日記
私事とるろ剣展感想
2021/12/31 10:14るろ剣語り私事
こんにちは、お久しぶりです(*^^*)
るろうに剣心北海道編のアニメ化が決まったそうで…
嬉しい気持ちと、「わー!ど、どうしよう…!?」とハラハラしている気持ちの二大巨頭でおろおろしておりました…笑
北海道編の宗次郎さん、美しさに更に磨きがかかってるのと。京都編では少年から青年に移りゆく年頃だったのに対し、北海道編では21~22歳のれっきとした成人(現代で言う)で、その、今の宗次郎さんを見るのが未だに慣れていなくて、直視できないといいますか…そのような宗次郎さんが、アニメで…え、動く?話す?もうどうなってしまうのでしょうね、私…笑
時代の流れに未だについて行けていなくて、落ち着かない状態でありますが、今後の情報もチェックしていこうと思っております(*^^*)
秋頃から忙しなくしておりまして、いつの間にか年の瀬、大晦日。
あまり更新が出来なくてすみません。
リクエストいただいているものも含め、落ち着いた頃にまったりゆっくりと執筆させていただきます(*´人`*)
今年もお世話になりました。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ(*´▽`*)
・るろ剣展感想
京都展開催期に行くことができました(*´人`*)本当にありがとうございます。
感想というよりも、今一度るろ剣全エピソードに触れたこと、るろ剣という作品や登場人物に対する和月先生の考え方を目の当たりにしたことによる、宗次郎についての考察です。
かなり私自身の考えも入ってしまっていると思いますし、纏まっていなくて途中で終わってしまっている(6月に書いていたのですが完成できず…)ので、恐縮なのですが、折角書いたのでここにも上げておきます。もしご興味あればどうぞ(*^^*)↓
一つ確実に言えるのは、宗次郎って可能性が無限大過ぎるんですよね。それは他のキャラも同様なんですけど、宗次郎に関しては、やっぱりまだ本人が様々な事柄に対して結論を出すことに至っていないので、それが輪を掛けて彼の未知数さを引き上げている。彼がやりたいこと・目標や、彼が嫌いなこと・許せないことも、既刊内容からは判別出来ない。京都編と、既刊分の北海道編にしか登場していないから、出ている材料が少ないのもあるのですが…。
剣心の言葉を借りるのですが、弱肉強食の摂理ではない「甘い戯れ言」を信じてみたいという考え方(生き方?)にシフトを検討している最中であり、幼少期の蟠りには決別出来ている(方だと思います)ものの、その後~16歳までに行ってきたこと自体へのケリはまだついていない(だから北海道編に栄次が出てくる)ので、北海道編ではやはり成長が描かれると思うなぁと、改めて再認識。
宗次郎だけ見てると、都合の良いように希望的観測を持ってしまって考察に偏りが出来るような気がしてしまうのですよね💦先生の作品・キャラへの想い・考え、他のキャラの生き様や行動原理を合わせて見ると、多少客観的に宗次郎というキャラを見ることが出来たのかな?と希望的観測を持ちました😆✨(まだ「命」と「幸せ」の章がメモしきれていないけれど🙏💦)
◎「仲間とは」の章
るろ剣で描かれている時代は「国の在り方も人々の価値観も大きく変動する時代」と明記。宗次郎も例には漏れず、かつての剣心がそうであったように、宗次郎は現在は答を探し続けている。ただ、宗次郎の物語のテーマとはどのようなものであるのだろう?剣心については「仲間と出会い、各々が持つ正義と向き合い、強さを求める意味を知り、失われた命を想い、自らが望む幸せの形に気付いた」「最後に辿り着く、贖罪の答えに」と述べられている。宗次郎にとってのテーマは何であろうか?贖罪…は勿論テーマの一部に含まれるとは思うのですが、宗次郎自身が次に踏み出す為に必要な過程という意味合いである気がします。では宗次郎に用意されるであろう「次」とはなんなのでしょうか…。宗次郎の旅の根幹は過去にも目を向けることより、より未来を見据えたものである気がする。剣心とはまた違った形の浪漫譚が紡がれると思うので一刻も早くその方向性を知りたいですが…続報を待てということでしょうね。
宗次郎においての「仲間と出会い」…これから仲間との出会いがあるのかなと妄想。北海道編で再会した元十本刀は勿論仲はいいですし、個人的にも十本刀は大好きですし、十本刀といる宗次郎も大好きですが、「宗次郎の終の住処」と云える場所にいる仲間ではないのかもしれない…と考えています。いわゆる、旧友という形になるのかな…十本刀は。今北海道に身を移しているのは一時的な止まり木という意味合いであって。そう考えると宗次郎の物語の本筋と呼べるようなもの、宗次郎を主人公ポジションに据えた物語、スピンオフのようなものがない限りは描き尽くせないのではないか…とぼんやり。
・「仲間とは」の章。「仲間同士を結びつける絆や想」と紹介。今後宗次郎にもそういった描写が…あるといいな…。剣心の物語では、剣心から弥彦への世代交代が描かれていました。今後宗次郎については…宗次郎から次世代への世代交代ではなく、宗次郎自身のことが掘り下げられていくのかなぁなどと。
・剣心と左之のところで先生が語られていた「一番信頼しているからこそ言いたい時は言う。なんでもかんでも認める仲はあまり好きじゃない」…宗次郎ですねぇ、そういう仲の人がいないんですよね…!彼にとってもそういう人物はすごい必要だと思うんですよ。剣心のような見守る先輩の立場ではなく、宗次郎と喧嘩するような仲ではない十本刀ではない、何か対等に渡り合えるといいますか…なんかそういう存在が。
・105幕で「色々な形でつながった仲間」が剣心の脳裏に浮かぶ場面で思ったこと。
宗次郎はまだつながりの数が少ないのかもしれないなぁ…などと。宗次郎の居場所はこれから出来るのでしょう。で、それは宗次郎が自分で主体的に動いて得る絆、という形でいつかは実現するといいなぁと。そのためには、宗次郎が何をしたいかが関わってくるのであって、それが決まって動くようになったり、或いは迷いはするけれども最終的に決まるきっかけを得るのが北海道編であればいいなと…。
北海道編の傾向がまだわからないなぁ…わからないから希望しか言えないや…。希望しかない…。
るろうに剣心北海道編のアニメ化が決まったそうで…
嬉しい気持ちと、「わー!ど、どうしよう…!?」とハラハラしている気持ちの二大巨頭でおろおろしておりました…笑
北海道編の宗次郎さん、美しさに更に磨きがかかってるのと。京都編では少年から青年に移りゆく年頃だったのに対し、北海道編では21~22歳のれっきとした成人(現代で言う)で、その、今の宗次郎さんを見るのが未だに慣れていなくて、直視できないといいますか…そのような宗次郎さんが、アニメで…え、動く?話す?もうどうなってしまうのでしょうね、私…笑
時代の流れに未だについて行けていなくて、落ち着かない状態でありますが、今後の情報もチェックしていこうと思っております(*^^*)
秋頃から忙しなくしておりまして、いつの間にか年の瀬、大晦日。
あまり更新が出来なくてすみません。
リクエストいただいているものも含め、落ち着いた頃にまったりゆっくりと執筆させていただきます(*´人`*)
今年もお世話になりました。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ(*´▽`*)
・るろ剣展感想
京都展開催期に行くことができました(*´人`*)本当にありがとうございます。
感想というよりも、今一度るろ剣全エピソードに触れたこと、るろ剣という作品や登場人物に対する和月先生の考え方を目の当たりにしたことによる、宗次郎についての考察です。
かなり私自身の考えも入ってしまっていると思いますし、纏まっていなくて途中で終わってしまっている(6月に書いていたのですが完成できず…)ので、恐縮なのですが、折角書いたのでここにも上げておきます。もしご興味あればどうぞ(*^^*)↓
一つ確実に言えるのは、宗次郎って可能性が無限大過ぎるんですよね。それは他のキャラも同様なんですけど、宗次郎に関しては、やっぱりまだ本人が様々な事柄に対して結論を出すことに至っていないので、それが輪を掛けて彼の未知数さを引き上げている。彼がやりたいこと・目標や、彼が嫌いなこと・許せないことも、既刊内容からは判別出来ない。京都編と、既刊分の北海道編にしか登場していないから、出ている材料が少ないのもあるのですが…。
剣心の言葉を借りるのですが、弱肉強食の摂理ではない「甘い戯れ言」を信じてみたいという考え方(生き方?)にシフトを検討している最中であり、幼少期の蟠りには決別出来ている(方だと思います)ものの、その後~16歳までに行ってきたこと自体へのケリはまだついていない(だから北海道編に栄次が出てくる)ので、北海道編ではやはり成長が描かれると思うなぁと、改めて再認識。
宗次郎だけ見てると、都合の良いように希望的観測を持ってしまって考察に偏りが出来るような気がしてしまうのですよね💦先生の作品・キャラへの想い・考え、他のキャラの生き様や行動原理を合わせて見ると、多少客観的に宗次郎というキャラを見ることが出来たのかな?と希望的観測を持ちました😆✨(まだ「命」と「幸せ」の章がメモしきれていないけれど🙏💦)
◎「仲間とは」の章
るろ剣で描かれている時代は「国の在り方も人々の価値観も大きく変動する時代」と明記。宗次郎も例には漏れず、かつての剣心がそうであったように、宗次郎は現在は答を探し続けている。ただ、宗次郎の物語のテーマとはどのようなものであるのだろう?剣心については「仲間と出会い、各々が持つ正義と向き合い、強さを求める意味を知り、失われた命を想い、自らが望む幸せの形に気付いた」「最後に辿り着く、贖罪の答えに」と述べられている。宗次郎にとってのテーマは何であろうか?贖罪…は勿論テーマの一部に含まれるとは思うのですが、宗次郎自身が次に踏み出す為に必要な過程という意味合いである気がします。では宗次郎に用意されるであろう「次」とはなんなのでしょうか…。宗次郎の旅の根幹は過去にも目を向けることより、より未来を見据えたものである気がする。剣心とはまた違った形の浪漫譚が紡がれると思うので一刻も早くその方向性を知りたいですが…続報を待てということでしょうね。
宗次郎においての「仲間と出会い」…これから仲間との出会いがあるのかなと妄想。北海道編で再会した元十本刀は勿論仲はいいですし、個人的にも十本刀は大好きですし、十本刀といる宗次郎も大好きですが、「宗次郎の終の住処」と云える場所にいる仲間ではないのかもしれない…と考えています。いわゆる、旧友という形になるのかな…十本刀は。今北海道に身を移しているのは一時的な止まり木という意味合いであって。そう考えると宗次郎の物語の本筋と呼べるようなもの、宗次郎を主人公ポジションに据えた物語、スピンオフのようなものがない限りは描き尽くせないのではないか…とぼんやり。
・「仲間とは」の章。「仲間同士を結びつける絆や想」と紹介。今後宗次郎にもそういった描写が…あるといいな…。剣心の物語では、剣心から弥彦への世代交代が描かれていました。今後宗次郎については…宗次郎から次世代への世代交代ではなく、宗次郎自身のことが掘り下げられていくのかなぁなどと。
・剣心と左之のところで先生が語られていた「一番信頼しているからこそ言いたい時は言う。なんでもかんでも認める仲はあまり好きじゃない」…宗次郎ですねぇ、そういう仲の人がいないんですよね…!彼にとってもそういう人物はすごい必要だと思うんですよ。剣心のような見守る先輩の立場ではなく、宗次郎と喧嘩するような仲ではない十本刀ではない、何か対等に渡り合えるといいますか…なんかそういう存在が。
・105幕で「色々な形でつながった仲間」が剣心の脳裏に浮かぶ場面で思ったこと。
宗次郎はまだつながりの数が少ないのかもしれないなぁ…などと。宗次郎の居場所はこれから出来るのでしょう。で、それは宗次郎が自分で主体的に動いて得る絆、という形でいつかは実現するといいなぁと。そのためには、宗次郎が何をしたいかが関わってくるのであって、それが決まって動くようになったり、或いは迷いはするけれども最終的に決まるきっかけを得るのが北海道編であればいいなと…。
北海道編の傾向がまだわからないなぁ…わからないから希望しか言えないや…。希望しかない…。