夏の小さな恋物語
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「綺麗ですね。」
「うん…!」
隣で無邪気に微笑む名無しさん。僕もにっこりと微笑み返した。
心地いいな、こうしていると…
* * * * *
「名無し、可愛くできたわよ!」
「由美さん、浴衣着せてくれてありがとう!」
「あ、ちょっと待って。後ろ髪が…あ、名無しじっとして…あーっ!」
「女の子は大変ですね、志々雄さん。」
「ああ…」
縁側で並んで涼む、既に浴衣に着替えてしまった僕と志々雄さん。
後ろの部屋では化粧台の前に座る名無しさんと、その身支度にかかりっきりの由美さんの喧騒が繰り広げられていた。
「それにしても。」
ぽつんと呟く志々雄さん。
「?」
「…っ、こんなに立派に成長しやがって…!」
突如、感極まったように顔を覆う志々雄さん。
思いがけない出来事にどうしたものかと…。
「志々雄さん??」
「ううっ…」
「志々雄さん、落ち着いてください。志々雄さんは名無しさんのお父さんでも親戚でも何でもないんですからね?」
「誰がお父さんだ!てめえにお父さんと呼ばれる筋合いはねえ!」
「あ、こりゃもうだめだ。由美さーん、志々雄さんに絡まれてます、助けてくださーい。」
「んもう、何やってるのかしら…」
縁側を振り返った由美さんは呆れ口調に呟いたが。
「あれ?どしたの由美さん、手が止まったよ?」
「…名無しが娘で志々雄様が父親なら、母親は私になるんじゃない?ってことは、私は志々雄様と夫婦ってことじゃない!?」
「すみません。皆さんに呆けられたら甘夢どころじゃなくなっちゃうんで、もうやめてもらえませんか?」
「さあ、花火見に行こー♪」
可愛らしい花柄の淡い浴衣に、花の飾りで髪を結った名無しさんは上機嫌でにこにこ。
張り切ってはしゃぐ名無しさんは僕と由美さんの手を引いて道中へ飛び出す。
──勿論、寂しそうにしてる志々雄さんの手は由美さんが空いてる方の手でしっかり捕まえて。
思わず微笑んだだけで志々雄さんに睨まれた。
途中で蝉時雨の中をくぐり抜けたり。
道端に落ちている蝉に近づいていった名無しさんが、その蝉に飛びかかられて泣き声を上げたり。
そして志々雄さんが抜刀しようとするから、僕と由美さんで必死に止めて。
幼稚園で習ったという歌を名無しさんが歌い聴かせてくれたり。
日も暮れ始めた頃、小さな小川を見つけた名無しさん。
不思議そうに川の方へと目を凝らしているので一緒になって同じ方向を見ていると、ちらちらと、少しだけど小さく仄かに光るもの──蛍を幾つか見つけた。
「あ、蛍かぁ。綺麗ですね。」
「ほたる?」
名無しさんはどうやら蛍を見たのは初めてだったらしい。
「珍しいんですよ」と教えてあげると、手を合わせて目を瞑ってお願い事をしてるのが可愛らしかった。
──少しはしゃぎすぎたのか、眠たそうにする名無しさんを見て。
僕は背を向けてしゃがみ込み、名無しさんにおぶさるように言った。
素直におぶさる名無しさん。軽くて暖かだった。名無しさんはすぐに眠りに落ちてしまったけど、間もなく聞こえてきた小さな寝息に安らかさを感じていた。
(そんなに楽しいと思ってくれてるんですね。)
僕たちの様子を由美さんもだけど…志々雄さんも、なんだか優しい眼差しで眺めていた。
みんな名無しさんの寝顔を見守っているようで、誰も何も発しなかった。
──やがて、すっかり日も暮れる。人が沢山集まり色んな屋台が並ぶところに差し掛かると。
「お祭りだぁー…!!」
「あ、名無しさん?」
少し眠って回復したのか、名無しさんはとっても元気な声を上げて背中から降りようとする。
慌て過ぎてずり落ちそうになるところを腕で抑えたら、おかしそうに笑う彼女。
「危なかったー…!」
「もう、名無しさんてば。急ぎ過ぎですよ。」
背中の彼女へ顔を少し傾けると、くしゃっとした笑顔で見つめられた。
「ありがとう、宗次郎!…由美さんも、志々雄さんもね!」
にこっ、と微笑み、そして志々雄さんに向かって手を伸ばす。
「…??」
「志々雄さん、はい♪まだお手て繋いでなかったから。」
「…とんでもない上玉だよ、おまえは。」
「なぁに~?志々雄さん怒ってるのー?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる名無しさん。僕は名無しさんをそっと降ろしながらわかりやすく伝えた。
「いいえ、志々雄さんは喜んでるんですよ。」
「そうなんだ…!はいっ!」
差し出された小さな手をそっと取る志々雄さん。心なしか志々雄さんが和やかに笑ったように見えた。
「…ほら、小遣いやるから。宗と好きなもん、好きなだけ飲み食いして遊んでこい。」
「え!やったーあ!!」
この上ない程瞳を輝かせた名無しさんは、僕の袖を掴み大喜び。
駆け出す彼女についていこうとすると、名無しさんはくるっとその場で反転した。
「志々雄さんと由美さんにも綿あめ持ってくるね-!」
精いっぱい手を振る名無しさん。
一呼吸つくかつかないかで、向こう側でしっかりと手を振る志々雄さんと由美さんを見届けて。
──そして僕たちは手を繋ぎ、人混みの中へ紛れていった。
(なんなんだあれ…反則じゃねえか!!)
(なにこの志々雄様、反則級に萌えるわ…!!)