破顔一笑
テュポーンが道に落ちていた。
いや、倒れていた。
悲壮感を漂わせ、倒れ伏していた。
遡ること一時間前、テュポーンは日課のナンパに勤しんでいた。かわいいと判断した者には男も女も関係なく声をかけ、キメ顔とキメ声で茶をしばかないか誘い、ダメなら連絡先の交換だけでも、と粘っていた。
その結果がこれである。
惨敗だ。
玉砕だ。
サーフィンの話ならできるのだが、それに興味がない相手に長々と話すわけにもいかず、じゃあオリュンポスでは名の知れた有名な神さんで、と絡むかといえば、相手を困らせるだけなので却下。
だいたい、転光生のほとんどは有名な存在か力を持つ存在なので、テュポーンの身の上話などは、ワイのが強いでアピール……いわゆるマウントにしか見えないだろう。
ナンパでマウントをとるのは悪手としか言いようがない。結果、テュポーンは相手のことをかわいいかわいいと誉めそやすことしかできず、まともに話も聞いてもらえないままお断りされていたのである。
「うあーん……」
駄々をこねるような声音で、道に倒れ伏すサメもしくはシャチが泣いた。
「ナンパ、お疲れさま」
落ち込む彼の頭上から声がした。
テュポーンはガバッと顔を上げる。あまりにも聞きなれた、耳に心地よい声。大好きな者の声。
「ご主人はん!」
肩に手を置いて慰めてくれるサモナーに、テュポーンは勢いよく抱きついた。
「あかーん! 今日もダメやった! 何があかんねん、ワイの! どこがあかんかってん!」
東京の空に叫ぶように、テュポーンはサモナーを抱きしめながら、大声で訴える。
「小柄でかわいいお姉ちゃんにめっちゃ笑われてん! なんでやぁー!」
うわーん、と声を張り上げるテュポーンに、周囲の通行人が微笑ましそうな顔を向けている。
そんなことに気づかない彼は、ワイがんばったんやで! ほんまに! と悔しそうにしていた。
「絶望やぁ……! うーわー! 絶望や! もうあかん! テュポちゃん生きてかれへん! たこ焼き買うたら冷めとった上に中なんもあらへんかったくらい絶望やん!」
「ぷふっ!」
「笑ろた! ご主人はん笑ろた! よっしゃウケた! ちゃうわ! テュポちゃんの傷口に青菜やでそれは!」
「青菜に塩か傷口に塩かどっちなの」
「あかんテンパって塩やないほう言うてもうた」
「ふははは!」
サモナーが我慢できずに笑い出す。なんで笑うねんなひどいわー、とテュポーンが口を尖らせる。
ナンパで負った傷はやや深いらしい。頬を膨らませて拗ねるテュポーンに、笑っていたサモナーが、未だおかしそうに声をかけた。
「格好つけたでしょ」
「ナンパやもん、そら格好つけるわな」
キメ顔したんやで? キメ声も練習してん。
なのになんでやねん。
不満そうなテュポーン。そんな彼に、サモナーは仕方ない親友を見るかのような、温かい眼差しを向けて言う。
「自然体で話しかければいいじゃん。いつもの表情がコロコロ変わるほうが魅力的なんだし」
自然体で。相手を落とそうと意識せずに、友達を誘うような感じで、いつものように。
サモナーのアドバイスに、テュポーンはしばしポカンとしていた。魅力的だなんて、面と向かって言われたことなど数えるほどしかない。
サモナーは本当に人たらしと言わざるを得ない。
テュポーンは頭をひねる。
うーん、うーん、と唸ったあと、顔を上げた。
「ご主人はん」
「うん、どうしたの?」
「ご飯食べ行こ?」
小首をかしげるテュポーンが、イタズラでもしているみたいに楽しげな笑みを浮かべている。
どや? と尋ねてくる彼に、サモナーは笑った。
ナンパのターゲットを、アドバイスをくれた本人へと変更したのだ。
「ふふっ……いいよ、なに食べる?」
サモナーが頷くと、大きな体を持つ転光生は、喜びのあまりジャンプした。
「やったー! ほんまに!?」
子供のようにはしゃぐテュポーンに、サモナーが再び笑う。テュポーンと繋ごうと手を差し出せば、彼は得意満面といった様子の笑みでその手をとった。
「逆転ホームランやで! テュポちゃん最高や!」
格好つけずに振る舞いさえすれば、ナンパなんて容易いだろうに。
肩肘張らず、しゃちほこ張らず。
なんて。
目の前の相手を、暇潰しではなく、楽しい時間を過ごす対象として、真面目に見てしまう彼には、難しい注文なのかもしれないけれど。
いや、倒れていた。
悲壮感を漂わせ、倒れ伏していた。
遡ること一時間前、テュポーンは日課のナンパに勤しんでいた。かわいいと判断した者には男も女も関係なく声をかけ、キメ顔とキメ声で茶をしばかないか誘い、ダメなら連絡先の交換だけでも、と粘っていた。
その結果がこれである。
惨敗だ。
玉砕だ。
サーフィンの話ならできるのだが、それに興味がない相手に長々と話すわけにもいかず、じゃあオリュンポスでは名の知れた有名な神さんで、と絡むかといえば、相手を困らせるだけなので却下。
だいたい、転光生のほとんどは有名な存在か力を持つ存在なので、テュポーンの身の上話などは、ワイのが強いでアピール……いわゆるマウントにしか見えないだろう。
ナンパでマウントをとるのは悪手としか言いようがない。結果、テュポーンは相手のことをかわいいかわいいと誉めそやすことしかできず、まともに話も聞いてもらえないままお断りされていたのである。
「うあーん……」
駄々をこねるような声音で、道に倒れ伏すサメもしくはシャチが泣いた。
「ナンパ、お疲れさま」
落ち込む彼の頭上から声がした。
テュポーンはガバッと顔を上げる。あまりにも聞きなれた、耳に心地よい声。大好きな者の声。
「ご主人はん!」
肩に手を置いて慰めてくれるサモナーに、テュポーンは勢いよく抱きついた。
「あかーん! 今日もダメやった! 何があかんねん、ワイの! どこがあかんかってん!」
東京の空に叫ぶように、テュポーンはサモナーを抱きしめながら、大声で訴える。
「小柄でかわいいお姉ちゃんにめっちゃ笑われてん! なんでやぁー!」
うわーん、と声を張り上げるテュポーンに、周囲の通行人が微笑ましそうな顔を向けている。
そんなことに気づかない彼は、ワイがんばったんやで! ほんまに! と悔しそうにしていた。
「絶望やぁ……! うーわー! 絶望や! もうあかん! テュポちゃん生きてかれへん! たこ焼き買うたら冷めとった上に中なんもあらへんかったくらい絶望やん!」
「ぷふっ!」
「笑ろた! ご主人はん笑ろた! よっしゃウケた! ちゃうわ! テュポちゃんの傷口に青菜やでそれは!」
「青菜に塩か傷口に塩かどっちなの」
「あかんテンパって塩やないほう言うてもうた」
「ふははは!」
サモナーが我慢できずに笑い出す。なんで笑うねんなひどいわー、とテュポーンが口を尖らせる。
ナンパで負った傷はやや深いらしい。頬を膨らませて拗ねるテュポーンに、笑っていたサモナーが、未だおかしそうに声をかけた。
「格好つけたでしょ」
「ナンパやもん、そら格好つけるわな」
キメ顔したんやで? キメ声も練習してん。
なのになんでやねん。
不満そうなテュポーン。そんな彼に、サモナーは仕方ない親友を見るかのような、温かい眼差しを向けて言う。
「自然体で話しかければいいじゃん。いつもの表情がコロコロ変わるほうが魅力的なんだし」
自然体で。相手を落とそうと意識せずに、友達を誘うような感じで、いつものように。
サモナーのアドバイスに、テュポーンはしばしポカンとしていた。魅力的だなんて、面と向かって言われたことなど数えるほどしかない。
サモナーは本当に人たらしと言わざるを得ない。
テュポーンは頭をひねる。
うーん、うーん、と唸ったあと、顔を上げた。
「ご主人はん」
「うん、どうしたの?」
「ご飯食べ行こ?」
小首をかしげるテュポーンが、イタズラでもしているみたいに楽しげな笑みを浮かべている。
どや? と尋ねてくる彼に、サモナーは笑った。
ナンパのターゲットを、アドバイスをくれた本人へと変更したのだ。
「ふふっ……いいよ、なに食べる?」
サモナーが頷くと、大きな体を持つ転光生は、喜びのあまりジャンプした。
「やったー! ほんまに!?」
子供のようにはしゃぐテュポーンに、サモナーが再び笑う。テュポーンと繋ごうと手を差し出せば、彼は得意満面といった様子の笑みでその手をとった。
「逆転ホームランやで! テュポちゃん最高や!」
格好つけずに振る舞いさえすれば、ナンパなんて容易いだろうに。
肩肘張らず、しゃちほこ張らず。
なんて。
目の前の相手を、暇潰しではなく、楽しい時間を過ごす対象として、真面目に見てしまう彼には、難しい注文なのかもしれないけれど。
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