値観と正義感にのっとり、愛に対する軽率かつ誠実でない態度がはびこる現状への嘆きと懸念を主張した。
六本城学生はポカン。
教師陣もきょとん。
オピオーンは「好きにしろ」と放任。
アイゼンは力強く宣言する!
「今ここに、ダメ・校舎裏団を結成する!」
……校舎裏の使用を全面禁止にされた六本城学生たちは、しばし呆然としていた。告白といえば校舎裏か屋上で、という固定観念のようなものはあったし、屋上はセレブ中のセレブたちの領域であるこの学園で、想いを伝える場が一つ減ってしまったからだ。
ダメ・校舎裏団の構成員が校舎裏を見回っている。見回りのために通過するのは使用にあたらないらしい。なんとも釈然としない思いになる学生たちである。
しかし、ダメ・校舎裏団の活動に、一定の理解を示す者もいた。アイゼンを支持する者たちもいた。恋愛に縁がない者ばかりではなく、健全ではない愛の告白になんの意味があるのか、とする価値観を持つ者たちも、風紀委員の側についた。
気になるあの子にとりあえず声をかけておく、という手法が取れなくなった現在、愛の告白のあり方は少しだが、変わっているようだった。
「パティスリー・イイモリの、チーズタルト?」
アイゼンが呆けた声を出す。真面目が服を着て歩いているようなこの男には、珍しい事態だった。アイゼンにチーズタルトを手渡している学生は、満面の笑みである。
「本当に感謝しているんです」
六本城の制服を来た彼は、アイゼンに向かって感謝の念を何度も何度も述べて、お礼の品らしいチーズタルトを力強くずいっと渡そうとしてくる。
嬉しそうな彼の話を聞いて、風紀委員であるアイゼンはさらにポカンとした。
校舎裏でのインスタント告白を禁止されて数日、校舎裏というシチュエーションを禁止された者たちは、自身の思いを的確に相手に伝えられる方法に頭を悩ませたという。
衆人環視の中で伝えるのは、相手の立場や気持ちを思いやらない愚策であるということになった。
野次馬に覗き見されるのも気分が良いものではないので、屋外での告白を考え直す者もいた。
そう、校舎裏に次ぐ告白スポット……これを俗に「脱法エリア」とでも呼べばいいだろうか、それらの探索が始められたのである。
主な脱法エリアは放課後の空き教室だった。
二人きりになって、カーテンの裏に隠れて、自身の思いの丈を伝える者。
正々堂々と頭を下げ、まことの愛だと告げる者。
様々だった。
告白の成功率は五分五分といったところだが、それが正常なのだと皆、理解していたし、けっこうあと腐れなく事が終わるので、告白した者もされた者も、悪い気はしなかった。
「脱法エリア……」
チーズタルトをもむもむと口にしているアイゼンが、自身の興したダメ・校舎裏団による副産物に思いを馳せる。
いっそ脱法エリアも禁止にするか?
そんな考えが脳裏によぎった。
だが、脱法エリアでの告白は、どれも真剣なものだという。
……果たして、場所を変えただけで、交際が真剣なものになるのか?
今までのノリと雰囲気で何となく告白していた奴らは、どこへいった?
まさか。
アイゼンは嫌な予感を覚えた。
すっと立ち上がり、扉を開く。
確認しなければならないことができた。
直後。
「アイゼンくん! ありがとう!」
脱法エリアでの告白成功者から、パティスリー・イイモリのフルーツケーキが贈られた。
頂いたものは、責任をもって処理しなければならない。ああ、そうだとも。
角砂糖を三つ入れた紅茶と共に、まくまくとフルーツケーキを頬張るアイゼンであった。
アイゼンの予感は当たった。
誠実に告白する者は、脱法エリアでも、手紙でも、どこでも何でもそれなりに上手くいくものだ。
しかし、「誰でもいいから付き合いたい」というノリと勢いで事に及ぶ者たちは、いなくなった訳ではなかった。むしろいた。
校舎裏を禁じられた今、それらが向かう先はカラオケボックスやフェスの会場。時おりフラッシュモブなどという断りにくさの極みのような告白をする者さえ現れていた。
アイゼンが粛清したかったのは、こちらのほうだ。鞭を握りしめ、アイゼンは全校集会で主張した。皆が再び呆然となった。
「ダメ・校舎裏団は、解散します!」
校舎裏を再び使用できることになり、六本城学生たちは自由を取り戻した……ように見えた。
しかし、条件付きでだ。
たった一つの条件で、校舎裏の使用感はがらりと変わった。
「相手を思いやって愛を伝えること」
この条件を満たせなかった場合、ダメ・校舎裏団パートツーが結成され、粛清するというのだ。
愛をもてあそぶなど……人の心を惑わせるなど、言語道断。
風紀委員の言葉に場が静まり返り、そして……一拍おいて、集会は拍手に包まれた。
「困った」
照れたように唇を尖らせて赤面するアイゼンは、目の前の光景に軽く咳払いをする。
今までナンパのように告白され続けて来て嫌気がさしていた学生、告白しちゃえよと囃し立てられて自分の心をからかわれていた学生、真剣な告白をヒューヒューとからかわれてしまった学生、エトセトラ。
アイゼンの全校集会でのスピーチによって救われた者たちから、瓶に入った高級プリンだの、大手ドーナツショップの絶品ドーナツ詰め合わせだの、上等な和菓子だのを山ほど贈られてしまったのである。
アイゼンの思いは伝わった。
アイゼンの思いで救われた者がいた。
それだけで良かったのに。
「ど……どれから食べるべきかな……」
真剣に、嬉しそうに悩むアイゼンに、周囲の者たちが微笑ましそうにしていた。
「短期間で食べきるなどという愚行はおかすまいな? 体に毒だ、計画性をもって食すが良い」
「はい、オピオーン様!」
慈愛の種は、確かに撒かれている。
それは、けしからん者たちの溜まり場。
校舎裏に呼び出すというシチュエーションは、愛の告白を想起させる。
それすなわち、告白という本番の前に、既に浮わついた気持ちにさせる破廉恥な行為である。
このシチュエーションの特異性に流され、大して好きでもない相手と「とりあえず付き合ってみる」などという、誠実さの欠片もない展開を許すは愚の骨頂と言えよう!
インスタントな愛欲に溺れ、相手を好きだと勘違いするなど、看過できようはずもない!
港区・六本城学園の風紀委員を務める男、アイゼンが手にした鞭が、空を切った。
校舎裏では、今まさに告白をしようとしている男と、呼び出されてそわそわとしている女……そして、陰からこそこそと覗いて囃し立てている者どもの姿が見える。
告白が上手くいったら胴上げでもするつもりではあるまいな。アイゼンの眉間にしわが寄る。
今や校舎裏は、お手軽に愛を伝える絶好のスポットと化している。けしからん。たまにタイマンの勝負を挑む場にもなるが、それはそれでけしからんので粛清していた。
俺たちのアプリバトルに文句は言わせない!
いきり立った六本城学生に絡まれたときには、アイゼンの宝珠がビームを放った。
学生の本文とは、学業にあるはずだ。未だによく分からん東京のルールを学び、異なる種族の常識を知る。そうやって手に手を取り合って、愛をあまねく満遍なく皆に分け与えることを学ぶのだ。
もちろん色恋の愛を伝えるのは悪いことではない。まことの愛は慈愛に繋がり、そしてそれは悟りにも通ずるところであるからだ。
だが、今のこの状況は何だ。
アイゼンは嘆息する。
校舎裏に呼び出された者は、愛を囁かれることを期待して浮き足立っている。
校舎裏に呼び出した者は、校舎裏という場の特殊性を利用して、断られることはないだろうと慢心しているようにも見える。
そして何より野次馬! 人の恋路に茶々を入れ、娯楽として消費せんと囃し立てる無関係な者!
まったく健全ではない!
アイゼンは力強く拳を握った。
そうして全校集会の最中に、自身の価値観と正義感にのっとり、愛に対する軽率かつ誠実でない態度がはびこる現状への嘆きと懸念を主張した。
六本城学生はポカン。
教師陣もきょとん。
オピオーンは「好きにしろ」と放任。
アイゼンは力強く宣言する!
「今ここに、ダメ・校舎裏団を結成する!」
……校舎裏の使用を全面禁止にされた六本城学生たちは、しばし呆然としていた。告白といえば校舎裏か屋上で、という固定観念のようなものはあったし、屋上はセレブ中のセレブたちの領域であるこの学園で、想いを伝える場が一つ減ってしまったからだ。
ダメ・校舎裏団の構成員が校舎裏を見回っている。見回りのために通過するのは使用にあたらないらしい。なんとも釈然としない思いになる学生たちである。
しかし、ダメ・校舎裏団の活動に、一定の理解を示す者もいた。アイゼンを支持する者たちもいた。恋愛に縁がない者ばかりではなく、健全ではない愛の告白になんの意味があるのか、とする価値観を持つ者たちも、風紀委員の側についた。
気になるあの子にとりあえず声をかけておく、という手法が取れなくなった現在、愛の告白のあり方は少しだが、変わっているようだった。
「パティスリー・イイモリの、チーズタルト?」
アイゼンが呆けた声を出す。真面目が服を着て歩いているようなこの男には、珍しい事態だった。アイゼンにチーズタルトを手渡している学生は、満面の笑みである。
「本当に感謝しているんです」
六本城の制服を来た彼は、アイゼンに向かって感謝の念を何度も何度も述べて、お礼の品らしいチーズタルトを力強くずいっと渡そうとしてくる。
嬉しそうな彼の話を聞いて、風紀委員であるアイゼンはさらにポカンとした。
校舎裏でのインスタント告白を禁止されて数日、校舎裏というシチュエーションを禁止された者たちは、自身の思いを的確に相手に伝えられる方法に頭を悩ませたという。
衆人環視の中で伝えるのは、相手の立場や気持ちを思いやらない愚策であるということになった。
野次馬に覗き見されるのも気分が良いものではないので、屋外での告白を考え直す者もいた。
そう、校舎裏に次ぐ告白スポット……これを俗に「脱法エリア」とでも呼べばいいだろうか、それらの探索が始められたのである。
主な脱法エリアは放課後の空き教室だった。
二人きりになって、カーテンの裏に隠れて、自身の思いの丈を伝える者。
正々堂々と頭を下げ、まことの愛だと告げる者。
様々だった。
告白の成功率は五分五分といったところだが、それが正常なのだと皆、理解していたし、けっこうあと腐れなく事が終わるので、告白した者もされた者も、悪い気はしなかった。
「脱法エリア……」
チーズタルトをもむもむと口にしているアイゼンが、自身の興したダメ・校舎裏団による副産物に思いを馳せる。
いっそ脱法エリアも禁止にするか?
そんな考えが脳裏によぎった。
だが、脱法エリアでの告白は、どれも真剣なものだという。
……果たして、場所を変えただけで、交際が真剣なものになるのか?
今までのノリと雰囲気で何となく告白していた奴らは、どこへいった?
まさか。
アイゼンは嫌な予感を覚えた。
すっと立ち上がり、扉を開く。
確認しなければならないことができた。
直後。
「アイゼンくん! ありがとう!」
脱法エリアでの告白成功者から、パティスリー・イイモリのフルーツケーキが贈られた。
頂いたものは、責任をもって処理しなければならない。ああ、そうだとも。
角砂糖を三つ入れた紅茶と共に、まくまくとフルーツケーキを頬張るアイゼンであった。
アイゼンの予感は当たった。
誠実に告白する者は、脱法エリアでも、手紙でも、どこでも何でもそれなりに上手くいくものだ。
しかし、「誰でもいいから付き合いたい」というノリと勢いで事に及ぶ者たちは、いなくなった訳ではなかった。むしろいた。
校舎裏を禁じられた今、それらが向かう先はカラオケボックスやフェスの会場。時おりフラッシュモブなどという断りにくさの極みのような告白をする者さえ現れていた。
アイゼンが粛清したかったのは、こちらのほうだ。鞭を握りしめ、アイゼンは全校集会で主張した。皆が再び呆然となった。
「ダメ・校舎裏団は、解散します!」
校舎裏を再び使用できることになり、六本城学生たちは自由を取り戻した……ように見えた。
しかし、条件付きでだ。
たった一つの条件で、校舎裏の使用感はがらりと変わった。
「相手を思いやって愛を伝えること」
この条件を満たせなかった場合、ダメ・校舎裏団パートツーが結成され、粛清するというのだ。
愛をもてあそぶなど……人の心を惑わせるなど、言語道断。
風紀委員の言葉に場が静まり返り、そして……一拍おいて、集会は拍手に包まれた。
「困った」
照れたように唇を尖らせて赤面するアイゼンは、目の前の光景に軽く咳払いをする。
今までナンパのように告白され続けて来て嫌気がさしていた学生、告白しちゃえよと囃し立てられて自分の心をからかわれていた学生、真剣な告白をヒューヒューとからかわれてしまった学生、エトセトラ。
アイゼンの全校集会でのスピーチによって救われた者たちから、瓶に入った高級プリンだの、大手ドーナツショップの絶品ドーナツ詰め合わせだの、上等な和菓子だのを山ほど贈られてしまったのである。
アイゼンの思いは伝わった。
アイゼンの思いで救われた者がいた。
それだけで良かったのに。
「ど……どれから食べるべきかな……」
真剣に、嬉しそうに悩むアイゼンに、周囲の者たちが微笑ましそうにしていた。
「短期間で食べきるなどという愚行はおかすまいな? 体に毒だ、計画性をもって食すが良い」
「はい、オピオーン様!」
慈愛の種は、確かに撒かれている。
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