また朝日を拝んでしまった
金曜日。それは平日の終わり。
金曜日。それは学業からの解放。
ストレスを抱えて平日を過ごしていた高校生たちが、解き放たれる日だ。
サモナーもまた、学業のストレスを溜め込みながら金曜日を終えた。
配布された課題は、寮に戻る前、シロウと共に図書室で済ませた。
学校内ではそれなりに規則を守り、予習復習とまではいかないが、そこそこ勉学に勤しんで授業に臨んでいた。
廊下は走らない。いや、時々走った。
ただ、高伏ケンゴのように授業中に寝ることはなく、訳あって補習を受ける必要があった日は逃げなかった。
そこそこ真面目だと、サモナーは自身を顧みて思う。
しかし、そんな平日は終わった。
サモナーは今、自由の身となった。
寮に戻って荷物を置く。それからさっと着替えて、財布とスマホとその他必要なものを外出用カバンに詰め込んで、部屋を出た。
誰と約束をしているわけでもない。
なので、これから約束を取り付ける。
金曜日の放課後、急に連絡を寄越されれば、大半の者は困惑するか苦笑するかだろう。サモナーの知人に、急に予定を空けられる存在など、そうはいないのだ。
サモナーとて、それはわかっている。
わかっていながらスマホのアプリを起動する。
「……あ、もしもし、テスカトリポカ?」
軽い調子で響くサモナーの声に返ったのは、外泊届はもう出したのかね? という、慣れた様子のセリフだった。
恐れ多くも太陽神であり創世神であり軍神であるテスカトリポカを電話一本で呼びつけたサモナーは、別にそんなことは微塵も気にせず彼を連れ回す。
広い公園の運動スペースを借りて三回はアプリバトルをしたし、世界代行者と追放者の関係上、勝ち目が薄いとわかっていても、全力で殴りかかりに行った。
テスカトリポカが予想だにしないものを離断して勝利を一回もぎ取ったものの、三分の二は向こうの勝ちで、肩で息をするサモナーは微妙に悔しかった。
「まだ発散しきれていないようだね、きょうだい?」
小さく荒い呼吸をしながら、ジャガーのきょうだいが尋ねてくる。
大きく雑な呼吸をしながら、汗を拭ってサモナーは答える。
「これは、いつものコース決定だね、テスカトリポカ?」
「念のため再び訊いておこう、きょうだい。外泊届は?」
「出した。受理された。日頃の行いが良いと得だよね」
向かうはサモナーズが所有するセーフハウスの一つである。
すっかりサモナーの別荘と化しているそのセーフハウスは、駅から少し離れた場所にある。落とせるポータルは近くになく、また、自分たちのポータルも近くにない。完全に隠れ住む目的だけに特化したような建物だった。
広めの借家である。
高校生一人がアルバイトをすれば払える程度の家賃だったので、サモナーが借りることにしたのだが……池袋のギルドマスターにそれを相談したところ、買い取ったほうが早いだろうと言われて本当に買い与えられた。
最初は呆然としたが、まあ、与えられたものは使わにゃ損である。
「土日ぜんぶ、ここで過ごす」
「きょうだい、コーヒーは飲むかね」
「あ、飲む。待って、一昨日そこの戸棚に洋菓子しまったから出すよ」
上物のバウムクーヘンを切り分けて皿に乗せ、ドリップコーヒーを横に置き、テレビに接続されているゲーム機のコントローラを手にソファに寄りかかる二人である。だらけた座り方がよく似ているきょうだいたちは、協力プレイだと言っているのにお互いを足蹴にして妨害しあっていた。
「うわ、落とし穴あった。危な……うわあテスカお前突き落とすなよ!」
「フハハ! だって君ィ、そんなところに突っ立っていたら邪魔だろう!」
「この……まずテスカを倒す! 敵とかどうでもいい! 覚悟しろ!」
敵が襲いかかってくる。それを器用に避けながら、サモナーとテスカトリポカはお互いを攻撃し合う。敵が戸惑ったようにウロウロしていた。
「あっ! 火炎放射器ドロップした! やったー! 焼けろテスカ!」
「あっ! あっ! ずるいぞう、きょうだい! ああ焼けた!」
お前ら協力プレイをしろ。
その後テスカトリポカがえげつない妨害をし返して、サモナーが操作するキャラクターがついにその命を終えたり何だったりしたので、画面の外でコントローラを投げつけるサモナーと、クッションを投げつけるテスカトリポカの、しょうもない喧嘩が勃発したのは……別に言わなくてもいい気がする。
「なんで! 拠点を! 爆破したかな! 拠点がないと回復できないじゃん!」
「一種の縛りプレイなのだよ、きょうだい!」
「回復アイテム全部巻き込まれて焼失しただろうが、馬鹿!」
「フハハハ! 本気で悔しそうだね、その顔が見られただけで満足だよ、君ィ!」
隠れ住む目的だけに特化したような建物だ。
大声で騒いでも迷惑に思う者はいない。
ゲームを強制終了した二人は、予め借りておいたホラー映画のDVDを再生することにした。ジャパニーズホラーは陰湿で怖いのだ、と誇らしげなサモナーに、君はこれから怖がらせられるほうの立場なのだよ? と確認してみるテスカトリポカだ。
サモナーは構わず再生ボタンを押した。
映画が始まる。過去に滅んだはずの村で、古き因習が目を覚まし、足を踏み入れた若者たちを襲う、という内容だった。
「うわっ! 井戸から無数の手が!」
「ひーふーみー……腕の数が奇数なのが気になるなあ。ほらここ、一本だけ左右揃っていない灰色の腕があるだろう、きょうだい」
「なんでそういうの見つけるんだよ!」
悲鳴を上げるサモナーを見て、太陽神はフヘハハだのという笑い声を上げた。
最終的に二人は、救いのない最後を迎えた映画に揃って「あーあ」という、感想になっていない感想を漏らしたのだった。
アプリバトルをした。ゲームをした。映画を見た。
すっかり夜は更けた。
いつもなら就寝時間であるはずなのだが、サモナーは未だに寝る気配を見せない。最前線指揮官のほうは夜行性動物なので、やっぱりというか、寝ない。
お互いに視線を合わせずスマホをいじり、ダラダラと過ごしていた。
「……テスカトリポカ」
「なんだね」
「お腹減らない?」
「……ああ、夕食は適当に済ませてしまったからねえ」
「夜食といきますか」
「とことん不健全に振る舞うね、君は」
同時にソファから立ち上がり、キッチンに向かう。たしか戸棚にパスタの乾麺があったし、レトルトのパスタソースの在り処は把握済みだ。
「きょうだい」
「ん?」
「君、私の前では素行の悪さを取り繕わんね?」
「まあいいってことよ」
鍋で湯を沸かす間、とりとめもない会話をして暇をつぶした。
夜食を食べて、暇だったのでまたゲームをして、攻略方法を検索して、検索したはいいが無視して妨害しあった。
また喧嘩になった。
壁にかかった時計が日付変更を告げている。
悪態まじりに冗談を言い合う二人には、まったく関係のないことだった。
そんなこんなでサモナーがスマホを見たときには、午前四時なんてものを示されていたわけで。
「うわ、見てテスカ。朝日が昇ってきた」
「結局、一睡もしなかったね、お互いに」
「笑える」
「寝給えよ少し」
迎えた土曜日の朝、ようやく二人は寝室に向かった。
このまま昼まで寝るつもりだ。
有意義かつ下らない。
それでいいのだ、休日くらい。
金曜日。それは学業からの解放。
ストレスを抱えて平日を過ごしていた高校生たちが、解き放たれる日だ。
サモナーもまた、学業のストレスを溜め込みながら金曜日を終えた。
配布された課題は、寮に戻る前、シロウと共に図書室で済ませた。
学校内ではそれなりに規則を守り、予習復習とまではいかないが、そこそこ勉学に勤しんで授業に臨んでいた。
廊下は走らない。いや、時々走った。
ただ、高伏ケンゴのように授業中に寝ることはなく、訳あって補習を受ける必要があった日は逃げなかった。
そこそこ真面目だと、サモナーは自身を顧みて思う。
しかし、そんな平日は終わった。
サモナーは今、自由の身となった。
寮に戻って荷物を置く。それからさっと着替えて、財布とスマホとその他必要なものを外出用カバンに詰め込んで、部屋を出た。
誰と約束をしているわけでもない。
なので、これから約束を取り付ける。
金曜日の放課後、急に連絡を寄越されれば、大半の者は困惑するか苦笑するかだろう。サモナーの知人に、急に予定を空けられる存在など、そうはいないのだ。
サモナーとて、それはわかっている。
わかっていながらスマホのアプリを起動する。
「……あ、もしもし、テスカトリポカ?」
軽い調子で響くサモナーの声に返ったのは、外泊届はもう出したのかね? という、慣れた様子のセリフだった。
恐れ多くも太陽神であり創世神であり軍神であるテスカトリポカを電話一本で呼びつけたサモナーは、別にそんなことは微塵も気にせず彼を連れ回す。
広い公園の運動スペースを借りて三回はアプリバトルをしたし、世界代行者と追放者の関係上、勝ち目が薄いとわかっていても、全力で殴りかかりに行った。
テスカトリポカが予想だにしないものを離断して勝利を一回もぎ取ったものの、三分の二は向こうの勝ちで、肩で息をするサモナーは微妙に悔しかった。
「まだ発散しきれていないようだね、きょうだい?」
小さく荒い呼吸をしながら、ジャガーのきょうだいが尋ねてくる。
大きく雑な呼吸をしながら、汗を拭ってサモナーは答える。
「これは、いつものコース決定だね、テスカトリポカ?」
「念のため再び訊いておこう、きょうだい。外泊届は?」
「出した。受理された。日頃の行いが良いと得だよね」
向かうはサモナーズが所有するセーフハウスの一つである。
すっかりサモナーの別荘と化しているそのセーフハウスは、駅から少し離れた場所にある。落とせるポータルは近くになく、また、自分たちのポータルも近くにない。完全に隠れ住む目的だけに特化したような建物だった。
広めの借家である。
高校生一人がアルバイトをすれば払える程度の家賃だったので、サモナーが借りることにしたのだが……池袋のギルドマスターにそれを相談したところ、買い取ったほうが早いだろうと言われて本当に買い与えられた。
最初は呆然としたが、まあ、与えられたものは使わにゃ損である。
「土日ぜんぶ、ここで過ごす」
「きょうだい、コーヒーは飲むかね」
「あ、飲む。待って、一昨日そこの戸棚に洋菓子しまったから出すよ」
上物のバウムクーヘンを切り分けて皿に乗せ、ドリップコーヒーを横に置き、テレビに接続されているゲーム機のコントローラを手にソファに寄りかかる二人である。だらけた座り方がよく似ているきょうだいたちは、協力プレイだと言っているのにお互いを足蹴にして妨害しあっていた。
「うわ、落とし穴あった。危な……うわあテスカお前突き落とすなよ!」
「フハハ! だって君ィ、そんなところに突っ立っていたら邪魔だろう!」
「この……まずテスカを倒す! 敵とかどうでもいい! 覚悟しろ!」
敵が襲いかかってくる。それを器用に避けながら、サモナーとテスカトリポカはお互いを攻撃し合う。敵が戸惑ったようにウロウロしていた。
「あっ! 火炎放射器ドロップした! やったー! 焼けろテスカ!」
「あっ! あっ! ずるいぞう、きょうだい! ああ焼けた!」
お前ら協力プレイをしろ。
その後テスカトリポカがえげつない妨害をし返して、サモナーが操作するキャラクターがついにその命を終えたり何だったりしたので、画面の外でコントローラを投げつけるサモナーと、クッションを投げつけるテスカトリポカの、しょうもない喧嘩が勃発したのは……別に言わなくてもいい気がする。
「なんで! 拠点を! 爆破したかな! 拠点がないと回復できないじゃん!」
「一種の縛りプレイなのだよ、きょうだい!」
「回復アイテム全部巻き込まれて焼失しただろうが、馬鹿!」
「フハハハ! 本気で悔しそうだね、その顔が見られただけで満足だよ、君ィ!」
隠れ住む目的だけに特化したような建物だ。
大声で騒いでも迷惑に思う者はいない。
ゲームを強制終了した二人は、予め借りておいたホラー映画のDVDを再生することにした。ジャパニーズホラーは陰湿で怖いのだ、と誇らしげなサモナーに、君はこれから怖がらせられるほうの立場なのだよ? と確認してみるテスカトリポカだ。
サモナーは構わず再生ボタンを押した。
映画が始まる。過去に滅んだはずの村で、古き因習が目を覚まし、足を踏み入れた若者たちを襲う、という内容だった。
「うわっ! 井戸から無数の手が!」
「ひーふーみー……腕の数が奇数なのが気になるなあ。ほらここ、一本だけ左右揃っていない灰色の腕があるだろう、きょうだい」
「なんでそういうの見つけるんだよ!」
悲鳴を上げるサモナーを見て、太陽神はフヘハハだのという笑い声を上げた。
最終的に二人は、救いのない最後を迎えた映画に揃って「あーあ」という、感想になっていない感想を漏らしたのだった。
アプリバトルをした。ゲームをした。映画を見た。
すっかり夜は更けた。
いつもなら就寝時間であるはずなのだが、サモナーは未だに寝る気配を見せない。最前線指揮官のほうは夜行性動物なので、やっぱりというか、寝ない。
お互いに視線を合わせずスマホをいじり、ダラダラと過ごしていた。
「……テスカトリポカ」
「なんだね」
「お腹減らない?」
「……ああ、夕食は適当に済ませてしまったからねえ」
「夜食といきますか」
「とことん不健全に振る舞うね、君は」
同時にソファから立ち上がり、キッチンに向かう。たしか戸棚にパスタの乾麺があったし、レトルトのパスタソースの在り処は把握済みだ。
「きょうだい」
「ん?」
「君、私の前では素行の悪さを取り繕わんね?」
「まあいいってことよ」
鍋で湯を沸かす間、とりとめもない会話をして暇をつぶした。
夜食を食べて、暇だったのでまたゲームをして、攻略方法を検索して、検索したはいいが無視して妨害しあった。
また喧嘩になった。
壁にかかった時計が日付変更を告げている。
悪態まじりに冗談を言い合う二人には、まったく関係のないことだった。
そんなこんなでサモナーがスマホを見たときには、午前四時なんてものを示されていたわけで。
「うわ、見てテスカ。朝日が昇ってきた」
「結局、一睡もしなかったね、お互いに」
「笑える」
「寝給えよ少し」
迎えた土曜日の朝、ようやく二人は寝室に向かった。
このまま昼まで寝るつもりだ。
有意義かつ下らない。
それでいいのだ、休日くらい。
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